ツテをたどって
店は、どこかひんやりとした空気を内包していた。
気功士ユノスは1人、こぢんまりとした店のカウンターに向かっていた。彼はカウンターのそばに置かれた一脚の椅子に、腰を下ろしていた。
10分ほど前、占星術師風の青年が現れ「もう少ししたら来ますので」とユノスに一言かけ、飲み物を置いていった。グラスごと占星術で冷やされたものかもしれない。
目的の人物はまだ現れない。
"大漁丸" のギルドリーダー、ワフラに指定されたこの店は、占星術師が営む店だった。薄暗くて、ちょっと怪しい雰囲気も醸し出している、一般人が立ち寄らなさそうな場所だ。
店内のそこここには、「占星術の道具、直します」「占い一回1000en 恋愛 運命 金運何でも」と書かれた紙が貼ってある。壁脇に置かれた棚には占星術の道具らしきものや、液体の入った瓶が陳列されている。部屋の隅にはゾディアック達が身に付けるような機械類が置いてある。
「待たせたわね」
ユノスは声のした方を見る。
カウンターの奥にある出入口から、占星術師の女性が現れたところだった。
「いえ、」
ユノスは彼女に気遣わせまいと建前を言う。
「貴方ね、竜のことを知りたいっていう人」
占星術師風の女性は、開口一番にそう問う。
「はい」
ユノスは女性に向き直る。
「ユノスと申します。三竜のことを調べてます」
「改めて、私はフィチル」
フィチルの見た目は、歳はユノスより上といった具合だった。 彼女はウェーブのかかった橙色の髪を持っており、彼女の髪の色は黄色に染まった木の葉を連想させた。
事の発端は一昨日に遡る。
チェルク達がパイレーツの青年、ワフラに会いに行くというので、ユノスも彼らに同行した。顔の広そうなワフラのことなので、もしかしたら竜の噂もどこかで耳にしているかもしれない。竜のことを追えば、もしかしたら主の消息が掴めるかもしれない。そんな、一縷の望みをかけて、ユノスは足を運んだ。
ワフラは船着き場のドックにいた。彼の態度は先日出会ったときと変わらず、旧友に接するかの如く、明るく迎えてくれた。
チェルク達の話がキリの良いところを迎えてから、ユノスはパイレーツの青年に相談する。
「なに?竜のことが知りたいんか?おれのギルドにいるぞ、詳しい奴。ちと待っとれ」
そうして、ワフラから、明後日にこの店に行ってくれと指定され、今に至る。
フィチルの赤い瞳がユノスを見る。
「何の話から聞きたいの?」
まずは、主が追っている竜が、アーモロードに棲むものと同一種か確認しようと、ユノスは口を開く。
「はじめに、三竜の特徴についてご教示いただければ…」
そう、とフィチルが頷き、語り出す。
「アーモロードの三竜の特徴ね。ここの三竜の特徴といえば、炎、氷、雷を司っていることで─」
フィチルの説明は淀みなく続いていく。
ユノスは彼女の話に耳を傾けながら確信する。
(間違いない。アーモロードの三竜は、まさに、王子が探している竜だ)
「で、気を付けてほしいこと」
ユノスはフィチルの言葉に注意を向ける。
「普通に樹海を歩いてるだけだと、三竜には会えないってところね」
ユノスの心に岩の塊が落ちてきた。
「そんな…!?」
「ある孤島に行って、そこを根城としている竜に会わないと、現れないんだって。ある伝承に残ってるわ」
フィチルは変わらずさらりとした口調だった。
「アーモロードから離れたある海域に、空中樹海と呼ばれる、不思議な島があるそうでね。その島は "世界の危機" が迫ると現れて。そこには人との対決を望む竜が棲んでいる。その竜が、試練として三竜を呼び起こす。確か、こんな内容だったわね」
「そういうことですか…」
ユノスは、アーモロードで王子に会えなかった理由が分かった気がした。街のどこを探しても、王子の消息の欠片もなかった訳。
きっと、王子はアーモロードを目指していたのではなく、他の地域─きっと、その竜の眠る島に向かっているのだ。
だから、アーモロード中を探し回っても、王子がいた痕跡すら残されていなかったのだ。
ユノスは、心にぽっかり穴が空いたような心地になった。全身から力が抜けてしまって、動く気力が消失してしまったような。
フィチルはユノスの心境に構わず、続きを話す。
「100年前、空中樹海が現れたそうよ。アーモロードで大異変が起き、世界樹が深海に沈んだときに」
ユノスは顔を上げる。
「貴方が探している王子様は、そろそろ危機が起きるって思ったのかしらね?」
フィチルの言葉に、ユノスは違和感を覚える。
自分は彼女に、王子を探していること、王子が三竜を求めていることを伝えただろうか?
