共生協同体
まだ肌寒く感じる、朝。
ライラークは家の窓から空の様子を伺う。
日差しはおだやかで晴れており、雨の気配はない。
今日は、ガラディエとの約束の日だった。
この日は、両親が近隣の村に出掛けていて、家に戻るのは夕方になる予定だった。
無論、ライラークは両親から「瘴気で他の魔物も乱暴になってるかもしれないから、林に入るな」と言いつけられている。
しかし、ガラディエとの約束があるし、武器になる杖や姿隠しの術もある。
ライラークは瘴気避けのマスク2着と杖を持って、こっそり家をあとにした。
ライラークは、獣避けの鈴の代わりに、姿隠しの術を自分自身にかけてから林に入った。姿隠しの術は、魔物避けの効果がある、ウォーロックの母直伝の術だ。ライラークは、幼い頃から姿隠しの術だけは上達が早かった。自分で効果をオンオフできる姿隠しの術は、獣避けの鈴を嫌がるであろう魔物と会うまでの道中にはもってこいだった。
ライラークは、この土地で初めての約束に、少し緊張しながら、胸を弾ませながら、林の小道を進んでいく。
やがてライラークの目に、待ち合わせ場所である池が見えてきた。ライラークがガラディエと出会った、あの池だ。
まだ、池のそばにガラディエはいなかった。
ライラークは姿隠しの術を解き、池のそばにそっと近づいていく。
「おまえか」
ライラークはぎょっとする。頭上から突然声が降ってきたのだ。
ライラークは上方を見回す。しかし、声の主はどこにいるのか分からない。
「こっち」
何かが動く。ライラークはようやく、動きを注意深く辿って声の主を見つけられた。
「……ガラディエ?」
「そうだよ、……驚かせたか」
ガラディエは、背の高い木の上にいた。彼は、まるで枝と枝、枝先についた葉の集団に隠れているようだった。彼の回りは何故か "もや" がかかったように、よく見えない。
「きみ、隠れるのが上手いんだね」
「…………」
ガラディエは疑うように目を細める。
「瘴気を出す奴……そいつを見かけた場所まで案内すれば良いか」
「うん。頼むよ」
「分かった。じゃあ、ついてきてくれ」
ガラディエは横に佇む木に向き直る。
「木の上を移動するの?」
ライラークは驚く。
「そうだけど……」
「きみ隠れるのが上手いから、見失っちゃいそうだな……」
「…………」
ガラディエは少し逡巡したのち、木から下り、草の生い茂る地に着地した。ガラディエが木から下りた勢いで、ライラークの上から風が吹きつける。
「あ……」
ガラディエを間近で目にしたライラークは、言葉を失う。
何故なら─ガラディエの足は、鳥の脚によく似た外見をしていたからだ。
ガラディエの足は、ふくらはぎの真ん中辺りから甲にかけて硬そうな皮膚に覆われ、踵とつま先にあたる部分には立派な爪がある。ふくらはぎから上は、鳥のようにさらさらした羽毛に覆われている。
ライラークは、新しい発見をしたときのように心が躍り、つい感嘆の言葉をこぼしてしまう。
「きみの足、すごく強そう」
「なんだよそれ……」
ガラディエは居心地悪そうに、俯いてふわふわの羽毛の服を整えていた。
「きみはツバサビトなの?」
「……ツバサビト?」
ガラディエは顔を上げてライラークを見る。
「本で読んだんだけど……、ツバサビトって鳥のような翼や脚を持った人なんだって。だから、きみもそうなのかなって」
「さあな……よく分からねえけど」
ガラディエは手をこまねいた。
「それよりおまえ、その防具着けたほうがいいんじゃないのか」
「防具?」
ガラディエは、ライラークが腰に提げている瘴気避けマスクを指差した。
「まだ着けなくても大丈夫じゃない?」
「瘴気の奴以外にも、毒を使う魔物が出るかもしれないぞ」
なんとなく納得して、ライラークは素直にマスクを手に取った。
「きみは良いの?マスク着けなくて」
貸すよ、とライラークはマスクを1着ガラディエに差し出す。念のため、ライラークはガラディエの分のマスクも持ってきていた。
「オレは平気」
「危なくないの?」
「オレはオレで、瘴気や毒は対策できるから」
そうなんだ、と相づちを打ちつつ、ライラークは瘴気避けのマスクを装着した。
「ぼくも、マスクを着けなくても瘴気とか毒とか平気になったら良いんだけどな」
「そうだな……」
ガラディエの声には元気がなかった。
ライラークは、ガラディエの案内にしたがって林の中を進み出した。林へ差し込んでいた日の光は、少し控えめになった。
