Because I want to see your smile(2月)

「あれ、恋?」

 雑誌の撮影が終わり、スマホの画面とにらめっこしながら歩いているとふいに名前を呼ばれた。
 顔を上げたらそこには桃色の長い髪を揺らめかせる綺麗な人。

「里津花さん」
「歩きスマホは危ないよ~。ふふっ、久しぶりだね」

 柔らかく微笑んで、里津花さんは俺の方に近づいてくる。香水なのか、グラビやプロセラメンバーとは違う良い匂いがした。

「何を夢中になって見ていたの?」
「え、えーっと……」

 咄嗟に電源ボタンを押してどう答えるか考える。
 あぁ、もしかして里津花さんなら俺の悩みに答えてくれるかもしれない。

「あの、里津花さん」
「ん?」
「今から時間ありますか?」
「うん、今日はラジオまで時間空いてるけど……どうしたの?」
「ちょっと、付き合ってください!」

 勢いに任せて里津花さんを頷かせることに成功した俺は、スタジオの近くにあるお気に入りのカフェに向かった。
 こういう仕事をしている以上、いくら小市民アイドルと呼ばれる俺でも顔を指されることがある。そういうのを避けるために落ち着いた雰囲気のお店のリストは頭の中にあるのだ。里津花さんは俺とは違ってオーラもすごいし、人目が気にならないようなカフェに連れて行く。
 扉を開けて店の奥の席へ一直線に向かう。壁際の席は窓が遠い分、外を歩く人に顔が見つかることは無い。

「……素敵な雰囲気のカフェだね」
「ありがとうございます! ここ、俺の行きつけなんですよ」
「へぇ~。さすが恋だね」

 里津花さんに褒められて一気に気分の上がった俺は、注文を終えてからすぐに里津花さんに相談を始めた。

「あの、俺相談したいことがあるんです」
「相談?」

 聞き返す里津花さんに頷いて、カバンからスマホを取り出す。
 ロックを解除してふぅと一息。

「里津花さん、オシャレで大人で美味しいご飯を出すお店知りませんか?!」

 「え?」と里津花さんは戸惑った様子だったが、俺の真剣な表情に冗談ではないことを察してくれたようだった。

「え、えっと、何で俺?」
「里津花さんならそういうお店いっぱい知ってそうだなって思って」
「う~ん、思いつくお店はいくつかあるけど……。
 その前に、その理由を教えてほしいな」

 にっこりと笑う里津花さんの笑顔から俺が逃げられるわけもなく。
 あまり人にペラペラと喋る内容じゃないことは分かっているけど、里津花さんなら言いふらしたりしないだろうと意を決して口を開いた。

「実は、好きな人がいて、その人を落としたいんです」

 握った拳にじんわりと汗が滲む。アイドルが片思いなんてと笑ったりせず、里津花さんは真面目な表情で頷いた。
 それがなんだか嬉しくて、安心して、俺は今までのその人とのデートの話をする。

「何度か俺から誘ってオシャレなお店に誘ったことがあるんですけど……」

 俺だっていくつかデートにぴったりなお店は知っていたし、美味しいと評判のお店もジャンル別にリストがある。そこに連れて行けば「恋かっこいい!好き!」となる予定だった。
 だけど、相手は食事を思う存分堪能して、俺が大事な話をしようとする頃には「眠いからもう帰ろう」なんて言うのだ。
 そんなこんなで、結局一度たりとも告白する雰囲気にすらさせてもらえていない。

「なるほどね」

 俺の話を最後まで聞いてくれた里津花さんは、そう呟いてコーヒーを一口飲む。

「ねぇ、その人ってもしかして……駆?」

 後を追って紅茶を飲んでいた俺の耳に衝撃の言葉が聞こえた。紅茶が気管に入ってゴホゴホとむせる。

「っ、なんで」
「見てたら分かるよ。まぁ、半信半疑で聞いたんだけど、ビンゴだったみたいだね」

 くすくすと笑う里津花さんを見てカマをかけられたことを理解した。

「ひどいです、里津花さん」
「ごめんごめん。お詫びってわけじゃないけど、そういう事ならオススメのお店教えてあげるよ」
「本当ですか?!」
「うん。お店の下見も付き合うし」
「ありがとうございます!」

 興奮しすぎて危うくティーカップを倒しそうになる俺を里津花さんがまたくすっと笑う。それから、里津花さんと最近見つけた雑貨屋さんについて話に花を咲かせた。


*****


 緊張で足が震える。歩き慣れた寮の廊下も気を張っていないと転んでしまいそうだ。
 今日は始さんと春さんがドラマの撮影、新と葵さんは二人でロケに行っている。三階はともかく、二階には今俺と駆しかいない。
 このタイミングを逃せばまた今度いつになるか分からないのだ。今日こそはと共有ルームに向かう。

