心の底にしまうもの

やがて、ガラディエとマドナ(と猟犬)は、だだっ広い丘陵地帯にたどり着いた。
この丘陵地帯は、以前依頼で迷子の山羊を探した、あののどかな草原だ。そばにはこんもりと茂った森が栄えており、後方にはマギニアの街が小さく見える。

マドナは、リーパーから10mほど離れた手頃な岩陰に隠れる。マドナに呆れ果てながらも、猟犬は相棒のそばに寄り添う。
リーパーは、畳んだ大鎌を背中に背負って空を見上げている。

(これくらいの距離なら大丈夫だよね)
そろそろとマドナが岩陰から様子を探る。
(!)
マドナが覗いたときには、すでにガラディエの姿はなくなっていた。
代わりに、ガラディエが立っていた場所には黒紫の霧が立ち込めていて、そこから大きな鳥が青空めがけて飛んでいったところだった。

(……あ)
マドナは気付く。
大きな鳥のように見えたものは鳥ではなく、リーパーの少年、ガラディエだった。
ガラディエは、兵装により黒紫の瘴気を纏ったまま、鮮やかな水色の翼で、空を割るように渡っていく。

マドナは、ガラディエが飛翔する姿に口をぽっかり開けて見上げるしかなかった。
マドナはこれまで、ガラディエが空を飛ぶところを一度も目にしたことがなかった。それも鳥のように、背中の翼で羽ばたくところを。
彼が瘴気兵装の力で跳躍する場面は何度も目にしているのだが、翼で飛ぶこともできるとは、マドナは知らなかった。

(………)
マドナは、ただただ、空を移動する大きな鳥を見上げていた。
ガラディエが翼で空を打ち、宙を切る姿は、猟を手伝ってくれる鷹達を思い起こさせた。


そのうち、大きな鳥は高度を落としていき、マドナの前にしなやかに降り立った。
マドナは釘付けになったように動けず、呆然としていた。
「おまえ……何してんだ」
不機嫌そうな声を射られ、マドナは我に返り、狼狽える。
「あ!?え、えっと………」
ガラディエは手をこまねいて、マドナを睨んでいた。瘴気兵装は解いていた。
マドナは苦し紛れに嘘をでっち上げる。
「さ、散歩に……」
半月の端を吊り上げたようなガラディエの目がさらにきつくなる。
「……ごめん」
マドナは己の犯行を洗いざらい白状した。

「つけてきたのかよ……マギニアから……」
リーパーの少年は顔をしかめる。彼が絞り出した言葉には、少し怒りがこもっている。
「ごめん………………」
マドナはリーパーの顔を直視できなかった。
「ガラディエがどこ行くのか気になって……。ガラディエって自分のこと全然話さないし、休みの日だっていつもどっか行っててオレ達といることないし……」
マドナの口から言い訳じみたなにかが、不完全に捏ねられ、ひねり出される。
しかし、これらは嘘ではない。普段、マドナの心の底に燻っていた何かだ。するすると口をついて出てきてしまう。

突然、猟犬が、うつ向いたままのマドナを小突く。
『弁明はそこまでにするんじゃな。魔物が寄ってきとるぞ』
「え……!?」
マドナの気が動転する。周囲への警戒をすっかり怠ってしまっていたものだから、魔物の接近に全く気付かなかった。しかも、マドナの得物は小さなナイフだけだ。
『早うここを離れたほうが良かろうよ』
「……ちっ」
ガラディエは少し離れたところに置いてあった鎌を掴み、瘴気兵装を固める。
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