ライラークは、ガラディエの背中を追いながら、彼の羽と、腰から伸びた鳥の尾羽のようなマントに吸い寄せられるような魅力を感じた。(否、マントではなく本物の尾羽のようだった。)そして、彼の羽の色─ターコイズブルーの鮮やかさがとても綺麗で、ライラークの心の琴線は揺れ動いた。姿隠しの術をかけることはすっかり忘れていた。
密度の増した木々を抜け、獣道を進む中、ガラディエが話を振ってくる。
「おまえ、どこで瘴気を出す魔物の話を聞いたの」
「ああ……父さんと村の人達が話してるのを聞いたんだ」
ライラークは、2週間ほど前のことを思い出す。村の外れにある自分の家に、珍しく近隣の村人が来たときのことだ。
「ふーん……」
ガラディエは道をふさいでいる植物をかき分ける。
「ねえ、教えてよ。きみが瘴気の魔物について知ってること」
「オレもよくは知らないけど……」
ガラディエは歯切れが悪くなる。
「見た目は人に似てるんだよね?」
ライラークの問いに、ガラディエはしばし沈黙する。
「瘴気を纏ってたから、よく見えなかった」
「ふうん……瘴気を纏うって、リーパーみたいだね」
瘴気を纏う技能者の姿を思い出し、ライラークの胸が弾む。
「リーパー……?」
ガラディエはリーパーを知らないようだった。
「瘴気を使って戦う職業だよ」
かつてライラークが住んでいた町にもリーパーが滞在していた。魔物退治を生業としており、魔物を巧みに退けるリーパーの立ち回りは、ライラークの胸に感動を刻みつけていた。
「瘴気使いのことか」
「うん、そうだよ」
ライラークは頷く。ガラディエは、リーパーという名称を知らないだけだったようだ。
「その魔物と、友達になれたらいいな」
「そうだな」
ガラディエは、ライラークの無謀な希望を否定しなかった。
獣道を進んでいくと、やがてぽっかり広く開けた場所に出た。
開けた場所は、周辺を背の高い木々に囲まれていて、ちょっとした隠れ家のようだった。隅のほうには大木に岩がもたれ掛かり、屋根を作っていた。岩の下には、毛布のように柔らかそうな葉っぱが敷き詰められている。
「ここだ。オレがその魔物を見た場所は」
「ここが……」
ライラークは場所を覚えておかないと、と心と頭に刻み付ける。
「今はどこかに行ってるのかな……」
「そうみたいだな」
探していた魔物がいないとわかり、ライラークは少し落胆する。
ガラディエの提案で、ライラークは彼と共にここで一休みすることにした。
ライラークは、石の屋根の下にガラディエと並んで腰を下ろす。敷き詰められた葉っぱがふかふかだった。
ガラディエが話を振る。
「おまえ、なんで魔物と友達になろうと思ったんだ」
「うんと……」
ライラークは、会ったばかりのガラディエに事情を話すことを躊躇った。ツバサビトのような外見をしたガラディエであれば、理由を話しても大丈夫かもしれない。そんな考えも、ライラークの脳裏によぎったが。
「魔物と友達になれたら、楽しそうじゃない?」
ライラークが魔物と友達になろうとしている理由は、本当はそれだけではない。
ライラークは希望を抱いていた。ヒトとは違った価値観や理を持っているであろう魔物であれば、些事を気にすることなく友情を結べる相手を見つけられるかもしれない、という希望を。そして、かつて魔物としてアースランやルナリアから虐げられた過去を持つ自分でも、過去を気にせず友達になれるかもしれない、と。
「楽しそう……か」
「楽しそうじゃない?」
「どうだかな」
ガラディエは、前に伸ばした自分の足を見る。
「でも残念だったな、瘴気の奴がいなくて」
「うーん……、でもいいんだ。ぼくのやりたかったことは叶ったから」
「?」
ガラディエは要領を得ないようだった。
ライラークのやりたかったことの一つは、同年代の子と友達になって、遊ぶこと。いろいろな話をすること。今回、ガラディエに会って、林を歩いて、話をして。魔物には会えなかったが、ライラークの別の願いは叶った。
「ぼく、ここに住んでからずっと誰かと遊びたかったんだ。久しぶりに遊べて、楽しかった」
ライラークはあたたかな気持ちを噛み締めていた。
「……道案内しただけだぞ」
ガラディエの声のトーンは低い。
「でも……オレも、楽しかった」
帰り道。林を進む中、ライラークはおもむろに尋ねる。
「きみって、いつもあの池で遊んでるんだよね」
「ああ、大体あそこには寄る」
