My sweetheart
「ふんふん……へぇ~」
スマートフォンの画面を眺めながら海は独り言を呟く。撮影の順番が回ってくるまで待機している夜は声につられて海の方を向いた。
「何見てるんですか?」
「え? あぁ、ちょっとな」
楽しそうに海は笑う。海の笑顔に夜も微笑みを浮かべたが、何やら企んでいるらしい海に夜は頭の中でクエスチョンマークを並べる。
と、そこに先に撮影をしていた隼と郁が戻ってきた。次は自分たちの番だと夜が立ち上がると同時に海も立ち上がる。そのまま二人でスタジオまで向かうのだと思っていた夜に、海は何故か隼の方へと駆け寄っていく。
一体どうしたのかと海以外の三人がその動向を見守っている中、海は隼の服の袖を軽く引っ張った。
まるでお菓子をねだる子供のような海の行動に、夜と郁はもちろん、された側の隼も現状を理解できていない。
「海、どうかした?」
隼からの問いかけに海ははにかむ。そして真っすぐに隼を見つめた。
「えっと、お疲れ様!」
それだけ言って海はご機嫌な様子で控室を後にした。呆気に取られていた夜も慌てて海の後を追う。
一方、取り残された郁はおそるおそる隼の方へ視線を向ける。隼は固まったまま全く動かない。
「あの、隼さん……」
郁が声をかけると、隼はようやく我に返ったようで、先程海に捕まれた袖のあたりを優しく撫でた。
「ねぇ、いっくん」
「はい」
「さっき起きたこと夢じゃないよね?」
「おそらく……俺も夜さんも見てましたから」
「……はぁぁぁ」
長めに息を吐いて隼は近くにあった椅子に座る。
「海可愛すぎでしょ……急にどうしたんだろう……」
「さぁ……。海さん、時々天然発揮しますからね」
郁は今まで海が起こした天然事件をいくつか思い起こし苦笑する。
プロセラの天然と言えば夜、という印象が強い。しかし、海も大概天然である。本人は気づいていないようだが被害に遭っている人間も多く、特にプロセラメンバーは皆一度は事件を起こされている。
今回の被害者は間違いなく隼だ。現に隼はダメージを食らってぶつぶつ何かを呟いている。よく聞けばそれは海への惚気だった。
しばらくして、撮影を終えた陽と涙が戻ってくる。それでもまだ海からの攻撃に立ち直れていない魔王様を見て、二人は何があったのかと驚いていたが郁の説明を聞き、涙は頷き陽は呆れた。
「ったく、何でそんな事になったんだ?」
「それが分からないんだよね」
「いつもの天然でしょ。たぶん、海は何も考えてないよ」
涙の言葉に、郁と陽もそうだろうなと頷く。
三人はやがて興味を失くしたようで、それぞれ本を読んだりスマホをいじったりと空き時間を有意義に過ごし始めた。
さて、ようやく隼が平常通りに戻った頃、海と夜が撮影から戻ってきた。
六人ともこの撮影が終われば後は寮に帰るだけだ。それぞれカバンを持って黒月が運転する車に乗るために駐車場へと向かう。
その道中、隼はちらりと海を一瞥したが海はいつも通りの様子で、さっきのことなどまるで無かったようである。
海の天然に振り回された隼は、心の中でため息をついて車へと乗りこむ。
ワゴン車の席順はその時によって変わるが、大体助手席は乗り物があまり得意ではない夜の席だ。後部座席は郁と涙が隣同士で座ることが多く、隼・海・陽の三人はその日の気分で隣り合ったり合わなかったりする。
隼が先に乗り込み、後に続いた海はそのまま隼の横へと腰を下ろした。
「あれ、海が隣に来るって珍しいね?」
「あぁ……えっと、ちょっと、な」
歯切れの悪い海の返事に隼は首を傾げる。しかし、海はそのまま説明することは無く、全員が乗り込んで車は発車した。
車内はゆったりとした空気が充満している。会話はスローテンポで、内容などあってないようなものである。
窓から見える景色を眺めながら適度に会話に加わっていた隼が、肩に重みを感じたのはちょうど信号が赤から青に変わった時だった。
「ん?」
隣を見れば海の頭が隼の肩に寄りかかっている。隼が海の顔を覗き込めば、瞼は見事に閉じられていた。
「海、寝てるの?」
