俺が考える家族について(12月)

 暇だ。やらなきゃいけないことは全て終わらして、特にやることが無い。
 だからほんの暇つぶしの感覚で、涙との会話を思い出していた。

「グラビが、家族だったらかぁ……」

 涙から聞いたのは、プロセラが家族だったらという話。夜さんがお母さんキャラで定着しているから、確かにプロセラはそういう妄想も出来そうだ。
 なら、自分たちはどうなんだろう。

 考え出してみるとこれがなかなか答えが出なくて、答えを探し求めるようにふらり共有ルームへと向かった。

「あ、駆。ちょうどいいところに」
「葵さん! すごく良い匂いがします!」
「あぁ、今ちょうどマフィンが焼けたとこなんだけ「食べます!!」……じゃあ、駆の分も準備するね」

 葵さんはオーブンから天板を取り出し、たくさんのマフィンを潰れないよう丁寧に大きなお皿に並べる。
 先にテーブルにつこうと食卓の方に視線を向ければ、新さんが無表情、いや、目だけは輝かせて椅子に座っていた。

「かけるんもマフィン食べるのか」
「もちろんです! というか新さんだけ独り占めとかずるいですよ」
「独り占めってわけじゃなかったけどな~。葵には2個までって制限食らってたから」
「当然でしょ。始さんや春さんの分が無くなったら困るもん」

 そう言いながら葵さんは俺たちの前に皿を置く。皿の上には計9個のマフィンが並んでいたけど、葵さんの説明いわくここに居ないメンバーの分はきちんと残っているらしい。

「思ったより量多くなっちゃったから、一人3個ね」

 降って湧いた幸運に、すぐにマフィンへ手を伸ばす。焼きたてだからかまだ温かいマフィンを、大きく口を広げて思いっきりかぶりついた。
 ふわふわの食感に口いっぱいに広がる甘さは幸せの味がした。

「ほいひいへふ」
「駆、ゆっくりでいいよ」
「んっ……美味しいです、葵さん!」
「よかった」
「さすが葵。超美味い」

 新さんの言葉に葵さんは照れ笑いをする。
 俺はもう1個と手を伸ばして、ふとさっきまで考えてたことを思い出した。

「……新さんと葵さんはお父さんとお母さんって感じでは無いですよね」
「へ?」
「お〜かけるんどした?」

 俺の言葉に二人とも首を傾げている。頭に思い浮かんだことをそのまま口にしてしまったから、二人が理解できるはずもない。
 ひとまず、涙との会話を二人に説明して、グラビ家族妄想をしていることを伝えた。
 新さんはすぐに受け入れて、葵さんは戸惑いながらもなるほどねと頷いてくれた。さて、ここからようやく話を先に進められる。

「で、今思ったんですけど、葵さんはお姉さんって感じですよね!」

 俺の言葉に葵さんは何とも言えない表情をしていたけれど、新さんは同意するように大きく頷いた。

「分かる。葵は優しいお姉さんっぽい」
「新!」

 葵さんは顔を真っ赤にさせながら新さんの背中を叩く。その手にはあまり力が入っていないように見えた。
 うん、新さんの言う通り優しいお姉さんだ。

「それなら、新はどうなの?」
「新さんは……その彼氏?」
「そのままだな」
「ん~、でもそれ以外思いつかないんですよね」

 旦那さんといってもいいのだろうけど、もしそうだったとしても間違いなく新婚さん。二人は幼馴染なはずなのにいつまでも初々しさがあると言うか……そのあたり、彼氏彼女っぽい。
 さすがにそのままは伝えず、噛み砕いて二人に伝える。

「なるほどな。じゃ、俺は葵お姉さんの彼氏で」
「お姉さんってやめてよ、新」
「いいじゃん。葵は可愛いってことなんだから」

 気づけば俺の目の前で新さんと葵さんがいちゃつき始めた。甘い、甘すぎる。俺の頭の中でクリスちゃんが『リア充爆発しろ!』って叫んでる。
 うん、分かるよクリスちゃん。でも二人が爆発しちゃったら困るし。
 仕方なく2個目のマフィンに手を伸ばしてかぶりつく。何故か1個目よりもずっと甘く感じた。