「また、遊ぼうよ。あの池で待ち合わせでいい?」
「……うん」
会う日時を決め、ライラークは池のところでガラディエと別れ、家へまっすぐ戻った。
ライラークは持ち出した道具を元の場所へ戻し、林に入った証拠を消す。
間髪入れず、父親が帰ってきた。
ライラークはヒヤリとする。今までと違い、帰りが早すぎる。それに、いつもなら父親はライラークの母親と一緒に帰宅するはずだった。
「ライラ。林には入ってないだろうね?」
父親が凄みのある顔で尋問する。迫真の勢いだった。
「い、行ってないよ」
ライラークは誤魔化すことで精一杯だった。
「それなら良かった」
父親は立ち上がり、窓のほうを見る。
「さっき、昼頃あの林で瘴気が沸き起こっていたんだ。今、母さんが魔物避けの結界を張り直してる」
父親が言う "瘴気が沸いていた場所" とは、ガラディエと一緒に、ライラークが通ってきた林の道だった。
ガラディエは、背の高い木上で静かに休んでいた。太く芯のある幹にぐったりと体を預け、疲れを癒していた。
「はあ……」
ガラディエは疲労からため息をつく。ほかの魔物を遠ざけるためとはいえ、瘴気を長時間コントロールし、出し続けるのは、流石にきつかった。
結局、ガラディエはライラークに本当のことを言えなかった。
ライラークは、おそらくガラディエのことを「ツバサビト」だと思っている。
ライラークは、ガラディエの正体を知っても快く接してくれるかもしれない。しかし、彼の周辺の人間達は─彼の親や、彼の村の人達は許さないのではないかと、ガラディエは思う。自分が、ライラークなどの人間に近づくことを。
ガラディエは、自分を見て怖がっていた人間のことを思い出す。自分を追い払おうと、武器を向けてきた人間のことも脳裏に浮かぶ。
それが普通なのだと、ガラディエは母親から教わった。
一方で、ガラディエのような異端の存在とも仲良くなろうとする、変わった人間もいる。そのことを、ガラディエがかつて棲んでいた町の人間が、親愛の態度をもって教えてくれた。ガラディエの母親も、人間にはさまざまな態度の個体がいるのだと付け加えて教えてくれた。
しかし─ガラディエは不安だった。
ライラークは家の窓から空の様子を伺う。
日差しはおだやかで晴れており、雨の気配はない。
今日は、ガラディエとの約束の日だった。
この日は、両親が近隣の村に出掛けていて、家に戻るのは夕方になる予定だった。
無論、ライラークは両親から「瘴気で他の魔物も乱暴になってるかもしれないから、林に入るな」と言いつけられている。
しかし、ガラディエとの約束があるし、武器になる杖や姿隠しの術もある。
ライラークは瘴気避けのマスク2着と杖を持って、こっそり家をあとにした。
ライラークは、獣避けの鈴の代わりに、姿隠しの術を自分自身にかけてから林に入った。姿隠しの術は、魔物避けの効果がある、ウォーロックの母直伝の術だ。ライラークは、幼い頃から姿隠しの術だけは上達が早かった。自分で効果をオンオフできる姿隠しの術は、獣避けの鈴を嫌がるであろう魔物と会うまでの道中にはもってこいだった。
ライラークは、この土地で初めての約束に、少し緊張しながら、胸を弾ませながら、林の小道を進んでいく。
やがてライラークの目に、待ち合わせ場所である池が見えてきた。ライラークがガラディエと出会った、あの池だ。
まだ、池のそばにガラディエはいなかった。
ライラークは姿隠しの術を解き、池のそばにそっと近づいていく。
「おまえか」
ライラークはぎょっとする。頭上から突然声が降ってきたのだ。
ライラークは上方を見回す。しかし、声の主はどこにいるのか分からない。
「こっち」
何かが動く。ライラークはようやく、動きを注意深く辿って声の主を見つけられた。
「……ガラディエ?」
「そうだよ、……驚かせたか」
ガラディエは、背の高い木の上にいた。彼は、まるで枝と枝、枝先についた葉の集団に隠れているようだった。彼の回りは何故か "もや" がかかったように、よく見えない。
「きみ、隠れるのが上手いんだね」
「…………」
ガラディエは疑うように目を細める。
「瘴気を出す奴……そいつを見かけた場所まで案内すれば良いか」
「うん。頼むよ」
「分かった。じゃあ、ついてきてくれ」
ガラディエは横に佇む木に向き直る。
「木の上を移動するの?」
ライラークは驚く。
「そうだけど……」
「きみ隠れるのが上手いから、見失っちゃいそうだな……」
