愛し、此の世界
「……だから……」
「でも……」
朝から話し声が聞こえる。ゆっくりと瞼を開き声のする方へ顔を向けると、ぼんやりとした視界で海と春の姿を捉えた。
二人の会話の内容はまだ寝ぼけている頭ではしっかりと理解できない。
「……っと、海。隼起きたみたいだよ?」
「え? あ、本当だ。おはよう、隼」
「おはよう、海、春」
あくびをしてゆっくりと立ち上がる。また、身長が伸びた。少し前まで立ち上がっても座っている海と変わらなかったのに、今では完全に見下ろしてしまっている。
あとどれだけ、僕は海と一緒に居られるのだろう。
「おはよう。ちょっと見ないうちに身長伸びたね」
微笑む春に「ありがとう」と返す。春はすぐに立ち上がって扉の方へと向かった。
「あれ、もう帰るの?」
「うん。隼が起きる前から来てたし、用事はもう済んだからね」
春は身に纏った美しい布をはためかせ、くるりと後ろを向いて小屋を立ち去る。風が吹き去り、春の姿は見えなくなった。
「朝飯食うか?」
海が僕に向かってそう声をかける。それに首を縦に振って、けれどその前にと口を開いた。
「ねぇ、海。さっきまで春と何の話をしていたの?」
「え? え、っと……」
不自然に視線をさまよわせる海が何かを隠していることはすぐにわかる。
唸りながら手持ち無沙汰に羽を触る海は、不意に手を離して僕の頭へと手を伸ばした。
身長差は随分と無くなった。ずっと見上げていた海も、今はほとんど同じ目線で顔を合わせられる。
「その、さ。隼が大きくなったなぁっていう話をしてて」
「うん、そうだね」
「……こんなこと、言うのは間違ってるって分かってるんだけど」
海は僕から手を離して、泣きそうな表情で笑う。言葉の続きは何となく分かる気がした。
「俺、お前といるの楽しくてさ。ずっとこのままで居られたらいいのに、って」
始の言葉が僕の脳裏によぎった。
『それでも、隼、お前は海と一緒に居るか?』……あぁ、本当に、こんな奇妙な姿で生まれてしまったのにどうして僕は人なのだろう。妖だったならもっと一緒に居られるのに。
海は口角を上げて笑って見えるのに、切れ長の目からは一筋滴が零れ落ちて行く。
美しくて悲しい、その表情を見たくなくて海の涙を拭い、海のことを抱きしめた。腕に羽の感触が当たる。
「海、僕はここに居るよ」
言葉を選びながら、僕の本心が伝わるように耳元で囁く。
「ずっと居るから」
海を抱きしめたまま、自分の顔を海の方に向ける。青い瞳にはまだ透明な滴が浮かんでいる。
今度はその顔に僕の顔を引き寄せ、そして唇を重ね合わせた。
接吻なんて本で読んだ知識しかない。ただただ唇をくっつけるだけでやり方なんて分からないけど、触れ合うだけで強く思いが通じる気がした。
「……っふ、は」
「海」
「急にやるからびっくりした……」
涙は止まり、代わりに海は笑う。楽しげに笑う姿は泣いている姿よりもずっと綺麗だ。
「海はやっぱり、笑顔が似合うね」
照れくさそうに笑った海は、「朝飯の準備するわ」と言って台所へ向かった。僕はその姿を見送っていつもの場所へと腰を下ろす。
今日もまた、一日が始まる。まだ、僕は生きている。
「でも……」
朝から話し声が聞こえる。ゆっくりと瞼を開き声のする方へ顔を向けると、ぼんやりとした視界で海と春の姿を捉えた。
二人の会話の内容はまだ寝ぼけている頭ではしっかりと理解できない。
「……っと、海。隼起きたみたいだよ?」
「え? あ、本当だ。おはよう、隼」
「おはよう、海、春」
あくびをしてゆっくりと立ち上がる。また、身長が伸びた。少し前まで立ち上がっても座っている海と変わらなかったのに、今では完全に見下ろしてしまっている。
あとどれだけ、僕は海と一緒に居られるのだろう。
「おはよう。ちょっと見ないうちに身長伸びたね」
微笑む春に「ありがとう」と返す。春はすぐに立ち上がって扉の方へと向かった。
「あれ、もう帰るの?」
「うん。隼が起きる前から来てたし、用事はもう済んだからね」
春は身に纏った美しい布をはためかせ、くるりと後ろを向いて小屋を立ち去る。風が吹き去り、春の姿は見えなくなった。
「朝飯食うか?」
海が僕に向かってそう声をかける。それに首を縦に振って、けれどその前にと口を開いた。
「ねぇ、海。さっきまで春と何の話をしていたの?」
「え? え、っと……」
不自然に視線をさまよわせる海が何かを隠していることはすぐにわかる。
唸りながら手持ち無沙汰に羽を触る海は、不意に手を離して僕の頭へと手を伸ばした。
身長差は随分と無くなった。ずっと見上げていた海も、今はほとんど同じ目線で顔を合わせられる。
「その、さ。隼が大きくなったなぁっていう話をしてて」
「うん、そうだね」
「……こんなこと、言うのは間違ってるって分かってるんだけど」
海は僕から手を離して、泣きそうな表情で笑う。言葉の続きは何となく分かる気がした。
「俺、お前といるの楽しくてさ。ずっとこのままで居られたらいいのに、って」
始の言葉が僕の脳裏によぎった。
『それでも、隼、お前は海と一緒に居るか?』……あぁ、本当に、こんな奇妙な姿で生まれてしまったのにどうして僕は人なのだろう。妖だったならもっと一緒に居られるのに。
海は口角を上げて笑って見えるのに、切れ長の目からは一筋滴が零れ落ちて行く。
美しくて悲しい、その表情を見たくなくて海の涙を拭い、海のことを抱きしめた。腕に羽の感触が当たる。
「海、僕はここに居るよ」
言葉を選びながら、僕の本心が伝わるように耳元で囁く。
「ずっと居るから」
海を抱きしめたまま、自分の顔を海の方に向ける。青い瞳にはまだ透明な滴が浮かんでいる。
今度はその顔に僕の顔を引き寄せ、そして唇を重ね合わせた。
接吻なんて本で読んだ知識しかない。ただただ唇をくっつけるだけでやり方なんて分からないけど、触れ合うだけで強く思いが通じる気がした。
「……っふ、は」
「海」
「急にやるからびっくりした……」
涙は止まり、代わりに海は笑う。楽しげに笑う姿は泣いている姿よりもずっと綺麗だ。
「海はやっぱり、笑顔が似合うね」
照れくさそうに笑った海は、「朝飯の準備するわ」と言って台所へ向かった。僕はその姿を見送っていつもの場所へと腰を下ろす。
今日もまた、一日が始まる。まだ、僕は生きている。
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