3. 守られるほど弱くはないつもり(始春)
ひょこひょこと耳が揺れる。その揺れに目を奪われていると、持ち主が不思議そうな顔でこちらを見つめていた。
「どうかしたの?」
「いや」
耳の揺れを見ていたことに何か理由があるわけでは無い。首をゆるりと横に振ると、春はふぅんと息を漏らして紅茶を飲んだ。
今日も黒兎王国は平和だ。小鳥が鳴いて花が風でなびく姿は穏やかで、まさしく平和の象徴だと言える。王と宰相が中庭でお茶会をしているのも平和を裏付ける一つだ。何故二人でお茶会なのかと言えば、ここ数日二人とも働き詰めで、その体を心配した王子とその護衛官、王の側仕えの二人がこのお茶会を開催したのである。そしてその企画した四人は「二人でゆっくりと過ごしてください」と言って各々の仕事へ戻って行った。
始からすれば彼らだって休むべきだと思うが、自分たちは昨日もお茶会をしたからと言って同席を断った。新だけは一緒に参加しようとしていて、王子の葵がその腕を引っ張るというどちらが護衛官なのかよく分からないやり取りをしていた。
――ああ、本当に、幸せすぎるくらい平和だ。
「……平和だね」
始の心を代弁するかのように春が呟いた。始は口の中のアップルパイを飲み込んで頷く。
「そうだな」
「この間亡国の危機に晒されてたのが嘘みたい」
「……ああ」
黒兎王国の裏側にあるという白兎王国、そこの魔王を中心とした六人の兎たちと一緒に虚と戦った。あの時はただ自分が大切にしてきたものが失われていくことが怖くて、彼らを、この国を守りたくて必死だった。
戦いが終わった後も白兎王国とは交流が続いていた。平和になってよかったと心の底から安堵している。
「俺ね、あの時からもっと強くならなきゃって思ったんだ」
あの時が先の戦いを指していることは分かった。しかしその意味がわからず始は問いを投げる。
春は残り僅かな紅茶を飲み干して、静かに微笑んだ。
「だって、守られるような弱い存在になったつもりはないから。宰相として啓示を受けた時からずっと、どんなことがあっても始の隣で共に戦うって決めてたんだよ」
ひょこひょこと揺れていた耳は今、少し恥ずかし気に折れている。
始は春が城にやって来たあの日のことを思い出していた。目の前の兎が幼かった頃、あの時からそんな風に思っていたなんて。
ぶわっと風に乗って花びらが舞う。艶やかな緑はさわさわと楽しそうに歌っていて、全ての自然が始と春の二人を優しく温かく見守ってくれているようだ。
「春」
「ん? なに、っ」
始の方を向いた春に唇を重ね合わせる。無意識に作動した大いなる祝福によって二人きりのお茶会が幸せに行われていることを、他の黒兎たちは知り、そして皆嬉しそうに笑ったのだった。
「どうかしたの?」
「いや」
耳の揺れを見ていたことに何か理由があるわけでは無い。首をゆるりと横に振ると、春はふぅんと息を漏らして紅茶を飲んだ。
今日も黒兎王国は平和だ。小鳥が鳴いて花が風でなびく姿は穏やかで、まさしく平和の象徴だと言える。王と宰相が中庭でお茶会をしているのも平和を裏付ける一つだ。何故二人でお茶会なのかと言えば、ここ数日二人とも働き詰めで、その体を心配した王子とその護衛官、王の側仕えの二人がこのお茶会を開催したのである。そしてその企画した四人は「二人でゆっくりと過ごしてください」と言って各々の仕事へ戻って行った。
始からすれば彼らだって休むべきだと思うが、自分たちは昨日もお茶会をしたからと言って同席を断った。新だけは一緒に参加しようとしていて、王子の葵がその腕を引っ張るというどちらが護衛官なのかよく分からないやり取りをしていた。
――ああ、本当に、幸せすぎるくらい平和だ。
「……平和だね」
始の心を代弁するかのように春が呟いた。始は口の中のアップルパイを飲み込んで頷く。
「そうだな」
「この間亡国の危機に晒されてたのが嘘みたい」
「……ああ」
黒兎王国の裏側にあるという白兎王国、そこの魔王を中心とした六人の兎たちと一緒に虚と戦った。あの時はただ自分が大切にしてきたものが失われていくことが怖くて、彼らを、この国を守りたくて必死だった。
戦いが終わった後も白兎王国とは交流が続いていた。平和になってよかったと心の底から安堵している。
「俺ね、あの時からもっと強くならなきゃって思ったんだ」
あの時が先の戦いを指していることは分かった。しかしその意味がわからず始は問いを投げる。
春は残り僅かな紅茶を飲み干して、静かに微笑んだ。
「だって、守られるような弱い存在になったつもりはないから。宰相として啓示を受けた時からずっと、どんなことがあっても始の隣で共に戦うって決めてたんだよ」
ひょこひょこと揺れていた耳は今、少し恥ずかし気に折れている。
始は春が城にやって来たあの日のことを思い出していた。目の前の兎が幼かった頃、あの時からそんな風に思っていたなんて。
ぶわっと風に乗って花びらが舞う。艶やかな緑はさわさわと楽しそうに歌っていて、全ての自然が始と春の二人を優しく温かく見守ってくれているようだ。
「春」
「ん? なに、っ」
始の方を向いた春に唇を重ね合わせる。無意識に作動した大いなる祝福によって二人きりのお茶会が幸せに行われていることを、他の黒兎たちは知り、そして皆嬉しそうに笑ったのだった。