満月には程遠い


 出会った時からずっと、どこかで恐れていた。
 隼の相方として一緒に活動している海は、大らかで、大雑把で、いつも笑って、でも時に間違っている時にはきちんと叱って、……そんな普通の男。
 そう思いたかった。でも幸か不幸か、隼は人よりずっと心を見るのは得意だった。だから、気づいていたのだ。

「……馬鹿だよねぇ、海も僕も」

 隼は優しく海の髪を撫でる。いつもならくすぐったそうにする海も、全く、指の先すら動かすことは無い。

 海の異質性には出会ってすぐに気が付いていた。
 海は優しい。優し“すぎる”と言ってもいい。他人の為に自分を犠牲にする精神は決して長所とは言えなかった。
 大好きなプリンを涙に譲るだとか、部活が大変な郁の為に自分が代われる仕事は代わってやるだとか、調子の悪そうな夜に遠い薬局まで薬を買いに行ってやるだとか、ドラマの撮影で頭がいっぱいになっている陽に取材のフォローをするだとか、それぐらいのことなら隼も容認していた。
 けれど、本当に問題なのは、海が自分自身を大切にしない事だ。
 誰かに優しくすることで自分が疲れたり、身も心もボロボロになったりしても海はそれを全く気にしなかった。『笑顔が見たいんだ』、海はいつもそんな風に言って笑った。
 隼はそんな海の異質性に気づいていて、海が無理しすぎないよう彼の腕を引っ張って足を止めていた。少しでも自愛してくれるように、隼はわざと海を休ませるようなふるまいをした。
 それなのに、それでも、やはり海の性質は変わらない。
 海が子どもをかばって暴走した車に轢かれたという連絡を隼が受けた時、一番に思ったのはその事だった。

 動かない左手を取って、隼は掌にそっと口づけた。目を覚ますように祈りを込めて。
 海が眠るこの部屋は、ツキノ寮の海の部屋でも隼の部屋でも共有ルームでもない。都内にある病院の個室、その真っ白なベッドで海は眠っている。

「……あぁ、日付が変わってしまったね。今日でもう三日だ」

 かっこ悪く、一部だけ欠けた月が輝いている。隼はその月を見て小さく呟いた。
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