夜空の下、君と笑おう
「おはよう、海」
「お、おはよう」
次の日、隼はいつものように笑って海に挨拶をした。
昨日のソファでのやり取りの後、隼は一度も部屋から出てこなかった。海はもちろん、他のプロセラメンバーも心配していたが、今日の隼は血色も良く体調が悪そうには見えない。
海は安堵で胸を撫で下ろす。でも何故か、もやっとしたわだかまりが残っていた。
「今日は元気そうだな」
「もちろん! だって、始と一緒の仕事だからね」
嬉々として話す隼の姿は昨日とはまるで違う。隼は早々に朝食を済ませ、隼を呼びに来た始に走り寄り抱きついた。
ハグは避けられなかったものの、始はその後すぐに隼を引きはがし適当にあしらう。それでも隼は嬉しそうに始の隣を歩いて行った。
一連のやり取りを見送った海は、自分も朝食を食べ仕事の準備をする。
「海~準備出来た?」
春が海を呼びにプロセラ共有ルームまでやって来た。隼が始と一緒だからか、海は春と一緒の仕事だ。
「おう!」
並んで寮を出て、タクシーで仕事場に向かう海と春は、しばらく他愛も無い話をしていた。が、突然春が世間話のテンションで海に記憶喪失の話を振る。
「そういや、海は隼の事思い出したの?」
「いや、全然。もう新しい記憶に上書きされてるから、もしかしたら思い出せないままかも。
まぁ、それでも仕事する分には問題ないけどな~」
海の返しに、春は少し眉間にしわを寄せた。その表情に海は首を傾げる。
「あ、でも」
「ん?」
「隼が何か隠してる気がするんだよ。たぶん、俺が記憶を失くしてることと関係あると思うんだけど」
海は昨日のことを思い出しながら話をする。海を押し倒した隼はこの世の終わりのような絶望した顔をして、海に向かって謝っていた。
それより前から、ずっと隼は海に何か言いたさげにしてはずっと隠していた。もしかしたらその答えを春なら知っているのではないかと海は問いかけたが、春は静かに首を横に振った。
「俺の口からは言えない」
『知らない』ではなく『言えない』という春の返事は、海の疑問を確信に変えた。
「そっか」
「うん、ごめんね。でも俺は海に思い出してほしいからさ」
眉尻を下げて困ったように笑う春に、海はそれ以上この件については春に尋ねないでおこうと心に決め、その代わりに隼本人に直接尋ねようと頭の中のスケジュール帳に書き込んだ。
*****
どうしてこうなったのだろう。隼はミルクティーを飲みながら心の中で呟いた。
隼の目の前では海が同じようにミルクティーを飲んでいる。
隼と海がいるこの場所は隼の部屋だ。決して隼から海を誘ったわけでは無い。
限界が来ていたことを自覚した隼は、今日の始との仕事で思いっきり発散した。どうやら隼の不調はグラビにも伝わっていたらしく、始は呆れながらも隼に付き合ってくれた。
だから今日は久しぶりにゆっくり眠れると隼は自室でくつろいでいたのだが、台風の目は向こうからやって来た。
海は春に貰ったという茶葉を持って隼の部屋を訪ねてきた。海の部屋にも紅茶を入れる道具はある、だけど隼と一緒に飲みたいと海は言う。
断ろうとして、しかし結果的に隼は自分の部屋へ海を招き入れた。
海の紅茶の入れ方は榊から伝授されたそのままだ。味も何も変わらない。そんな些細なことを喜びながら隼はミルクティーのおかわりを注ぐ。
「あのさ、」
ティーカップを置いた海が、意を決した様子で口を開く。隼は笑みを浮かべて耳を傾けた。
「隼に聞きたいことがあって」
「なに?」
「その……隼はさ、始の事が好きなのか?」
何を今更、と言いかけて隼は口を噤む。
海の言っている意味は本当の意味の好きだ。LikeではなくLove。そのことに気付いた隼は冷えていく心を感じながら、海がそう思う理由を尋ねた。
海は途切れ途切れ、考えながら言葉を紡ぐ。
「隼が、俺に何か隠してることがあるなってのは分かってたんだ。けど、それが何なのかは分からなくて。
