1. 夜と朝の間(始春)

「ん……」

 浮上していく意識にゆっくりと目を開く。カーテンの隙間から見える窓の外は薄暗く、まだ体を起こすには早い時間だとわかる。
 ただ、もう一眠りするには随分目が冴えてしまって、春は反対の方向へ寝返りを打つ。
 ごろんと転がる際、腰がずきりと痛み春は顔を顰める。目の前にはその腰痛の元凶が春に背を向けて眠っていた。
 耳をすませば微かに始の寝息が聞こえる。

「まだ、起きないよね?」

 誰かに問うように呟いて春は口角を上げた。
 こんな風に始の背中を見つめることなんて滅多にない。仕事上着替えの場面に遭うことは多いが、自分も着替えているから他人の体を見つめている余裕はないし、所謂性行為中は春が背中を向けることはあれど始が春に背を向けることは無かった。
 と、意識が昨日の夜の出来事に向いてしまい、自然と春の顔は熱くなる。
 久しぶりに二人のオフが揃った、その前の日の夜だった。どれだけ羽目を外しても仕事には響かない。そもそも体を重ねる行為自体、一週間以上出来ていなかったのだ。たかが一週間、なんて思うかもしれないが毎日恋人と顔を合わせているのにキスすらもなかなか出来ないのは、二十代前半の健全な男子としては辛いものがある。
 性欲はそれほど強くないと自負している春も、知らず知らず限界が来ていたらしい。部屋に入るやいなや貪るようにキスをして、そのままシャワーを浴びることも無くベッドになだれ込んだ。
 それから何度も互いを求めて、時間も忘れて、声が枯れるのも厭わないで、何度も、何度も、数えきれないくらい名前を呼んで。
 春の記憶は途中で止まっている。快楽に溺れて、気が遠くなる感覚だけは覚えているのだが、その後どうなったかは覚えていない。おそらく、意識を飛ばしてしまったのだろう。
 恥ずかしいと思いながら、きっと意識を飛ばした春を見て始は驚いた表情をしたのだろうと思えば少し笑えた。

「ふふっ」

 春は声を殺して笑う。枯れ気味の喉に笑いが響いて、喉の渇きを思い出させた。
 確か冷蔵庫にミネラルウォーターがあったはずだ。後でのど飴も舐めようと考えながら春は体を起こそうとする。
 しかし、それは叶わず、上体だけ起こした春の体は再びベッドに沈んだ。犯人は一人しかいない。

「っ、」
「……はぁる」
「ちょっと、始。いつ起きてたの、って」

 始は春の腕を掴みそのまま自分の方に引き寄せる。素肌同士が触れ合い、真っ先に服を着ればよかったなんて後悔してももう遅かった。

「もうすこし……ねてろ……」
「はぁ? いや、水取りに行きたいだけなんだけど」
「……」
「始、始?」

 とんとんと肩を叩くが始は何も言わない。すぐに寝息が聞こえて、寝てしまったのかと春の顔は絶望に染まった。
 寝ているくせに始の春を抱きしめる力は強く、ちょっとやそっとでは身動きが取れそうにない。人間、無防備になるのは寝ている時のはずだろう。それとも王様にはそんな常識は通じないのか。
 はぁ、と小さく春はため息をつく。こうなったら二度寝するしか道は残されていない。朝が来るまで眠ってしまおうと、喉の痛みと熱を帯びた身体に気付かないフリをして目を閉じた。
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