異形と羽根

時計の針が3時を指して通り過ぎた、昼下がりのマギニア。

リーパーの少年ガラディエは、マギニア内の宿部屋で過ごしていた。
彼は薄紅色の髪をボブカットにしており、左のサイドのみ水色のメッシュを入れている。(このメッシュは彼の地毛なのだが、このことを他人に白状すると面倒なので黙っている)服装は、探索の用事もないのに瘴気使いの職業服──ぴったりしたショートパンツとベストで、いつでも外に飛び出していけるような出で立ちをしていた。
部屋は2人部屋で、ベッドや灯りなどの最低限の調度品が置かれている。窓は一つだけ付いていて、遠くには青々と広がる森が見える。窓から差し込む明るい日は部屋をあたたかく明るくしていた。昼寝をするのに適した日射具合だった。
ガラディエにはハウンドと猟犬のルームメイトもいるが、彼らとはそれぞれ別々に時間を使っていた。
ハウンドは、若草色の髪に橙の目を持っている少年だった。幼い顔立ちに人が良さそうなまろやかな目で「大型の魔物にすぐに捕食されてしまいそうな奴だ」とガラディエは感じていた。
彼は相棒の猟犬とベッドの上で寝そべっていて、猟犬の背中を撫でてやっていた。彼は短パンにタンクトップという簡素な格好で、完全に寛いでいる。
ハウンドの猟犬は、白と木の実のような青紫色の豊かな毛を持っていた。猟犬の額には、鳥の翼を模したような不思議な紋様が刻まれていた。

ガラディエはというと、窓の死角を陣取って自身の翼の手入れをしていた。
手入れの手順はこうだ。まず、油を塗った指に羽を一枚挟み、両指で羽をしごく。しごくついでに羽に油をなじませる。抜け落ちた羽根は、広げたスカーフの上に置く。その繰り返しだ。
彼の翼は作り物ではない。鳥類や鳥型の魔物と同様の、本物の翼だった。

ガラディエが羽繕いをあらかた終えた頃、スカーフの上には、何枚か空の欠片──羽根が積み重なっていた。
ガラディエは、抜け落ちた羽根を厳重にスカーフにくるみ、出来た包みを抱え持つ。彼は、部屋の出口へ向かいながら、包みの中身の始末先を考えた。人が近寄らない森の中なら都合が良さそうだと思案する。 このままくず箱に包みごと羽根を投げても良いが、スカーフが勿体ない。
「ガラディエ。羽根、どこかに持ってくの?」
突如、少年の声がガラディエに投げかけられる。
声の主はルームメイトのハウンドだった。
ハウンドは、ガラディエの向かいに置かれたベッドに座っていた。ハウンドが使っているベッドの上には彼の猟犬が寝そべっている。先ほどまでハウンドは、彼の大型の猟犬と戯れの時間を過ごしていたのだった。
「捨てに行くだけだ」
ガラディエはそれだけ答え、部屋の出口に向かう。
「え。ちょっと待ってよ!」
ハウンドが慌ててベッドから下りて、ガラディエの方にやってくる。
「捨てるなら、その羽根おれに全部ちょうだい」
ハウンドは手のひらをガラディエに差し出す。
「何に使うんだ」
ガラディエは顔をしかめる。ハウンドは、後ろめたさも何もなく、しれっと答える。
「矢につける」
「はあ!?」
ガラディエは面食らう。
「ガラディエの羽根って大きくて、矢につけたら遠くまできれいに飛びそうだし。それに、空色の羽根がついた矢ってかっこよくない?」
裏のない明るい感情を向けられ、ガラディエは顔が熱くなった。
羽根を矢に使うなど、自分の毛束を武器の装飾にするようなものだろう。ガラディエは、ハウンドがそのような感覚を持っていないのかと、目と耳を疑う。
「いいでしょ?」
ハウンドの申し出に対しガラディエは素直に答えず、逆に問うた。
「矢につける羽が足りないからって、オレの羽をむしったりしないだろうな」
「するわけないじゃん、ガラディエが飛べなくなるだろ…」
ハウンドは眉をひそめ、口を尖らせる。
ガラディエは、む、と目を見張った。


日付は変わり、早朝の迷宮の前。
今回の探索メンバーは、ガラディエのほか、ハウンドの少年と彼の猟犬、ファランクスの女性、小さなシノビの女の子だ。シノビの女の子は、他世界でいう薬草師「ハーバリスト」の服と帽子を身に着けていた。
一同は、探索前の荷物の最終点検に入る。ガラディエは、自身の持ち物と装備に不具合がないか、改めて確認する。
「マドナさんの矢羽、いつものと違いますね?」
ファランクスの女性が、ハウンドの少年──マドナが背負った矢筒の中身を嬉しそうに指摘する。
ガラディエは反射的に顔を上げ、声がしたほうを見る。
「この矢ね、ガラディエの翼の羽根をつけたんだ」
マドナは誇らしげに、矢筒に入った空色の矢達をファランクスに見せる。
「ああ、ガラディエさんの羽根を?鮮やかで映えますね」
ファランクスは笑顔を弾けさせた。
シノビの女の子も、マドナの方に寄ってくる。マドナは、身長の低いシノビにも矢が見えるよう、かがんでシノビに背中を向けた。
シノビの女の子は、マドナの矢に留められた空の欠片を見て、目を輝かせた。
「きれいです~」
「翼を交換するっていうから、貰ったんだ」
マドナが説明する。ガラディエの翼が本物だという事実は、マドナしか知らない秘密だった。仲間達には、ガラディエの翼は作り物だと伝えてある。
仲間達から間接的に誉められたガラディエは、胸の内がむず痒くなる。彼は、自分の翼について明るい反応が返ってくることには慣れていない。彼は、自分の一部だったものを持て囃すのは止めてほしかったが、仲間達には何も言わず、己の内にこそばゆさをもて余すだけだった。

持ち物などに不具合や不足はないことを確認したガラディエ達は、ファランクスを先頭に迷宮に潜っていく。彼女の少し後に猟犬、ガラディエが並び、さらに遅れてシノビとマドナが続いていく。
マドナの矢羽となった空色の羽根は、呼吸をするかのように光を反射し、輝いていた。
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