……で、俺なりに考えてみた結果、もしかして隼は始が好きだってこと俺に相談してたんじゃないかと思ってさ」
真面目な顔で的外れなことを海は言う。どうして隼が好きな相手が海自身ではなく始だと思ったのだろうか。
隼はミルクティーを一口飲んで、くすっと軽く笑った。
「海は面白いことを言うね」
海は真剣に考えたことを伝えたつもりだったのだが、隼には一蹴されてしまった。困った表情をする海に隼はまた笑う。
「確かに始の事は好きだよ。でもそれをわざわざ海に相談したりなんかしない」
「そうなのか?」
「うん。だって全く意味がないからね」
笑顔を見せる隼の心の中を言葉で表現するなら、嵐が吹き荒れているといったところだ。強い風に吹かれ、激しい雨に打たれ、その中で隼は一人立ちすくんでいる。もう今更風邪をひく心配なんてしなくてもいい。
どうにでもなれと、びしょびしょになったもう一人の自分が心の中で叫んだ。
隼は徐に立ち上がり、海の背後に回り後ろから抱きしめる。そして海の耳元で囁いた。
「でも海がそう思うなら、寂しい僕を慰めてよ」
隼は海の耳に寄せていた顔を少し下へずらし、首もとに軽くキスを落とす。
海は驚き固まったまま、ぎこちない古いロボットのような動きで隼の方へ振り向く。
「お、俺は、始じゃないぞ……?」
「そんなの分かってるよ。でも、僕は今すごく寂しいんだ。だから、海がその寂しさを埋めて」
「埋めるって、何をしたら……」
困り顔をする海は隼の求めていることを理解してはいないようだ。そういえば昨日隼が海を押し倒した時も、海は隼が何をしようとしていたのか気づいていなかった。
純粋に、メンバーとして信頼してくれているのは嬉しい。でも今隼が求めているのは恋人の海だ。
「こういう時、どうするか分からないなんて、海本当に僕より年上?」
隼の煽るような言葉に海は視線をさまよわせ狼狽える。
その間に隼は海を寝室へと連れ込む。隼に強引に寝室へと連れ込まれた海は、ベッドの上に倒れこんだところでようやく事の重大さに気付いた。
しかし、時すでに遅く。隼は昨日と同じく海の上に覆いかぶさっている。腕と足は拘束されており、逃がさないといった隼の意思を感じる。
「あの、隼?」
「ん?」
「その、俺じゃ始の代わりにならないと思うんだけど……」
「うん。始の代わりにするつもりはないよ」
じゃあ何故押し倒すのかと海が言う前に、隼は海の喉にキスをした。まるで金縛りにでもあったように、海の体は動かなくなる。
隼は妖艶に笑い、海の服へと手をかける。脱がされると思い海は目を閉じたが、一向にその時はやってこない。海がゆっくりと目を開くと、隼はくすくすと笑い海の服から手を離した。
「……なんて、ね」
「え?」
「冗談だよ。海がまさかここまで鈍感だとは思わなかった」
「え、え? どこからが冗談……?」
「全部」
笑いながら隼は海から離れる。瞬間、金縛りから解けた体は指先まで自由に動くようになっていた。
「ほら、僕にこれ以上からかわれたくなかったら帰りなよ、海」
笑っているはずの隼は、しかしとても寂しそうだった。
寂しさを埋めてほしいと言った隼の言葉はおそらく本心だろうと海は思う。それが本当に海に出来ることなのかはわからないが、海は無意識に離れようとする隼の手を掴んだ。
「……海?」
「その、俺でいいなら、何でもするぞ」
海の言葉が、隼のどうにか止めていた理性を崩壊させた。
「っ、何でもって、今自分がどういう状況に置かれてるか分かってるの?」
隼は叫びながら、掴まれた手を振り払い海を力いっぱいに押す。海はまたふらりとベッドの上に倒れこんだ。
「隼?」
「もういい加減にしてよ。その気も無いのに僕を振り回さないで」
「隼、ちょっと待ってくれ。言っている意味が、」