「…………」
ガラディエは少し逡巡したのち、木から下り、草の生い茂る地に着地した。ガラディエが木から下りた勢いで、ライラークの上から風が吹きつける。
「あ……」
ガラディエを間近で目にしたライラークは、言葉を失う。
何故なら─ガラディエの足は、鳥の脚によく似た外見をしていたからだ。
ガラディエの足は、ふくらはぎの真ん中辺りから甲にかけて硬そうな皮膚に覆われ、踵とつま先にあたる部分には立派な爪がある。ふくらはぎから上は、鳥のようにさらさらした羽毛に覆われている。
ライラークは、新しい発見をしたときのように心が躍り、つい感嘆の言葉をこぼしてしまう。
「きみの足、すごく強そう」
「なんだよそれ……」
ガラディエは居心地悪そうに、俯いてふわふわの羽毛の服を整えていた。
「きみはツバサビトなの?」
「……ツバサビト?」
ガラディエは顔を上げてライラークを見る。
「本で読んだんだけど……、ツバサビトって鳥のような翼や脚を持った人なんだって。だから、きみもそうなのかなって」
「さあな……よく分からねえけど」
ガラディエは手をこまねいた。
「それよりおまえ、その防具着けたほうがいいんじゃないのか」
「防具?」
ガラディエは、ライラークが腰に提げている瘴気避けマスクを指差した。
「まだ着けなくても大丈夫じゃない?」
「瘴気の奴以外にも、毒を使う魔物が出るかもしれないぞ」
なんとなく納得して、ライラークは素直にマスクを手に取った。
「きみは良いの?マスク着けなくて」
貸すよ、とライラークはマスクを1着ガラディエに差し出す。念のため、ライラークはガラディエの分のマスクも持ってきていた。
「オレは平気」
「危なくないの?」
「オレはオレで、瘴気や毒は対策できるから」
そうなんだ、と相づちを打ちつつ、ライラークは瘴気避けのマスクを装着した。
「ぼくも、マスクを着けなくても瘴気とか毒とか平気になったら良いんだけどな」
「そうだな……」
ガラディエの声には元気がなかった。
ライラークは、ガラディエの案内にしたがって林の中を進み出した。林へ差し込んでいた日の光は、少し控えめになった。
ライラークは、ガラディエの背中を追いながら、彼の羽と、腰から伸びた鳥の尾羽のようなマントに吸い寄せられるような魅力を感じた。(否、マントではなく本物の尾羽のようだった。)そして、彼の羽の色─ターコイズブルーの鮮やかさがとても綺麗で、ライラークの心の琴線は揺れ動いた。姿隠しの術をかけることはすっかり忘れていた。
密度の増した木々を抜け、獣道を進む中、ガラディエが話を振ってくる。
「おまえ、どこで瘴気を出す魔物の話を聞いたの」
「ああ……父さんと村の人達が話してるのを聞いたんだ」
ライラークは、2週間ほど前のことを思い出す。村の外れにある自分の家に、珍しく近隣の村人が来たときのことだ。
「ふーん……」
ガラディエは道をふさいでいる植物をかき分ける。
「ねえ、教えてよ。きみが瘴気の魔物について知ってること」
「オレもよくは知らないけど……」
ガラディエは歯切れが悪くなる。
「見た目は人に似てるんだよね?」
ライラークの問いに、ガラディエはしばし沈黙する。
「瘴気を纏ってたから、よく見えなかった」
「ふうん……瘴気を纏うって、リーパーみたいだね」
瘴気を纏う技能者の姿を思い出し、ライラークの胸が弾む。
「リーパー……?」
ガラディエはリーパーを知らないようだった。
「瘴気を使って戦う職業だよ」
かつてライラークが住んでいた町にもリーパーが滞在していた。魔物退治を生業としており、魔物を巧みに退けるリーパーの立ち回りは、ライラークの胸に感動を刻みつけていた。
「瘴気使いのことか」
「うん、そうだよ」
ライラークは頷く。ガラディエは、リーパーという名称を知らないだけだったようだ。
「その魔物と、友達になれたらいいな」
「そうだな」
ガラディエは、ライラークの無謀な希望を否定しなかった。
獣道を進んでいくと、やがてぽっかり広く開けた場所に出た。
開けた場所は、周辺を背の高い木々に囲まれていて、ちょっとした隠れ家のようだった。隅のほうには大木に岩がもたれ掛かり、屋根を作っていた。岩の下には、毛布のように柔らかそうな葉っぱが敷き詰められている。
「ここだ。オレがその魔物を見た場所は」
「ここが……」
ライラークは場所を覚えておかないと、と心と頭に刻み付ける。
「今はどこかに行ってるのかな……」