「駆、いる?」
「あ、恋。どうしたの?」

 どうやら黒田と戯れていたらしい駆は、俺の方に振り向いて首を傾げる。
 可愛い。可愛すぎるよかけるん……と思わず出てしまいそうになる言葉を飲み込んで笑顔を作る。

「あのさ、今から俺とご飯食べに行かない?」

 まだ足は震えているが声は震えていなかった。断られませんようにと心の中で神様にお祈りする。

「いいよ」

 案外あっさりと駆は頷いた。駆の手から黒田が逃げて、どこかへ走り去っていく。
 立ち上がった駆の顔は何故だか悲しそうで、どうしてだろうと思いながら何も訊けずにお店へと出発した。

 里津花さんに教えてもらったお店はイタリアンのレストランだ。個室があって周りからの視線も気にならない。
 向かい合って座り、ちらりとメニュー表を眺めるふりをして駆の顔を盗み見る。やっぱり、その表情は暗い。
 どうしてだろう。俺とご飯食べに行くの嫌だったのかな。でも、それだったらはっきり嫌だって言うよな。何か他に嫌な事でもあったのかな。

「……決まった。恋は?」
「え? あ、あぁ、俺も決まったよ」
「じゃあ注文しよっか」

 店員さんを呼んで注文を終える。メニュー表を邪魔にならないように除けて、姿勢を正す。

「「あのさ」」

 声が綺麗にハモった。先にどうぞと譲ると、駆は重々しく口を開く。

「なんで、俺をここに誘ったの?」
「なんで、って」

 理由なんてたった一つしかない。でもそれは今言うべきなんだろうか。店員さんがいつ来るともわからない。
 俺が悩んでいる間に駆は次の言葉を発する。

「……この店には誘って欲しくなかった」

 今何て、と尋ねる隙は無かった。駆の顔が悲壮感でいっぱいだったから。

「ていうか、恋の考えてることが全然分からないよ。なんで俺に気があるそぶり見せるの」
「え、……え?」
「相手が高嶺の花だから? 俺なら手が届くから?」
「ま、待って。駆さんの言ってることがよく分からないんだけど」

 気があるそぶり、ということは俺が駆のことを好きだというのはバレてしまっているということだろう。それなのに会話が上手くかみ合っていない。
 冷静に、この場をどうにかリセットする必要がある気がする。と、丁度よく店員さんがセットのドリンクと前菜を運んできてくれた。
 おかげで会話が一時中断する。先に話しだせば主導権を握ることが出来そうだ。

「ねぇ、駆。さっきの話、どういうことなの?」
「どういうことって、こっちが聞きたいよ。里津花さんとのデートで来た店に俺とも来るなんて」

 おかしい。なぜ、駆が里津花さんとこの店に来たことを知っているのか。

「新さんがこの店から恋と里津花さんが出てくるのを見たって言ってた」

 予想外の所からの名前に、黒髪無表情の男の顔を思い浮かべる。新め、俺が駆を好きなのを知っているくせに余計なことを言いやがって。
 ただ、起こってしまったことはもう無かったことにはできない。なんとか駆の勘違いを解かないと。
 ……あれ?

「……あの、駆さん」
「何」
「駆さん、何でそれで怒ってるの……?」
「はぁ? そんなの決まってる、って」

 あ、と駆の口が固まる。顔が赤く染まって、まるで金魚のようだ。
 これで自惚れない方がおかしい。もう一度姿勢を正して向き合う。

「駆、俺駆の事が好きです」
「なっ、なに」
「このお店ね、里津花さんに教えてもらったんだ。雰囲気のいいお店で駆に告白したいんですって相談して、この店ならいいよって下見まで付き合ってもらっちゃった」
「した、み」
「うん。だから俺は最初からずっと駆の事だけ見てたし、駆の事が好きだよ」

 普段残念と言われている俺でも、この告白はなかなか上手くいったんじゃないのだろうか。今できる俺の精一杯を駆に伝えた。後は返事だけだ。

「俺、は」

 駆の答えが発せられる前に店員さんがメイン料理を運んでくる。美味しそうなハンバーグが俺たちの前に並んだ。
 さっきはタイミングよかったのに、今度はタイミングが悪い。あとはデザートだけだから呼ばないと来ないだろうけど、答えはと言いづらい雰囲気だ。

「……恋」
「はいっ」
「食べ終わったから返事するから」

 そう言って、駆は満面の笑みで「いただきます」と手を合わせた。
 そうだ。確かに駆は何よりもご飯を優先する。そういうところが可愛くて、大好きなんだよなと惚れた欲目を感じつつ俺も手を合わせた。
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