隼の問いかけにも海は応じない。どうやら本当に眠っているらしい。
「え、海寝てんの?」
「海さんお疲れだったんですかね」
前の席に座っていた陽と郁が後ろを向いて声をかける。やはり海が起きる様子は無くて、夢の世界へと旅立ってしまっているようだ。
「まぁ、せっかくだから寝かせてあげようか」
そう隼が言うと、陽と郁は頷いて前席の二人にも海が眠っていることを伝えた。
隼はもう一度、しっかりと海の寝顔を見つめる。
海が車に乗り込む際、隼の隣に来たのはもしかしたらこれが要因なのかもしれない。疲労感で車に揺られれば眠ってしまうと、それならば隼の隣で肩を借りて眠る方がいいと。
「なんて、都合よすぎかな」
隼は誰にも聞こえないぐらい小さな声で呟いてそっと海の髪を撫でた。
海が眠り始めてから10分程度経過したところで、車は寮へと到着した。海の寝顔を見つめ続けた隼はそろそろ起こそうかと海の肩を揺さぶる。
「ん……」
「おはよう、海。もう寮に着いたよ」
「あれ、本当に寝ちゃってた……?」
海は大きく欠伸をして、目をこすりながら立ち上がろうとする。が、寝起きだからか距離感を間違えたらしく、ごつんと鈍い音を立てて頭を天井にぶつけた。
「っ」
「あ~あ……ふふ、ドンマイ海」
「痛い……」
ぶつけたところをさすり、海は車から降りる。続けて隼も降りれば、空っぽになった車と共に黒月は事務所へと舞い戻って行った。
「海さん、大丈夫ですか?」
「夜。うん、おかげで目が覚めた」
「つーか、海が車の中で寝るって珍しいな。そんな疲れてたのか?」
「あ、いや……疲れてるのは俺じゃなくて……」
海は何か言いよどんで、結局それを口にせず誤魔化した。
ここまでくるとさすがに海以外のプロセラメンバーは皆、海が何かを隠していることに気付く。それが果たしてどういうものなのか、それぞれに思考を巡らせる。
海だけはそのことに気付かず、自然なつもりで隼に話を振る。
「あ、隼。紅茶飲みたくないか?」
「海が淹れてくれるの?」
「おう!」
いつもなら隼からのお願いで動く海が、自ら隼に提案する姿にますますプロセラメンバーは違和感を覚える。もちろんそれは隼もで、隼は微笑みを浮かべたまま共有ルームに入ったところで海の名前を呼んだ。
「ねぇ、海」
「ん?」
キッチンに立って紅茶の準備をしながら、海は顔だけを隼の方に向けた。
年下組が見守る中、隼は海の目を真っすぐ見つめて問いかける。
「何か企んでない?」
海の口が一瞬で『あ』を形作る。表情は慌てたとまではいかなくとも、気まずさを滲ませている。
「今日撮影の時から何か変だと思ったんだよねぇ……海?」
「あ……いや、まぁ……」
「何を隠しているの?」
じわじわと隼は海の方へ詰め寄っていく。
困惑した表情で後ずさりをしていた海は、やがて降参の意思を表すために両腕をあげた。
「分かった。ちゃんと話すから」
海はやかんから手を離して、頭をかきながら言いづらそうに唸る。どれだけ海が言いづらそうにしても、誰も海を気遣う言葉を言う気配はない。
ようやく観念した海は、ぽつり呟くように話し始めた。
「今日、撮影待ってる時にあるページを見つけてな」
「ページ?」
「うん。えっと、彼女にされたら嬉しいことをまとめたページみたいな」
海の説明に「あぁ、女性向けでよくあるよな」と陽が頷く。他のメンバーはあまり詳しくなく、そういうのがあるのかと黙って聞いている。
海はさらに恥ずかしそうにしながら言葉を続けた。
「それでその……そこに書いてあることを実践したら隼の疲れを癒せるかな、と思ったんだ」
「……は?」
意味がわからないという気持ちが声に出たのは陽で、夜は思考をフリーズさせている。郁は口を開けたまま隼と海を交互に見て、涙は一言「ウケる」とこぼした。
各々海の言葉に反応を見せる年下組に対し、隼は真顔でじっと海を見つめたままで居る。それはある意味で、いつも余裕の笑みを浮かべている魔王様が余裕を失くしているというサインでもあった。
「……どうして僕の疲れを癒すってことになったの?」