「僕は! もう一度やり直そうって本気で思ってた! けど、どうしても思い出が消えなくて、それなのに海は僕の事をそういう目で見てないし」
声を荒げる隼の姿を海は初めて見た。その圧倒的な迫力に海は倒れたまま、言葉を挟むことも起き上がることすらできない。
隼は今まで溜め込んでいた感情を、取り繕うこともせずに溢れさせる。
「海に触れる度に、優しさを感じる度に、幸せだった日々を思い出してしまうんだ。……でも、海は何も覚えていない」
「……」
「ねぇ、海が帰ってきたあの日、星空を見ながら僕が何を想っていたか分かる?」
隼の問いかけに、ようやく起き上がることのできた海はゆっくりと首を横に振る。
「だろうね」と言って少し笑った隼は、海の方に近づいてくる。じわじわと詰められる距離に、海は離れようとせず固まったままで隼を見つめる。
隼は一瞬だけ微笑んだ後、海の唇に自身の唇を重ね合わせた。
時間にすれば一秒にも満たない。軽く触れただけですぐに隼は唇を離す。
「ごめんね、最低な人間で」
その言葉がぼんやりと海の耳に聞こえる。しかし、海は何も言えず薄れゆく意識の中、悲しそうな顔をする隼の顔を最後に目を閉じた。
「海?」
キスの直後倒れてしまった海に隼は声をかけるが、海からの反応は無い。しばらくすると呼吸音が聞こえ、海が眠ってしまったのだと分かる。
「……びっくりした……」
隼はベッドに腰掛けて海の寝顔を見つめる。何故急に眠ってしまったのかは分からない。けれど、寝息が聞こえているということはそのうちに目を覚ますだろう。
ところで、海の眠るベッドは隼のものだ。恋人だったころは寄り添って眠っていたが、付き合っていない今はこの状況を据え膳としか言いようがない。大きなベッドだから横で眠るスペースは十分にあるけれど、寝ぼけた状態で手を出さないと言い切る自信は無かった。
「……仕方ない。ソファで寝よう」
誰も聞いていないのにそう宣言した隼は、お風呂に入り寝間着に着替え、そのままリビングにあるソファへ体を沈めた。
「お、おはよう」
次の日、隼はいつものように笑って海に挨拶をした。
昨日のソファでのやり取りの後、隼は一度も部屋から出てこなかった。海はもちろん、他のプロセラメンバーも心配していたが、今日の隼は血色も良く体調が悪そうには見えない。
海は安堵で胸を撫で下ろす。でも何故か、もやっとしたわだかまりが残っていた。
「今日は元気そうだな」
「もちろん! だって、始と一緒の仕事だからね」
嬉々として話す隼の姿は昨日とはまるで違う。隼は早々に朝食を済ませ、隼を呼びに来た始に走り寄り抱きついた。
ハグは避けられなかったものの、始はその後すぐに隼を引きはがし適当にあしらう。それでも隼は嬉しそうに始の隣を歩いて行った。
一連のやり取りを見送った海は、自分も朝食を食べ仕事の準備をする。
「海~準備出来た?」
春が海を呼びにプロセラ共有ルームまでやって来た。隼が始と一緒だからか、海は春と一緒の仕事だ。
「おう!」
並んで寮を出て、タクシーで仕事場に向かう海と春は、しばらく他愛も無い話をしていた。が、突然春が世間話のテンションで海に記憶喪失の話を振る。
「そういや、海は隼の事思い出したの?」
「いや、全然。もう新しい記憶に上書きされてるから、もしかしたら思い出せないままかも。
まぁ、それでも仕事する分には問題ないけどな~」
海の返しに、春は少し眉間にしわを寄せた。その表情に海は首を傾げる。
「あ、でも」
「ん?」
「隼が何か隠してる気がするんだよ。たぶん、俺が記憶を失くしてることと関係あると思うんだけど」
海は昨日のことを思い出しながら話をする。海を押し倒した隼はこの世の終わりのような絶望した顔をして、海に向かって謝っていた。
それより前から、ずっと隼は海に何か言いたさげにしてはずっと隠していた。もしかしたらその答えを春なら知っているのではないかと海は問いかけたが、春は静かに首を横に振った。