「なぜ、王子のことを…?」
「うちのギルドリーダーが話していたのよ。貴方が、いなくなった王子様を探しているって」
「そうでしたか……」
フィチルのギルドのリーダー、すなわちワフラが、彼女に面通しを頼む際に、ユノスの抱える事情から王子のことまで、彼女に話してしまったのだろう。
「貴方が今背負う星…求めているものは見つからない、時熟せば、自ずと機会は現れる…そんな運命の流れの中にいるみたいね?」
いきなりのことに、ユノスは面食らう。
「占星術ですか?」
「その通り」
フィチルはどこか満足そうだった。
(闇雲に探しても、効果はないということか)
ユノスはそこまで占いを信じているわけではないが、フィチルの言うことには一理あるかもしれないと感じた。
「観光を楽しんでるうちに、探している人が現れるんじゃないかしら?」
「そうですね…」
しかし、観光をしている場合ではない。ユノスは焦りを覚えていた。手持ちの旅費もそこまであるわけではなく、何より、王子が大変な苦労をしているであろう中、ひとり待ちぼうけているのも落ち着かない。
「待っていられない、って顔ね」
ユノスは、胸中の思いを言い当てられて、どきりとする。
「よく分かりますね……」
「 "世界樹" に棲む竜を探しているのなら、探している人はアーモロードに来るとは思うけど。いずれはね」
フィチルは目を細める。
「さて。沢山話したし、あなたに一つ、聞いてもいいかしら」
「何でしょうか…?」
ユノスは固唾を飲む。
「貴方たちは…貴方の主はなぜ、竜を追っているの?」
気功士ユノスは1人、こぢんまりとした店のカウンターに向かっていた。彼はカウンターのそばに置かれた一脚の椅子に、腰を下ろしていた。
10分ほど前、占星術師風の青年が現れ「もう少ししたら来ますので」とユノスに一言かけ、飲み物を置いていった。グラスごと占星術で冷やされたものかもしれない。
目的の人物はまだ現れない。
"大漁丸" のギルドリーダー、ワフラに指定されたこの店は、占星術師が営む店だった。薄暗くて、ちょっと怪しい雰囲気も醸し出している、一般人が立ち寄らなさそうな場所だ。
店内のそこここには、「占星術の道具、直します」「占い一回1000en 恋愛 運命 金運何でも」と書かれた紙が貼ってある。壁脇に置かれた棚には占星術の道具らしきものや、液体の入った瓶が陳列されている。部屋の隅にはゾディアック達が身に付けるような機械類が置いてある。
「待たせたわね」
ユノスは声のした方を見る。
カウンターの奥にある出入口から、占星術師の女性が現れたところだった。
「いえ、」
ユノスは彼女に気遣わせまいと建前を言う。
「貴方ね、竜のことを知りたいっていう人」
占星術師風の女性は、開口一番にそう問う。
「はい」
ユノスは女性に向き直る。
「ユノスと申します。三竜のことを調べてます」
「改めて、私はフィチル」
フィチルの見た目は、歳はユノスより上といった具合だった。 彼女はウェーブのかかった橙色の髪を持っており、彼女の髪の色は黄色に染まった木の葉を連想させた。
事の発端は一昨日に遡る。
チェルク達がパイレーツの青年、ワフラに会いに行くというので、ユノスも彼らに同行した。顔の広そうなワフラのことなので、もしかしたら竜の噂もどこかで耳にしているかもしれない。竜のことを追えば、もしかしたら主の消息が掴めるかもしれない。そんな、一縷の望みをかけて、ユノスは足を運んだ。
ワフラは船着き場のドックにいた。彼の態度は先日出会ったときと変わらず、旧友に接するかの如く、明るく迎えてくれた。
チェルク達の話がキリの良いところを迎えてから、ユノスはパイレーツの青年に相談する。
「なに?竜のことが知りたいんか?おれのギルドにいるぞ、詳しい奴。ちと待っとれ」
そうして、ワフラから、明後日にこの店に行ってくれと指定され、今に至る。
フィチルの赤い瞳がユノスを見る。