「そうみたいだな」
探していた魔物がいないとわかり、ライラークは少し落胆する。
ガラディエの提案で、ライラークは彼と共にここで一休みすることにした。
ライラークは、石の屋根の下にガラディエと並んで腰を下ろす。敷き詰められた葉っぱがふかふかだった。
ガラディエが話を振る。
「おまえ、なんで魔物と友達になろうと思ったんだ」
「うんと……」
ライラークは、会ったばかりのガラディエに事情を話すことを躊躇った。ツバサビトのような外見をしたガラディエであれば、理由を話しても大丈夫かもしれない。そんな考えも、ライラークの脳裏によぎったが。
「魔物と友達になれたら、楽しそうじゃない?」
ライラークが魔物と友達になろうとしている理由は、本当はそれだけではない。
ライラークは希望を抱いていた。ヒトとは違った価値観や理を持っているであろう魔物であれば、些事を気にすることなく友情を結べる相手を見つけられるかもしれない、という希望を。そして、かつて魔物としてアースランやルナリアから虐げられた過去を持つ自分でも、過去を気にせず友達になれるかもしれない、と。
「楽しそう……か」
「楽しそうじゃない?」
「どうだかな」
ガラディエは、前に伸ばした自分の足を見る。
「でも残念だったな、瘴気の奴がいなくて」
「うーん……、でもいいんだ。ぼくのやりたかったことは叶ったから」
「?」
ガラディエは要領を得ないようだった。
ライラークのやりたかったことの一つは、同年代の子と友達になって、遊ぶこと。いろいろな話をすること。今回、ガラディエに会って、林を歩いて、話をして。魔物には会えなかったが、ライラークの別の願いは叶った。
「ぼく、ここに住んでからずっと誰かと遊びたかったんだ。久しぶりに遊べて、楽しかった」
ライラークはあたたかな気持ちを噛み締めていた。
「……道案内しただけだぞ」
ガラディエの声のトーンは低い。
「でも……オレも、楽しかった」
帰り道。林を進む中、ライラークはおもむろに尋ねる。
「きみって、いつもあの池で遊んでるんだよね」
「ああ、大体あそこには寄る」
「また、遊ぼうよ。あの池で待ち合わせでいい?」
「……うん」
会う日時を決め、ライラークは池のところでガラディエと別れ、家へまっすぐ戻った。
ライラークは持ち出した道具を元の場所へ戻し、林に入った証拠を消す。
間髪入れず、父親が帰ってきた。
ライラークはヒヤリとする。今までと違い、帰りが早すぎる。それに、いつもなら父親はライラークの母親と一緒に帰宅するはずだった。
「ライラ。林には入ってないだろうね?」
父親が凄みのある顔で尋問する。迫真の勢いだった。
「い、行ってないよ」
ライラークは誤魔化すことで精一杯だった。
「それなら良かった」
父親は立ち上がり、窓のほうを見る。
「さっき、昼頃あの林で瘴気が沸き起こっていたんだ。今、母さんが魔物避けの結界を張り直してる」
父親が言う "瘴気が沸いていた場所" とは、ガラディエと一緒に、ライラークが通ってきた林の道だった。
ガラディエは、背の高い木上で静かに休んでいた。太く芯のある幹にぐったりと体を預け、疲れを癒していた。
「はあ……」
ガラディエは疲労からため息をつく。ほかの魔物を遠ざけるためとはいえ、瘴気を長時間コントロールし、出し続けるのは、流石にきつかった。
結局、ガラディエはライラークに本当のことを言えなかった。
ライラークは、おそらくガラディエのことを「ツバサビト」だと思っている。
ライラークは、ガラディエの正体を知っても快く接してくれるかもしれない。しかし、彼の周辺の人間達は─彼の親や、彼の村の人達は許さないのではないかと、ガラディエは思う。自分が、ライラークなどの人間に近づくことを。
ガラディエは、自分を見て怖がっていた人間のことを思い出す。自分を追い払おうと、武器を向けてきた人間のことも脳裏に浮かぶ。
それが普通なのだと、ガラディエは母親から教わった。
一方で、ガラディエのような異端の存在とも仲良くなろうとする、変わった人間もいる。そのことを、ガラディエがかつて棲んでいた町の人間が、親愛の態度をもって教えてくれた。ガラディエの母親も、人間にはさまざまな態度の個体がいるのだと付け加えて教えてくれた。
しかし─ガラディエは不安だった。
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