引き寄せやすい恋人の話


 ゲスト出演していたドラマの撮影を終え、僕は一人で寮に戻った。
 本当ならもう少し早く終わるはずだった撮影は、機材トラブルに見舞われてしまい、今はもう夜も深い時間になってしまっている。帰り際には何度もスタッフさんたちに謝られたが、決して彼らが悪いわけでは無い。結果撮れたものはいい出来だったし、終わり良ければ総て良しだと思っている。
 ただ、どうしようもなく胸の辺りがざわついているのもまた事実だった。もっと端的に言えば、嫌な予感がする。

 エントランスを抜けて三階へと一目散に向かう。目指すは相方兼恋人の部屋だ。
 自分の部屋の右隣、海の部屋の前に立ちノックをした後で鍵を開ける。

「海」

 扉を閉めてから海の名前を呼んだ。しかし、返事は無い。
 その代わり、とん、と足音が聞こえた。どうやら眠っているわけでは無いらしい。でも海の足音にしては随分と大人しめの音だ。
 とん、とん、足音はゆっくりとこちらに向かってくる。姿は見えるが顔は俯いたまま見えない。

「海?」

 ふわっと海の顔が上がって、あぁやっぱりと思った。目の前の海は海であって海じゃない。
 ――海の目が、宵闇のように真っ黒だったから。

「おかえりなさい」
「……ねぇ、僕の海を返してくれない?」

 海、の体を乗っ取ったものは不敵な笑みを浮かべている。

 何故か海は悪霊を引き寄せる体質らしい。海自身はそれに気付いていないが、霊場に行くようなロケでは必ずと言っていいほど霊を引き連れて帰ってくる。
 ただ背後に憑りつかれていることもあれば、体を乗っ取られることもある。僕が近くにいる時はそれらを祓うことが出来るのだけれど、離れているとさすがに僕の力も及ばない。
 おそらく今海を乗っ取っているこの霊は、撮影が延びているうちに海に憑りついたのだろう。

「何を、言ってるんだ?」

 僕の問いかけに知らないフリをする。どうやらまだ海の体を返す気は無いらしい。

「残念だけど、海は僕の恋人だから。君が海じゃないことぐらいすぐにわかるよ」
「こい、びと」

 ぴくっと霊が反応する。何かが霊の琴線に触れたようだ。
 祓うための水晶は僕の部屋にある。取りに行く時間をどうやって稼ごうかと考えている間に、海の瞳の色が宵闇の黒から海の青に戻った。

「……っ、あれ? 俺……」
「海」
「うぉ、隼。あ、おかえり! 撮影お疲れさん」

 霊の姿はどこにも見えない。祓う前に姿を消してしまった。
 いつものように乗っ取られている間の記憶は無くて、海は僕に向かって笑いかけている。そして僕もいつものように、本当のことは言わないで微笑み返す。

「かぁい、撮影押して疲れちゃったから充電させて」
「それは大変だったな。ほら」

 腕を広げる海に飛び込むように抱きつく。首の付け根あたりに軽く口づけをして、あの霊が来ないようにとおまじないをかけた。

 ……それが一週間前の話。
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