「何の話から聞きたいの?」
まずは、主が追っている竜が、アーモロードに棲むものと同一種か確認しようと、ユノスは口を開く。
「はじめに、三竜の特徴についてご教示いただければ…」
そう、とフィチルが頷き、語り出す。
「アーモロードの三竜の特徴ね。ここの三竜の特徴といえば、炎、氷、雷を司っていることで─」
フィチルの説明は淀みなく続いていく。
ユノスは彼女の話に耳を傾けながら確信する。
(間違いない。アーモロードの三竜は、まさに、王子が探している竜だ)
「で、気を付けてほしいこと」
ユノスはフィチルの言葉に注意を向ける。
「普通に樹海を歩いてるだけだと、三竜には会えないってところね」
ユノスの心に岩の塊が落ちてきた。
「そんな…!?」
「ある孤島に行って、そこを根城としている竜に会わないと、現れないんだって。ある伝承に残ってるわ」
フィチルは変わらずさらりとした口調だった。
「アーモロードから離れたある海域に、空中樹海と呼ばれる、不思議な島があるそうでね。その島は "世界の危機" が迫ると現れて。そこには人との対決を望む竜が棲んでいる。その竜が、試練として三竜を呼び起こす。確か、こんな内容だったわね」
「そういうことですか…」
ユノスは、アーモロードで王子に会えなかった理由が分かった気がした。街のどこを探しても、王子の消息の欠片もなかった訳。
きっと、王子はアーモロードを目指していたのではなく、他の地域─きっと、その竜の眠る島に向かっているのだ。
だから、アーモロード中を探し回っても、王子がいた痕跡すら残されていなかったのだ。
ユノスは、心にぽっかり穴が空いたような心地になった。全身から力が抜けてしまって、動く気力が消失してしまったような。
フィチルはユノスの心境に構わず、続きを話す。
「100年前、空中樹海が現れたそうよ。アーモロードで大異変が起き、世界樹が深海に沈んだときに」
ユノスは顔を上げる。
「貴方が探している王子様は、そろそろ危機が起きるって思ったのかしらね?」
フィチルの言葉に、ユノスは違和感を覚える。
自分は彼女に、王子を探していること、王子が三竜を求めていることを伝えただろうか?
「なぜ、王子のことを…?」
「うちのギルドリーダーが話していたのよ。貴方が、いなくなった王子様を探しているって」
「そうでしたか……」
フィチルのギルドのリーダー、すなわちワフラが、彼女に面通しを頼む際に、ユノスの抱える事情から王子のことまで、彼女に話してしまったのだろう。
「貴方が今背負う星…求めているものは見つからない、時熟せば、自ずと機会は現れる…そんな運命の流れの中にいるみたいね?」
いきなりのことに、ユノスは面食らう。
「占星術ですか?」
「その通り」
フィチルはどこか満足そうだった。
(闇雲に探しても、効果はないということか)
ユノスはそこまで占いを信じているわけではないが、フィチルの言うことには一理あるかもしれないと感じた。
「観光を楽しんでるうちに、探している人が現れるんじゃないかしら?」
「そうですね…」
しかし、観光をしている場合ではない。ユノスは焦りを覚えていた。手持ちの旅費もそこまであるわけではなく、何より、王子が大変な苦労をしているであろう中、ひとり待ちぼうけているのも落ち着かない。
「待っていられない、って顔ね」
ユノスは、胸中の思いを言い当てられて、どきりとする。
「よく分かりますね……」
「 "世界樹" に棲む竜を探しているのなら、探している人はアーモロードに来るとは思うけど。いずれはね」
フィチルは目を細める。
「さて。沢山話したし、あなたに一つ、聞いてもいいかしら」
「何でしょうか…?」
ユノスは固唾を飲む。
「貴方たちは…貴方の主はなぜ、竜を追っているの?」
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