「え、だって、今月担当月だし、イベントも舞台も重なってて隼疲れてるみたいだったから」
さも当然のように海は即答する。
確かに海の言う通り、担当月に入ってすぐのイベントと舞台に忙しかった。さらに今年は後続ユニットとの仕事も多く、プロセラの代表として隼一人が呼ばれることも多々あった。海の答えは間違っていない。
ただ、隼が疲れているから自分が癒すのだと、その答えに何の疑問も持たず至ったことに隼は頭を抱えた。
「はぁぁぁ……」
長めのため息をついて隼は海を見る。海は首を傾げて純粋な目で隼を見つめていた。
カチリ、隼の脳内でスイッチが切り替わる音がする。
「もう、海は何なの? 萌キャラなの?」
「え?」
「もしかして袖引っ張るのとか肩で眠るのとか、全部僕を癒すためにやってたの? だとしたら馬鹿なの?」
「え、あ、やっぱダメだったの「違う」……お、おう」
「違うんだよ。可愛すぎるの。海は自分がどんだけ可愛いかもっと自覚して!」
捲し立てる隼に海は圧倒されている。しかし隼の口は止まらない。
「本当無理。可愛い。僕のためにやってるとか天使か」
「しゅ、隼? なんかキャラ違う……」
「違うよ? だって仕方ないじゃない、海が可愛すぎるんだもん」
「それ、理由になってないよな?」
テンションが振り切ってしまったせいか、海の言葉は隼を止めるストッパーの役割を全く果たさない。
そんな年長組のやり取りを、四人は静かに見守っていた。
「というわけで、海は今から僕の部屋ね」
「何がというわけで?!」
「あ~いってらっしゃい。夕飯の頃にはちゃんと戻ってこいよ~」
隼が海の腕を引っ張り、陽がひらひらと手を振る。夜は困惑した様子だったが、郁と涙は陽同様手を振って年長組を見送った。
……その後、すっきりした顔をした魔王様と、ぐったりした参謀の姿、そしてその二人を何も言わず生温かい目で見守る四人の姿がプロセラ共有ルームで見れたとか、見れなかったとか。
スマートフォンの画面を眺めながら海は独り言を呟く。撮影の順番が回ってくるまで待機している夜は声につられて海の方を向いた。
「何見てるんですか?」
「え? あぁ、ちょっとな」
楽しそうに海は笑う。海の笑顔に夜も微笑みを浮かべたが、何やら企んでいるらしい海に夜は頭の中でクエスチョンマークを並べる。
と、そこに先に撮影をしていた隼と郁が戻ってきた。次は自分たちの番だと夜が立ち上がると同時に海も立ち上がる。そのまま二人でスタジオまで向かうのだと思っていた夜に、海は何故か隼の方へと駆け寄っていく。
一体どうしたのかと海以外の三人がその動向を見守っている中、海は隼の服の袖を軽く引っ張った。
まるでお菓子をねだる子供のような海の行動に、夜と郁はもちろん、された側の隼も現状を理解できていない。
「海、どうかした?」
隼からの問いかけに海ははにかむ。そして真っすぐに隼を見つめた。
「えっと、お疲れ様!」
それだけ言って海はご機嫌な様子で控室を後にした。呆気に取られていた夜も慌てて海の後を追う。
一方、取り残された郁はおそるおそる隼の方へ視線を向ける。隼は固まったまま全く動かない。
「あの、隼さん……」
郁が声をかけると、隼はようやく我に返ったようで、先程海に捕まれた袖のあたりを優しく撫でた。
「ねぇ、いっくん」
「はい」
「さっき起きたこと夢じゃないよね?」
「おそらく……俺も夜さんも見てましたから」
「……はぁぁぁ」
長めに息を吐いて隼は近くにあった椅子に座る。
「海可愛すぎでしょ……急にどうしたんだろう……」
「さぁ……。海さん、時々天然発揮しますからね」
郁は今まで海が起こした天然事件をいくつか思い起こし苦笑する。
プロセラの天然と言えば夜、という印象が強い。しかし、海も大概天然である。本人は気づいていないようだが被害に遭っている人間も多く、特にプロセラメンバーは皆一度は事件を起こされている。
今回の被害者は間違いなく隼だ。現に隼はダメージを食らってぶつぶつ何かを呟いている。よく聞けばそれは海への惚気だった。