「俺の口からは言えない」
『知らない』ではなく『言えない』という春の返事は、海の疑問を確信に変えた。
「そっか」
「うん、ごめんね。でも俺は海に思い出してほしいからさ」
眉尻を下げて困ったように笑う春に、海はそれ以上この件については春に尋ねないでおこうと心に決め、その代わりに隼本人に直接尋ねようと頭の中のスケジュール帳に書き込んだ。
*****
どうしてこうなったのだろう。隼はミルクティーを飲みながら心の中で呟いた。
隼の目の前では海が同じようにミルクティーを飲んでいる。
隼と海がいるこの場所は隼の部屋だ。決して隼から海を誘ったわけでは無い。
限界が来ていたことを自覚した隼は、今日の始との仕事で思いっきり発散した。どうやら隼の不調はグラビにも伝わっていたらしく、始は呆れながらも隼に付き合ってくれた。
だから今日は久しぶりにゆっくり眠れると隼は自室でくつろいでいたのだが、台風の目は向こうからやって来た。
海は春に貰ったという茶葉を持って隼の部屋を訪ねてきた。海の部屋にも紅茶を入れる道具はある、だけど隼と一緒に飲みたいと海は言う。
断ろうとして、しかし結果的に隼は自分の部屋へ海を招き入れた。
海の紅茶の入れ方は榊から伝授されたそのままだ。味も何も変わらない。そんな些細なことを喜びながら隼はミルクティーのおかわりを注ぐ。
「あのさ、」
ティーカップを置いた海が、意を決した様子で口を開く。隼は笑みを浮かべて耳を傾けた。
「隼に聞きたいことがあって」
「なに?」
「その……隼はさ、始の事が好きなのか?」
何を今更、と言いかけて隼は口を噤む。
海の言っている意味は本当の意味の好きだ。LikeではなくLove。そのことに気付いた隼は冷えていく心を感じながら、海がそう思う理由を尋ねた。
海は途切れ途切れ、考えながら言葉を紡ぐ。
「隼が、俺に何か隠してることがあるなってのは分かってたんだ。けど、それが何なのかは分からなくて。
……で、俺なりに考えてみた結果、もしかして隼は始が好きだってこと俺に相談してたんじゃないかと思ってさ」
真面目な顔で的外れなことを海は言う。どうして隼が好きな相手が海自身ではなく始だと思ったのだろうか。
隼はミルクティーを一口飲んで、くすっと軽く笑った。
「海は面白いことを言うね」
海は真剣に考えたことを伝えたつもりだったのだが、隼には一蹴されてしまった。困った表情をする海に隼はまた笑う。
「確かに始の事は好きだよ。でもそれをわざわざ海に相談したりなんかしない」
「そうなのか?」
「うん。だって全く意味がないからね」
笑顔を見せる隼の心の中を言葉で表現するなら、嵐が吹き荒れているといったところだ。強い風に吹かれ、激しい雨に打たれ、その中で隼は一人立ちすくんでいる。もう今更風邪をひく心配なんてしなくてもいい。
どうにでもなれと、びしょびしょになったもう一人の自分が心の中で叫んだ。
隼は徐に立ち上がり、海の背後に回り後ろから抱きしめる。そして海の耳元で囁いた。
「でも海がそう思うなら、寂しい僕を慰めてよ」
隼は海の耳に寄せていた顔を少し下へずらし、首もとに軽くキスを落とす。
海は驚き固まったまま、ぎこちない古いロボットのような動きで隼の方へ振り向く。
「お、俺は、始じゃないぞ……?」
「そんなの分かってるよ。でも、僕は今すごく寂しいんだ。だから、海がその寂しさを埋めて」
「埋めるって、何をしたら……」
困り顔をする海は隼の求めていることを理解してはいないようだ。そういえば昨日隼が海を押し倒した時も、海は隼が何をしようとしていたのか気づいていなかった。
純粋に、メンバーとして信頼してくれているのは嬉しい。でも今隼が求めているのは恋人の海だ。
「こういう時、どうするか分からないなんて、海本当に僕より年上?」
隼の煽るような言葉に海は視線をさまよわせ狼狽える。
