「魔物」と人間(※「そこに、至るまで」の改題)
おまえは、分かり合えると思うのか。私達を「魔物」などと呼ぶ輩と。
かつて、ガラディエが仲間から聞かされた言葉だ。
人間は基本的には魔物に恐怖する。ある者は疎み、ある者は蔑み、またある者は怯え、つまるところは排除しようとする。
人間にとって魔物は、未知の物体であり、人間の命を奪うかもしれない存在だから。
ただ、人間の命を奪う人間がいるように、魔物(と人間から呼ばれる者)達にもさまざまな立場の者がいる。
ガラディエは、人間の社会に紛れ込む「魔物」だった。 彼は、鳥類の特徴を持つ人型の魔物から生まれた。突然変異か何かか、先祖帰りか、ガラディエは人間に近しい姿を持って生まれ、一人立ち(巣立ち)してしばらく経つまで「魔物」として育った。
その後、ガラディエは ある事情で人間に拾われ、人間の暮らしかたを覚えた。
人間の慣習や言葉、「魔物らしい部分」を隠す方法さえ覚えてしまえば、人の集落に紛れ込むのも容易だった。
ガラディエは、麓に森や草原が広がっている山に住んでおり、時折人間の集落(町)に降りる。人間を始末するわけではなく、捕って食う訳でもない。 ガラディエは、「魔物」の退治屋として仕事をし、集落の人間から報酬を貰っていた。人間の仕事という制度は、生活に必要なものを得るのに便利だった。
ガラディエは、人間に自分の正体がばれる心配はあまりしていなかった。ガラディエの「魔物」に見える部分─鳥のような脚や翼、短い尾、一部の皮膚を覆う羽毛を服や外套、靴などで隠してしまえば、「魔物」と疑われることはなかったからだ。それほど、ガラディエの姿は人間に似ていた。
ガラディエは、人間の町を訪れる。この町は、都会ではないが完全なる田舎でもなく、ガラディエにとって活動しやすい拠点だった。
木や石のような素材でできた人間の家が並び、地面はガラディエの掌大の石が敷き詰められている。
ガラディエは、採取した素材をくるんだ包みを持って、町の商店の扉を押した。 この商店は武具や薬を売っている場所で、魔物から刈り取った素材や、採集した素材を買い取ってくれる店でもあった。
店の中には、今は他の客がいなかった。店番は人間のつがい─夫婦のどちらかが担当しているが、
「いらっしゃい」
店のカウンターの向こう側に人間の子どもも座っている。この時間帯は、時々子どもが店番をしているようだった。
ガラディエは、店番をしている人間の子どもから、鑑定が済んだ素材の買い取り額を告げられる。ガラディエは、提示された金額で素材の売却を了承すると、子どもは笑顔を見せる。ちなみに、この子どもの名前はライラークというらしい(子ども自身が名乗っていた)。
「ありがとうございます。引き取らせていただきます」
「いつもありがとう」
子ども─ライラークの親も、ガラディエに向かって和やかに笑う。
店番をするライラークも親も、狐の毛のような髪の色をしていて、親子でよく似ていた。ただ、顔はあまり似ていない。例えば、ライラークの目は丸くて大きいが親の目はどちらかというと細い。
ライラークは、ガラディエとライラークを隔てているカウンターから少し身を乗り出す。
「ねえ、この牙や爪を持っていた魔物って、どんな魔物だったの?聞かせてよ」
ガラディエは、この店の子どもと雑談をするほどの仲になっていた。
ガラディエが話し終えると、ライラークは素直に羨ましがる。
「いいなあ。ぼくも実際の魔物を見てみたい」
「そんなに見たいのか?」
ライラークは、うん、と屈託のない笑顔で頷く。彼の親は、いつの間にかカウンターの奥の部屋に消えていた。ガラディエと人間の子ども2体で話をしている形になった。
「生きてる姿と、骨や羽だけになった姿は違うじゃないか。生きてるときはどんな姿で、どういうことをする魔物なのか知りたくて」
物好きだな、とガラディエは心の中で呟く。
「ぼくがきみくらい強かったら、きっと……父さんも母さんも、魔物を見に行くのを許してくれるんだろうけど……」
「…………」
ガラディエは黙りこむ。この子どもは、体が弱く、すぐ体調を崩してしまうという。走ることも喧嘩をすることも苦手らしい。(本人から聞いた話だ。)だから、もしこの子どもが好戦的な魔物に遭遇してしまったら、戦うことも逃げることも難しいだろう。
「また来てね」
「…うん」
店番のライラークとガラディエは、キリの良いところで話を終える。
ありがとう、また来ておくれよ、と店の奥からライラークの親も顔を出す。彼の親に会釈をしてから、ガラディエは踵を返した。
カウンターに座っていたライラークが急に、あ、と声を上げる。
「ねえ、羽、落ちたよ」
ガラディエはぎくりとする。急いで振り返り足元を探すと、ターコイズブルーの羽根が落ちていた。これは紛れもなくガラディエ自身の羽だった。ライラークの嬉しそうな声が聞こえてくる。
「きれいな羽だね」
「……」
ガラディエは答える余裕もなく、急いで羽を拾って包みにしまう。その羽が自分から抜け落ちたものだ、などとは決して悟られたくはなかった。
「その羽はどこで拾ったの?」
「忘れた」