しばらくして、撮影を終えた陽と涙が戻ってくる。それでもまだ海からの攻撃に立ち直れていない魔王様を見て、二人は何があったのかと驚いていたが郁の説明を聞き、涙は頷き陽は呆れた。
「ったく、何でそんな事になったんだ?」
「それが分からないんだよね」
「いつもの天然でしょ。たぶん、海は何も考えてないよ」
涙の言葉に、郁と陽もそうだろうなと頷く。
三人はやがて興味を失くしたようで、それぞれ本を読んだりスマホをいじったりと空き時間を有意義に過ごし始めた。
さて、ようやく隼が平常通りに戻った頃、海と夜が撮影から戻ってきた。
六人ともこの撮影が終われば後は寮に帰るだけだ。それぞれカバンを持って黒月が運転する車に乗るために駐車場へと向かう。
その道中、隼はちらりと海を一瞥したが海はいつも通りの様子で、さっきのことなどまるで無かったようである。
海の天然に振り回された隼は、心の中でため息をついて車へと乗りこむ。
ワゴン車の席順はその時によって変わるが、大体助手席は乗り物があまり得意ではない夜の席だ。後部座席は郁と涙が隣同士で座ることが多く、隼・海・陽の三人はその日の気分で隣り合ったり合わなかったりする。
隼が先に乗り込み、後に続いた海はそのまま隼の横へと腰を下ろした。
「あれ、海が隣に来るって珍しいね?」
「あぁ……えっと、ちょっと、な」
歯切れの悪い海の返事に隼は首を傾げる。しかし、海はそのまま説明することは無く、全員が乗り込んで車は発車した。
車内はゆったりとした空気が充満している。会話はスローテンポで、内容などあってないようなものである。
窓から見える景色を眺めながら適度に会話に加わっていた隼が、肩に重みを感じたのはちょうど信号が赤から青に変わった時だった。
「ん?」
隣を見れば海の頭が隼の肩に寄りかかっている。隼が海の顔を覗き込めば、瞼は見事に閉じられていた。
「海、寝てるの?」
隼の問いかけにも海は応じない。どうやら本当に眠っているらしい。
「え、海寝てんの?」
「海さんお疲れだったんですかね」
前の席に座っていた陽と郁が後ろを向いて声をかける。やはり海が起きる様子は無くて、夢の世界へと旅立ってしまっているようだ。
「まぁ、せっかくだから寝かせてあげようか」
そう隼が言うと、陽と郁は頷いて前席の二人にも海が眠っていることを伝えた。
隼はもう一度、しっかりと海の寝顔を見つめる。
海が車に乗り込む際、隼の隣に来たのはもしかしたらこれが要因なのかもしれない。疲労感で車に揺られれば眠ってしまうと、それならば隼の隣で肩を借りて眠る方がいいと。
「なんて、都合よすぎかな」
隼は誰にも聞こえないぐらい小さな声で呟いてそっと海の髪を撫でた。
海が眠り始めてから10分程度経過したところで、車は寮へと到着した。海の寝顔を見つめ続けた隼はそろそろ起こそうかと海の肩を揺さぶる。
「ん……」
「おはよう、海。もう寮に着いたよ」
「あれ、本当に寝ちゃってた……?」
海は大きく欠伸をして、目をこすりながら立ち上がろうとする。が、寝起きだからか距離感を間違えたらしく、ごつんと鈍い音を立てて頭を天井にぶつけた。
「っ」
「あ~あ……ふふ、ドンマイ海」
「痛い……」
ぶつけたところをさすり、海は車から降りる。続けて隼も降りれば、空っぽになった車と共に黒月は事務所へと舞い戻って行った。
「海さん、大丈夫ですか?」
「夜。うん、おかげで目が覚めた」
「つーか、海が車の中で寝るって珍しいな。そんな疲れてたのか?」
「あ、いや……疲れてるのは俺じゃなくて……」
海は何か言いよどんで、結局それを口にせず誤魔化した。
ここまでくるとさすがに海以外のプロセラメンバーは皆、海が何かを隠していることに気付く。それが果たしてどういうものなのか、それぞれに思考を巡らせる。
海だけはそのことに気付かず、自然なつもりで隼に話を振る。
「あ、隼。紅茶飲みたくないか?」
「海が淹れてくれるの?」
「おう!」
