19日目:僕の精神安定剤(涙海)

 時々、どうしようもなく不安に駆られる時がある。
 何がとか明確な理由は無くて、ただ焦っているような感覚。真っすぐ前を向いて歩いていたはずなのに、気づけば周りの風景も歩いていた道さえも見えなくなって、何もない空間にぽつりと残されたような不安。
 そんな風になった時は、いつも一人で部屋に閉じこもっていた。
 誰かに会ってこの気持ちの説明を出来る気がしないし、その会ってしまった誰かを心配させるようなことはしたくなかった。だから、一人きりで。

(でも、せめてヤマトは居てほしかったな……)

 いつも僕の部屋にいるヤマトは、今日はここにいない。他の誰かのところにいるんだろう。
 寂しい。誰か僕の近くにいて。でも誰も来ないで。
 矛盾した思いがぐるぐる、考えすぎて深みに嵌ってしまいそうだ。

 コンコンと扉を叩く音がする。僕が動けないでいると、その人は鍵の閉まっていない扉を簡単に開けた。

「涙」
「……海」

 優しくあたたかみのある、透明な音は海のものだ。
 海はそのまま部屋に入り僕の元に近づいてくる。

「どうしたの」
「それはこっちの台詞。何か溜め込んでるんだろ」
「……なんで」
「何年の付き合いだと思ってるんだよ。涙の調子がおかしいのくらい分かるって」

 海は笑いながらそう言う。そしてぽんぽんと優しく僕の頭を撫でる。

「大丈夫だよ、涙」

 僕も分からないこの不安を、まるで海は知っているようだ。
 海の言葉は昔から魔法みたいだった。海が大丈夫と言えば本当に大丈夫な気がした。
 今もそう。不思議だけど、さっきまで感じていた名も無い不安が消えていく。

「海」

 名前を呼んで海に抱きつけば、海は僕の背中に腕を回した。
 出会った時よりは近づいた体格差。でもまだ海の方が大きい。

「ねぇ」
「ん?」
「もうちょっと、こうしてていい?」
「いいぞ。……涙が甘えてくれるなんて久しぶりだな」

 くすっと笑う海は僕のお父さん気取りだ。実際それに近い部分はある。
 ただ、それだけでは満足できない自分がいた。
 この感情は何て言えばいいのだろう。たぶん、僕はまだその名前を知らない。

「海、どこにも行かないでね。ちゃんと僕を見てて」

 海が近くにいてくれれば、きっと不安なんて感じたりしないから。
 海は僕の言葉を聞いて、「もちろん」って僕を抱きしめながら答えた。
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