38.7℃

 朝起きると、海は頭を内側から叩かれているような痛みに襲われた。
 その痛みには覚えがあった。海の予想を裏付けるように悪寒が海の背中に走る。
 風邪だ。しかも熱がある方の。

「やばいな」

 不幸中の幸いだったのは、熱からくる頭痛だけで、咳も鼻詰まりもないことだ。熱があることさえ隠し通せれば今日の仕事はこなせられる。
 仕事は一つだけで、早めに寮に帰って休めれば明日にはきっとよくなっているはずだ。

「っし! 気合入れるか!」

 一人部屋でそう叫んだ海は、ぱちんと両頬を叩いて自分の部屋を出た。


*****


 寒い。ひたすらに寒い。暖房が効いた部屋で海はそっと腕をさすった。
 本来海はどちらかと言えば暑がりなタイプだ。汗っかきで、夏生まれというのもあるが冬でもあまり着こむことは無い。
 というのに、今日は異様に寒い。ただ、隣でくつろぐ隼が何も言わないところを見ればこの部屋の温度設定は適温なのだろう。

(まずいな……朝よりひどくなってる)

 寒さの原因は間違いなく風邪だ。体は寒いのに顔だけ熱くなってきているのも、熱が上がっている証拠。
 もう少し耐え切れば、取材は終わったし、それに伴う撮影も残るは写真の確認だけだ。それさえ終わってしまえば寮に戻ることが出来る。

「海、どうしたの?」

 耐えようと心の中で意気込む海の顔を、隼は不意に覗き込む。あまりに唐突で、海は反射的に顔を背けてしまった。

「もしかして調子悪い?」
「あ、いや、大丈夫だぞ!」

 顔を戻した海は元気いっぱいに答えた。もちろん、空元気だが。
 笑う海に、隼の顔はみるみるうちに無表情になっていく。それは隼の機嫌が悪くなっているサインでもあった。

「ふぅん……こんなに熱っぽい目をしてるのに?」

 隼はそう言って海の目元を、白く長い指でゆっくりとなぞる。ひんやりとした感覚に海は一瞬身を震わせたが、熱く火照っている顔にはとても気持ちがいい。
 いつの間にか海の頭はぐらぐらと熱で茹っていて、だから隼にされるがままその指を振りほどこうとしない。
 そんな海のいつもと違う態度に、隼の予想は確信へと変わる。

「とりあえず、海は少し休むべきだね」

 まるでそれが魔法の呪文だったかのように、海は意識を手放したのだった。
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