ガラディエはライラークの疑問を早々に断ち、それ以上追求されないように店を後にした。
かつて、ガラディエが仲間から聞かされた言葉だ。
人間は基本的には魔物に恐怖する。ある者は疎み、ある者は蔑み、またある者は怯え、つまるところは排除しようとする。
人間にとって魔物は、未知の物体であり、人間の命を奪うかもしれない存在だから。
ただ、人間の命を奪う人間がいるように、魔物(と人間から呼ばれる者)達にもさまざまな立場の者がいる。
ガラディエは、人間の社会に紛れ込む「魔物」だった。 彼は、鳥類の特徴を持つ人型の魔物から生まれた。突然変異か何かか、先祖帰りか、ガラディエは人間に近しい姿を持って生まれ、一人立ち(巣立ち)してしばらく経つまで「魔物」として育った。
その後、ガラディエは ある事情で人間に拾われ、人間の暮らしかたを覚えた。
人間の慣習や言葉、「魔物らしい部分」を隠す方法さえ覚えてしまえば、人の集落に紛れ込むのも容易だった。
ガラディエは、麓に森や草原が広がっている山に住んでおり、時折人間の集落(町)に降りる。人間を始末するわけではなく、捕って食う訳でもない。 ガラディエは、「魔物」の退治屋として仕事をし、集落の人間から報酬を貰っていた。人間の仕事という制度は、生活に必要なものを得るのに便利だった。
ガラディエは、人間に自分の正体がばれる心配はあまりしていなかった。ガラディエの「魔物」に見える部分─鳥のような脚や翼、短い尾、一部の皮膚を覆う羽毛を服や外套、靴などで隠してしまえば、「魔物」と疑われることはなかったからだ。それほど、ガラディエの姿は人間に似ていた。
ガラディエは、人間の町を訪れる。この町は、都会ではないが完全なる田舎でもなく、ガラディエにとって活動しやすい拠点だった。
木や石のような素材でできた人間の家が並び、地面はガラディエの掌大の石が敷き詰められている。
ガラディエは、採取した素材をくるんだ包みを持って、町の商店の扉を押した。 この商店は武具や薬を売っている場所で、魔物から刈り取った素材や、採集した素材を買い取ってくれる店でもあった。
店の中には、今は他の客がいなかった。店番は人間のつがい─夫婦のどちらかが担当しているが、
「いらっしゃい」
店のカウンターの向こう側に人間の子どもも座っている。この時間帯は、時々子どもが店番をしているようだった。
ガラディエは、店番をしている人間の子どもから、鑑定が済んだ素材の買い取り額を告げられる。ガラディエは、提示された金額で素材の売却を了承すると、子どもは笑顔を見せる。ちなみに、この子どもの名前はライラークというらしい(子ども自身が名乗っていた)。
「ありがとうございます。引き取らせていただきます」
「いつもありがとう」
子ども─ライラークの親も、ガラディエに向かって和やかに笑う。
店番をするライラークも親も、狐の毛のような髪の色をしていて、親子でよく似ていた。ただ、顔はあまり似ていない。例えば、ライラークの目は丸くて大きいが親の目はどちらかというと細い。
ライラークは、ガラディエとライラークを隔てているカウンターから少し身を乗り出す。
「ねえ、この牙や爪を持っていた魔物って、どんな魔物だったの?聞かせてよ」
ガラディエは、この店の子どもと雑談をするほどの仲になっていた。
ガラディエが話し終えると、ライラークは素直に羨ましがる。
「いいなあ。ぼくも実際の魔物を見てみたい」
「そんなに見たいのか?」
ライラークは、うん、と屈託のない笑顔で頷く。彼の親は、いつの間にかカウンターの奥の部屋に消えていた。ガラディエと人間の子ども2体で話をしている形になった。
「生きてる姿と、骨や羽だけになった姿は違うじゃないか。生きてるときはどんな姿で、どういうことをする魔物なのか知りたくて」
物好きだな、とガラディエは心の中で呟く。
「ぼくがきみくらい強かったら、きっと……父さんも母さんも、魔物を見に行くのを許してくれるんだろうけど……」
「…………」
ガラディエは黙りこむ。この子どもは、体が弱く、すぐ体調を崩してしまうという。走ることも喧嘩をすることも苦手らしい。(本人から聞いた話だ。)だから、もしこの子どもが好戦的な魔物に遭遇してしまったら、戦うことも逃げることも難しいだろう。
「また来てね」
「…うん」
店番のライラークとガラディエは、キリの良いところで話を終える。
ありがとう、また来ておくれよ、と店の奥からライラークの親も顔を出す。彼の親に会釈をしてから、ガラディエは踵を返した。
カウンターに座っていたライラークが急に、あ、と声を上げる。
「ねえ、羽、落ちたよ」
ガラディエはぎくりとする。急いで振り返り足元を探すと、ターコイズブルーの羽根が落ちていた。これは紛れもなくガラディエ自身の羽だった。ライラークの嬉しそうな声が聞こえてくる。
「きれいな羽だね」
「……」
ガラディエは答える余裕もなく、急いで羽を拾って包みにしまう。その羽が自分から抜け落ちたものだ、などとは決して悟られたくはなかった。
「その羽はどこで拾ったの?」
「忘れた」
ガラディエはライラークの疑問を早々に断ち、それ以上追求されないように店を後にした。
1/8ページ