「ただいま」

 俺がマフィンをもぐもぐしていると、扉の方から声が聞こえてきた。振り返って見れば始さんと春さんが立っている。

「おかえりなさい!」
「始さん、春さん。お仕事お疲れ様です」
「おかえりなさ~い」
「ただいま。ふふ、楽しそうなティーパーティーだね?」
「あ、お二人の分もすぐ用意します! 新、手伝って」
「ほいほ~い」

 葵さんが素早くキッチンに向かうのに対して、新さんはのろのろとした動きで葵さんの手伝いに向かう。
 いなくなった二人に代わるように、始さんと春さんがそれぞれいつもの席に座った。

「駆一人とは、珍しいな」
「恋が郁とお仕事だもんね」
「そうですね。まぁ、恋がいなくても何の問題も無いんですけど」

 口の中に残っていたマフィンを飲み込んでそう答えれば、春さんは俺の顔を見て苦笑いをした。
 何でそんな反応なのか意味がわからなくて首を傾げていたら、年長組の分のマフィンが乗ったお皿を持った新さんがやって来る。

「はい、これお二人の分です」
「ありがとう、新」
「葵くんお手製だよね? 楽しみ」

 お皿を受け取った春さんは早速と一つ手に取って、小さくちぎって口の中に入れた。美味しいと幸せそうに笑う春さんを見て、まだ食べていない始さんも口角を上げる。
 この二人のポジションは最初から決まっていた。というより、このポジションしかない。
 うんうんと一人頷いていれば、新さんがキッチンに戻る直前爆弾を落としていった。

「かけるん、さっきの話始さんと春さんにもしないの?」
「え?! あ、いや、話します、けど」

 嘘だ。万が一始さんに怒られる可能性もあるかなと思い話す気はあまり無かった。
 しかし咄嗟に話すと言ってしまった以上、誤魔化すことも出来そうになかった。現に目の前の始さんと春さんは何の話だとどこかわくわくした様子で俺を見ている。

「あ~……えっと、本当大したことじゃないんです」

 そう前置きして、年中の二人に説明した内容とほぼ同じ内容を年長の二人にも話した。
 静かに聞いていた二人はそれぞれに、始さんは無表情で、春さんは楽しそうに笑うという、らしい反応を返す。

「ずいぶんと面白い会話だね。それで、プロセラはどういう家族になったの?」
「あ、確か涙が言ってたのは、郁が涙の旦那さんで、陽がお父さん、夜さんがお母さん……だったと思います」
「隼と海は?」
「あの二人はおじいちゃんだって言ってました」

 それまでほとんど表情を崩していなかった始さんがいきなりぶふっと噴き出した。どうやらおじいちゃんがツボったらしい。

「さすが涙だね……確かにあの達観してる感じはおじいちゃんっぽいけど」

 春さんの返しに俺も同意して頷く。
 ようやく始さんの笑いが収まってきた頃、新さんと葵さんが二人分のティーカップを持って戻ってきた。

「どうぞ」
「ありがとう」
「かけるん、始さんと春さんはどうなったんだ?」
「まだその話はしてないです。でも、もう俺の中で決まってますけどね!」

 俺が元気よく言えば、新さんはもうその答えが分かっているみたいでふふんと得意げに笑った。笑ったと言っても表情は全く変わってないけども。
 そんなどうでもいい事にセルフツッコミしつつ、最後のマフィンを確保して俺は口を開いた。

「始さんはお父さん、春さんはお母さんです」

 ドヤ顔で言ってみたものの、誰からも驚く反応は無かったので予想通りだったのだろう。確かに父の日で始さんにお祝いしていたぐらいだし、意外性は無い。だから俺としては妥当なポジションだと思っている。

