紅茶はひとまず置いといて、まずは話をしませんか?


 平日の午後、プロセラ共有ルーム。
 仕事の話をする海と始の間に割り込むような形で、隼がゆっくりと海に近づき背後から抱きついた。

「かぁい」
「わっ」
「……おい、隼」

 眉根を顰めて、叱りつけるように始は低い声を出す。それに臆することなく、隼は海へと回した腕を離さないでそのままさらに海に密着する。

「ちょ、隼重いって」
「いいじゃない。二人で何の話していたのかな?」
「仕事の話だよ。まぁ、もうほとんど終わったけどな」
「ふぅん。そうなの」
「元々はお前の仕事だぞ」
「ふふふ、僕は働くよりもお休みすることが大好きな魔王様だからねぇ」

 海を抱きしめながら隼は楽しそうに笑う。海もされるがまま大らかに笑っていて、傍から見れば随分と幸せな空気が流れている。
 それを不機嫌な顔で見つめていた始は徐に隼の腕を離し、海を自らの元へ引き寄せた。

「っ、始?」

 海の問いかけに答えることなく、始は隼を睨み付ける。隼は不敵な笑みを浮かべたまま、どこか挑発的な目で始を見ていた。

「始、いつまで海を掴んでいるつもり?」
「……お前のものじゃないぞ、海は」
「う~ん、始のものでもないと思うけどな」

 海を挟んで見つめ合う二人の姿は一触即発、今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気が漂っている。
 そんな二人の姿が見えていない海は、体を捩じらせて始の腕からやっとのことで抜け出した。

「あ、悪い。海」
「いや、大丈夫。……というかお前ら、それって本人の前でする話じゃないと思うんだけどな……?」

 苦笑いしながら海は二人の顔を交互に見る。
 隼は笑いながら海の肩に手を置いた。

「海、僕の気持ちは本物だからね?」

 隼の白く長い指が妖艶に海の輪郭をなぞる。海が動けないでいると始が隼の手を振り払った。

「お前に譲る気は無いぞ」

 始は素早く海の肩に手を回して海を隼から引きはがす。
 今をときめくアイドルグループのリーダー二人が一人の男を取り合っている図は、海にとっては違和感しかない。どうにか止めようとするが二人の言い合いはなおも続く。

「始、海は僕の相方だよ? 僕の方がずっと繋がりが深いと思うけどな」
「何言ってるんだ。俺だって海とよく話をしている」
「それって仕事の話でしょ」
「フッ、残念だったな。一緒にラーメンを食いに行ったりもしている」

 言い合いのレベルは小学生ぐらいだ。海は一つため息をつくが、二人の耳には届いていない。
 白熱する言い合いに二人は同時に海の腕を引いた。両側から力強く海の腕が引っ張られる。

「「海」」

 もうお前ら相性ばっちりだろうと言いかけて海は言葉を飲み込んだ。

「俺」
「僕」
「「どっちが魅力的だ(かな)?」」

 二人の瞳が真っすぐに海を捉える。
 熱視線を受けた海はどう言葉を返すべきか迷い、ただただ二人の顔を見ることしか出来ない。逃げようにも両側から腕を拘束されている。
 その時、共有ルームの扉の方から足音と声がした。

「海いる~? 茶葉持ってきたんだけど」

 その声は海にとってまるで神から与えられた救いの声のように思えた。

「春!」
「……って、どうしたの、この状況」

 今までのやり取りを知らない春からすれば、リーダー二人が自分の対になる存在である男を引っ張っているというカオスな状態だ。
 どうしてそうなったのか分からないながらも、春は目でヘルプを訴える海に近づいた。

「春、邪魔しないでくれ。今大事な話をしているんだ」
「そうだよ。どっちが海にとって魅力的かを決めているんだから」
「うん、全然意味がわからないよ」

 海の腕を引っ張りながら睨み合いを続ける二人に春は苦笑する。

「紅茶、入れようかと思ったんだけど、始も隼も飲まない?」
「後でいい」
「とっても素敵なお誘いだけどね、決着を付けないといけないから」
「……ふ~ん、そっか」

 春はどこか意味深気に頷き、ゆっくりと微笑む。その姿は始と隼には見えておらず、海にだけ見えていた。
 これはまずいことになるかもしれないと海は不穏な予感を抱く。そしてそれはすぐに現実になった。

「じゃあ、海。一緒に紅茶入れよう?」

 そう言って春は海を後ろから抱きしめながら二人の掴む手を剥がす。
 突然の事に面食らった二人はあっさりと剥がされ、茫然とした様子で春へと視線を向ける。春はまだにっこりと胡散臭い笑みで笑っていた。

「……はぁる。海を返してくれないかなぁ?」
「海はお前のものじゃないだろ、春」

 リーダー二人の冷たい視線が春を突き刺すが、春はそれでも笑っている。
 春によってようやく解放された海は、リーダー二人が春に気を取られている間に抜け出し、そそくさと春の後ろに回り安堵の息をついた。
 春は海が逃げたのを確認してから、口角を上げたまま口を開く。

「海は俺のものだよ。ねぇ、海?」

 春が振り向いて海へ声をかける。始と隼も海の方を見る。

「え?」
「海は俺の恋人、でしょ?」
「あ、あぁ、そういうことか! うん、そうだな」

 海は元気よく首を縦に振る。春は海の答えに嬉しそうに笑った。
 一方、海の言葉が衝撃だったのか始と隼は呆気にとられた表情で固まった。

「さ、解決したし紅茶を入れようか。海、手伝ってくれる?」
「おう!」

 何事も無かったように春と海は笑顔を見せながら、紅茶を入れに台所へと向かう。

「おい、春」
「ねぇ、海」

 それぞれの相方の名前を呼び、リーダー二人は同時に立ち上がった。その勢いのまま幸せオーラをまき散らす背中を追いかける。
 二人がその背中に叫んだ言葉は、また相性よく同じ言葉で綺麗にハモった。
1/1ページ
    スキ