5. きっと、意識が朦朧とする所為(新春)

「ただいま、です」

 もつれる足元に気を付けながら小さく声を出す。共有ルームには明かりがついていなくて、誰もいないとはわかっていてもつい口から出てしまった。

「あ~飲み過ぎた……」

 冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出してアルコールの回った体に水を行き渡らせる。
 ふうと大きく息を吐いて、何気なく共有ルームのソファの方へ目線を移動させた。

「……あれ」

 ソファのところに人影が見えて、足を自然にそちらに向ける。ゆっくりゆっくり、音を立てないように近づくほどに聞こえる寝息。

「春、さん?」

 予想というよりはほぼ確信を持って眠っている人の名前を呼ぶ。しかし、それぐらいではぴくりとも動かない。相当深く眠りの世界に落ちているようだ。
 いつもかけている眼鏡は顔から外され、少し離れたところに置かれている。寝落ちする前にどうにか眼鏡だけは避難させようとしたんだろう。春さんらしい。
 くすっと笑って、俺は眠る春さんの顔を覗き込んだ。

「結構、寝顔は幼いですね」

 俺と誕生日が一ヶ月しか変わらないけれど、それでも春さんは一つ年上という印象が強い。そんな春さんの可愛らしい姿を見れて嬉しい気持ちと、湧き上がる劣情。
 少しだけ開いた唇、まるでキスしてほしいと誘われているようだ。アルコールに侵された頭は自分に都合のいいように解釈する。

「……ごめんなさい、春さん」

 一応謝罪だけして春さんの唇に自分の唇を重ね合わせる。
 柔らかくて、少しだけ紅茶の香りがするキス。相手は寝ているんだからすぐ離せば完全犯罪になるのに、もっともっとと求めてしまう。開いた唇の間から舌を侵入させ、歯列をなぞり、深く春さんを味わう。
 こんなになっているのはきっと飲み過ぎたアルコールの所為だ。そう、自分に言い訳をして存分に春さんとのキスを楽しんだ。

「っふ……」

 ゆっくりと唇を離す。銀色の糸が少しだけ俺と春さんの唇を繋いでいたがすぐに千切れる。
 しかし、それはどうでもいいことだ。唇を離して見えた春さんの顔は真っ赤に染まっていて、そして潤んだ瞳でこちらを見ていたことの方が重要だ。

「あら、た」

 暗い部屋でも分かるくらい艶めいた唇で俺の名前を呼ぶ。
 ――ああ、ダメだこんなの。もうアルコールの所為でも春さんの所為でもなんでもいいから、

「……春さん、こんなところで寝てたら体壊しますよ。だから、」
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