いつもなら隼からのお願いで動く海が、自ら隼に提案する姿にますますプロセラメンバーは違和感を覚える。もちろんそれは隼もで、隼は微笑みを浮かべたまま共有ルームに入ったところで海の名前を呼んだ。
「ねぇ、海」
「ん?」
キッチンに立って紅茶の準備をしながら、海は顔だけを隼の方に向けた。
年下組が見守る中、隼は海の目を真っすぐ見つめて問いかける。
「何か企んでない?」
海の口が一瞬で『あ』を形作る。表情は慌てたとまではいかなくとも、気まずさを滲ませている。
「今日撮影の時から何か変だと思ったんだよねぇ……海?」
「あ……いや、まぁ……」
「何を隠しているの?」
じわじわと隼は海の方へ詰め寄っていく。
困惑した表情で後ずさりをしていた海は、やがて降参の意思を表すために両腕をあげた。
「分かった。ちゃんと話すから」
海はやかんから手を離して、頭をかきながら言いづらそうに唸る。どれだけ海が言いづらそうにしても、誰も海を気遣う言葉を言う気配はない。
ようやく観念した海は、ぽつり呟くように話し始めた。
「今日、撮影待ってる時にあるページを見つけてな」
「ページ?」
「うん。えっと、彼女にされたら嬉しいことをまとめたページみたいな」
海の説明に「あぁ、女性向けでよくあるよな」と陽が頷く。他のメンバーはあまり詳しくなく、そういうのがあるのかと黙って聞いている。
海はさらに恥ずかしそうにしながら言葉を続けた。
「それでその……そこに書いてあることを実践したら隼の疲れを癒せるかな、と思ったんだ」
「……は?」
意味がわからないという気持ちが声に出たのは陽で、夜は思考をフリーズさせている。郁は口を開けたまま隼と海を交互に見て、涙は一言「ウケる」とこぼした。
各々海の言葉に反応を見せる年下組に対し、隼は真顔でじっと海を見つめたままで居る。それはある意味で、いつも余裕の笑みを浮かべている魔王様が余裕を失くしているというサインでもあった。
「……どうして僕の疲れを癒すってことになったの?」
「え、だって、今月担当月だし、イベントも舞台も重なってて隼疲れてるみたいだったから」
さも当然のように海は即答する。
確かに海の言う通り、担当月に入ってすぐのイベントと舞台に忙しかった。さらに今年は後続ユニットとの仕事も多く、プロセラの代表として隼一人が呼ばれることも多々あった。海の答えは間違っていない。
ただ、隼が疲れているから自分が癒すのだと、その答えに何の疑問も持たず至ったことに隼は頭を抱えた。
「はぁぁぁ……」
長めのため息をついて隼は海を見る。海は首を傾げて純粋な目で隼を見つめていた。
カチリ、隼の脳内でスイッチが切り替わる音がする。
「もう、海は何なの? 萌キャラなの?」
「え?」
「もしかして袖引っ張るのとか肩で眠るのとか、全部僕を癒すためにやってたの? だとしたら馬鹿なの?」
「え、あ、やっぱダメだったの「違う」……お、おう」
「違うんだよ。可愛すぎるの。海は自分がどんだけ可愛いかもっと自覚して!」
捲し立てる隼に海は圧倒されている。しかし隼の口は止まらない。
「本当無理。可愛い。僕のためにやってるとか天使か」
「しゅ、隼? なんかキャラ違う……」
「違うよ? だって仕方ないじゃない、海が可愛すぎるんだもん」
「それ、理由になってないよな?」
テンションが振り切ってしまったせいか、海の言葉は隼を止めるストッパーの役割を全く果たさない。
そんな年長組のやり取りを、四人は静かに見守っていた。
「というわけで、海は今から僕の部屋ね」
「何がというわけで?!」
「あ~いってらっしゃい。夕飯の頃にはちゃんと戻ってこいよ~」
隼が海の腕を引っ張り、陽がひらひらと手を振る。夜は困惑した様子だったが、郁と涙は陽同様手を振って年長組を見送った。
……その後、すっきりした顔をした魔王様と、ぐったりした参謀の姿、そしてその二人を何も言わず生温かい目で見守る四人の姿がプロセラ共有ルームで見れたとか、見れなかったとか。
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