その間に隼は海を寝室へと連れ込む。隼に強引に寝室へと連れ込まれた海は、ベッドの上に倒れこんだところでようやく事の重大さに気付いた。
しかし、時すでに遅く。隼は昨日と同じく海の上に覆いかぶさっている。腕と足は拘束されており、逃がさないといった隼の意思を感じる。
「あの、隼?」
「ん?」
「その、俺じゃ始の代わりにならないと思うんだけど……」
「うん。始の代わりにするつもりはないよ」
じゃあ何故押し倒すのかと海が言う前に、隼は海の喉にキスをした。まるで金縛りにでもあったように、海の体は動かなくなる。
隼は妖艶に笑い、海の服へと手をかける。脱がされると思い海は目を閉じたが、一向にその時はやってこない。海がゆっくりと目を開くと、隼はくすくすと笑い海の服から手を離した。
「……なんて、ね」
「え?」
「冗談だよ。海がまさかここまで鈍感だとは思わなかった」
「え、え? どこからが冗談……?」
「全部」
笑いながら隼は海から離れる。瞬間、金縛りから解けた体は指先まで自由に動くようになっていた。
「ほら、僕にこれ以上からかわれたくなかったら帰りなよ、海」
笑っているはずの隼は、しかしとても寂しそうだった。
寂しさを埋めてほしいと言った隼の言葉はおそらく本心だろうと海は思う。それが本当に海に出来ることなのかはわからないが、海は無意識に離れようとする隼の手を掴んだ。
「……海?」
「その、俺でいいなら、何でもするぞ」
海の言葉が、隼のどうにか止めていた理性を崩壊させた。
「っ、何でもって、今自分がどういう状況に置かれてるか分かってるの?」
隼は叫びながら、掴まれた手を振り払い海を力いっぱいに押す。海はまたふらりとベッドの上に倒れこんだ。
「隼?」
「もういい加減にしてよ。その気も無いのに僕を振り回さないで」
「隼、ちょっと待ってくれ。言っている意味が、」
「僕は! もう一度やり直そうって本気で思ってた! けど、どうしても思い出が消えなくて、それなのに海は僕の事をそういう目で見てないし」
声を荒げる隼の姿を海は初めて見た。その圧倒的な迫力に海は倒れたまま、言葉を挟むことも起き上がることすらできない。
隼は今まで溜め込んでいた感情を、取り繕うこともせずに溢れさせる。
「海に触れる度に、優しさを感じる度に、幸せだった日々を思い出してしまうんだ。……でも、海は何も覚えていない」
「……」
「ねぇ、海が帰ってきたあの日、星空を見ながら僕が何を想っていたか分かる?」
隼の問いかけに、ようやく起き上がることのできた海はゆっくりと首を横に振る。
「だろうね」と言って少し笑った隼は、海の方に近づいてくる。じわじわと詰められる距離に、海は離れようとせず固まったままで隼を見つめる。
隼は一瞬だけ微笑んだ後、海の唇に自身の唇を重ね合わせた。
時間にすれば一秒にも満たない。軽く触れただけですぐに隼は唇を離す。
「ごめんね、最低な人間で」
その言葉がぼんやりと海の耳に聞こえる。しかし、海は何も言えず薄れゆく意識の中、悲しそうな顔をする隼の顔を最後に目を閉じた。
「海?」
キスの直後倒れてしまった海に隼は声をかけるが、海からの反応は無い。しばらくすると呼吸音が聞こえ、海が眠ってしまったのだと分かる。
「……びっくりした……」
隼はベッドに腰掛けて海の寝顔を見つめる。何故急に眠ってしまったのかは分からない。けれど、寝息が聞こえているということはそのうちに目を覚ますだろう。
ところで、海の眠るベッドは隼のものだ。恋人だったころは寄り添って眠っていたが、付き合っていない今はこの状況を据え膳としか言いようがない。大きなベッドだから横で眠るスペースは十分にあるけれど、寝ぼけた状態で手を出さないと言い切る自信は無かった。
「……仕方ない。ソファで寝よう」
誰も聞いていないのにそう宣言した隼は、お風呂に入り寝間着に着替え、そのままリビングにあるソファへ体を沈めた。