ずっと、君に、あいされてたい(5月)

「葵、今日はどうしたの?」

 アイスティーを一口飲んで夜が首を傾げる。呼び出したのは自分なので夜の質問は真っ当なんだけど、なんだか気恥ずかしくて少し視線をそらした。
 所謂恋バナはそんなに得意な方では無い。だけど、それでも誰かを頼らずにはいられなかった。

「実は、ね」

 息が詰まる。そんな自分を落ち着かせるように息を大きく吸って、吐く勢いと一緒に言葉も吐き出す。

「新と付き合い始めたことは夜に話したでしょ?」
「うん」
「それで、その、一ヶ月くらい経ったんだけど……」

 言いよどむ俺を夜は静かに待ってくれている。
 ずっと止まっているわけにもいかない。意を決して本題を口にした。

「今までと何も変わらないんだ。ずっと幼馴染のままで」
「……えっと、それはつまり恋人らしいことを何もしてないってこと?」
「うん……」

 今更だけど、こんな話を夜にしてもよかったんだろうか。夜の事は信用してるし、だからこそ相談しようと思ったのだけれど、どう考えたって夜を困惑させるだけでしかない。
 話してしまった以上取り消すことは出来ない。緊張しながら自分の分のアイスティーをゆっくりと飲み込む。

「つまり、葵は新と恋人らしい感じの事がしたいってことだよね?」
「う、うん。そう」

 悩ましげな声を出す夜を見つめる。カチカチと秒針の進む音が妙に耳につく。
 緊張でまたアイスティーを飲む俺に、夜は落ち着いた声を優しくかけてくれた。

「二人はどういう感じなの? キス、とかは?」

 キスという言葉だけ少し声が小さくなったのが夜らしい。思わずこぼれそうになった笑みをぐっと抑えて真面目な表情で応える。

「してるよ」
「え? え、っと、じゃあ一緒に寝たりとか……」
「あぁ、それも結構あるかな。新がすぐ俺のベッドで寝ちゃうから、そのまま一緒に」
「えっ……えっ?」

 混乱していますと夜の顔に大きく書いてある。俺はそんなにおかしなことを言ったかな?

「待って。葵は新と恋人らしい事がしたいんだよね……?」
「? うん。だってこのままじゃ今までと変わらないんだよ」
「その“今まで”がおかしかったんじゃないかな……?」

 どういう意味なのかと疑問符を頭の中に並べていると、夜はその疑問に答えるように喋り始めた。

「あのね、葵。普通の幼馴染はキスしないし、一緒にベッドで寝たりもしないよ」
「え、夜と陽はやらないの?」
「やりません!」
「マジ……?」
「マジ」

 あれ、じゃあ俺と新は今まで恋人でもなかったのに恋人のような距離感だったってこと……?
 そんな、あれ、あれ?

「葵、混乱してるみたいだね」
「うん……」

 自分を落ち着かせるように勢いよくアイスティーを飲む。氷で少し薄まった紅茶はちょっとだけ物足りなくて、でもその冷たさは火照った体を冷やしてくれるようだった。

「まぁでも、新にさっきの言ってみたらいいんじゃない? 葵はもっと恋人っぽいムードで過ごしたいんでしょ」

 微笑みながら夜はアイスティーを飲み干す。
 俺もこのまま飲み干してしまおうとグラスを強く傾けたその時、共有ルームの扉が開いた。

「あ、葵と夜」

 聞こえてきた声に喉が詰まる。思わずグラスを戻して咳き込んだ。向かい側に座る夜はくすっと笑って、グラスを持ったまま席を立つ。

「じゃあ、俺は上に戻るね。また後で、葵」

 夜が共有ルームを出て行く。それと入れ替わるように新が近づいてくる。
 新が近づくほどに夜の言葉が何度も頭の中をぐるぐると廻る。こんなこと、本人に伝えてもいいものなのだろうか。でも、夜がアドバイスしてくれたわけだし……。

「新っ」
「お、おぉ、どした? 葵」
「あの、その、えっと」
「葵、落ち着いて。俺は逃げないから」

 俺の手の上に新の手が重ねられる。新の体温に不思議と気持ちが落ち着いてきた。

「新にお願いがあるんだ」
「お願い?」
「その……俺たち、恋人になって一ヶ月経ったわけだし、もっと恋人らしくしたいなぁ、なんて、思ったり、思わなかったり」
「どっち?」
「……思って、ます」

 言った。言ってしまった。
 落ち着いていたはずの心臓がまたうるさく音を鳴らす。口から心臓が飛び出そうとはまさに今の状態だ。どうしようなんて答えも出ないのに頭を悩ませる。
 誰が見ても混乱している俺に聞こえたのは、新が小さく息を吐く音だった。

「……そっか」

 新の表情は読み取りづらい。だけど、付き合いの長い俺だから分かる。
 これは、喜んでる……?

「じゃあもう遠慮しなくていいんだな」
「え、遠慮? ちょっと待って、新」
「もう待たない。だって、葵はいちゃつきたいんだろ?」

 にやり笑った新に、自分がとてつもなく大変な発言をしてしまったのではという疑念が過る。でも、もう後の祭り。
 今まで見たことの無い表情をした新が近づき、俺の迷いや不安をすべて口づけで消し去った。
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