「始がお父さんは分かるとして、俺がお母さんなのはどうして? 一応グラビの母は月城さんがいるから」
「それはもちろん、春さんが始さんの恋人だからです!」

 自信満々、誰もが納得する答えだ。春さんはぽんっと一気に顔を赤くさせて、始さんはくすくすと笑い始めた。

「いや~そういうこと言えちゃうの、かけるんのすごいとこだよね」
「あの……春さん、大丈夫ですか……?」
「大丈夫だろ。駆の言う通りなんだから」

 始さんはまさしく王様の微笑みで優雅に紅茶を飲む。それすらも絵になる始さんはお父さんなんて庶民的な言い方は似合わない気もするけど、でもやっぱり皆を時に厳しく時に優しく導いてくれる姿はお父さんそのものだ。
 春さんだって、いつも俺たちの事を見守ってくれていて、始さんを支えていて、お母さん以外のポジションが思いつかない。恋人ということを抜きにしたとしても、始さんと春さんは夫婦なのだ。
 俺が一人で満足していると、頬を火照らせた春さんが眼鏡を触りながら俺に問いかける。

「それじゃあ、駆と恋はどうなの?」

 最後のマフィンを食べようとしていた手が止まる。春さんの問いかけに、他の三人も俺の方に視線を向けた。
 まずい。いや、マフィンは美味しいけど。
 俺が一番悩んでいたのはそのことで、だから答えを求めに共有ルームにやって来たのだ。涙も自分の事は分からないと言っていたけど、俺だって自分と恋がどのポジションなのかよく分からない。
 もやもや、ぐるぐる、言いようのない感情が心の中に渦を作る。口を開いても言葉が出なくて金魚のようにぱくぱくと動かすだけになってしまう。
 そんな時だった。共有ルームの扉が開く音がしたのは。

「恋様参上! 皆さんお疲れ様です!」

 ……こいつタイミング最悪すぎる。馬鹿なのかな? 馬鹿だったね。

「あ~……恋、お帰り」
「マジピンク頭空気読めないな」
「おい!帰ってきて早々何故ディスられる!」

 恋に同情の感情は1ミリもわかない。新さんに同意だ。
 ただ、頭の中が恋でいっぱいだったもんだから上手く顔を見られない。恋相手に意識してしまう、なんて。

「というか、皆さんお揃いで何の話してたんですか?」
「ああ。グラビが家族だったらっていう話だ」

 まさかのところから追い込まれる。始さんが話を続けるとは。
 案の定恋は食いついてきて、話の詳細を迫ってくる。けど、やっぱり俺は恋の方を見られなかった。
 黙り込む俺に、春さんと葵さんが代わりに説明してくれる。

「へぇ~、なるほど。それで、あとは俺と駆さんだけってことですね!」
「そうなんだけど……」

 ちらり、春さんがこちらに視線を向ける。言いたくないなら言わなくてもいいとその目は語っていた。
 一応、よく分からないなりに恋との関係に一つ答えを持っていると言えば持っていた。ただ、それを皆の前で言う気は無かったし、そもそも恋にすら言う気は無かった。
 だって郁と涙に憧れて、俺たちも夫婦になりたいって、どんな心臓を持ち合わせてたら言えるだろうか。

「決まってないなら、俺から言ってもいい?」

 恋が俺の顔を覗き込んで問う。視線が合ってしまい、すぐに頭の中はパニック状態になった。

「ど、どうぞ」

 そう返事するのがやっとだった。むしろ返せただけ俺すごい。
 恋はふふんと得意げに笑い、俺の肩を抱く。

「もちろん、俺と駆は夫婦漫才師です!」
「……は?」

 思っている以上に低い声が出た。
 意味がわからない。家族だって言ってるのに、何で漫才師……いや、待って。その前に何か付いてたな。
 めおと? めおと……

「俺が旦那さんで、駆さんが嫁さん! ね、完璧ですよね?」
「……ふっ、そうかもな」
「確かに。恋と駆にぴったりだね」
「ピンク頭でもたまにはまともなこと言うんだな」
「こら、新。……うん、でも二人によく合ってると俺も思うよ」

 周りを見れば皆微笑ましく俺たちの事を見ていて。
 恥ずかしくなった俺は、理不尽だと自分でも思いながら恋を突き飛ばして最後のマフィンをようやく口の中に入れた。
 もう冷たくなっていたマフィンは、無駄に熱くなってしまった俺の体を冷やしてくれた。

 不本意だけど、納得できる。これが俺が考えた家族の話。
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