Give me a kiss

「っ、あ~もう! 何なんだよ隼!」

 プロセラ共有ルームに陽の叫び声が響く。名前を呼ばれた隼は突っ伏していた顔を少し上げ、また元に戻した。

「おい、無視すんなって」
「無視じゃないもん……それを言うなら僕はずっと海に無視されてるよ……」

 面倒なテンションにはまった隼に、陽は相手に聞こえないようため息をつく。

 海に口内炎ができて三日目、さすがに今日は治っているだろうと隼は早起きして海を待っていた。しかし、そんな隼を起こしに来たのは郁だった。
 海は早朝からロケに出ていて、帰ってくるのは夕方になるという。
 もちろん、帰ってくればキスを迫ることが出来る。だが、二日も耐えた隼の精神はそろそろ限界だった。
 陽と一緒にテレビ雑誌の取材を受けて寮に戻ってきたのはまだ昼の話。それからずっと隼は時々携帯電話を眺めながらうだうだと言葉にもなっていない文句を連ねる。陽はずっとそれに付き合わされていた。
 他のメンバーもまだ戻ってこない。陽の叫びは積もっていたストレスが爆発した結果だ。

「あのさ、海も別に拒否したくてしてたわけじゃねえんだし、もっと寛容に待てないわけ?」
「そうなんだけどね……海のことになるとどうしても我慢できなくて」
「……あ~なんつーか……」

 ぐしゃぐしゃと頭をかきながら陽は思ったことを声にする。

「隼って結構海のこと好きだよな」
「当然でしょ」
「いや、だって普段始さんのことばっか言ってるじゃん。けどこうやって避けられてへこんでるのを見ると、本当に好きなんだなと思ってさ」
「……好きだよ。だけど、海への想いはそれだけじゃないから、わざわざ言葉にしないだけ」

 隼の表情はまるで目の前に海がいるような、愛おしいを全面に表していた笑顔をしていた。
 その表情を見た陽は、仕方がないなという風に口角を上げて隼から携帯電話へと視線を移す。ちょうどメッセージが届いたという通知で画面が光っていた。

「……隼」
「なぁに? 陽」
「あと一時間で戻ってくるって」

 通知は風呂と書かれたグループに届いたメッセージで、送り主の名前は海とある。
 画面を見た隼の瞳はキラキラと輝いていた。

「ふふ、早く帰ってこないかな」

 楽しそうに笑う隼に、苦笑いしながら陽はもう一度画面に表示されたメッセージを見直した。

 一時間後、帰宅した海にいきなり隼がキスをして、その後共有ルームで何をやっているのだと陽に怒られたり、その後しばらく隼が時間を関係なくキスを迫るようになるのは、また別のお話。
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