31日目:後ろ姿しか思い出せない(プロセラ海)

 夜11時、一人の部屋で海は静かに息をついた。今日は7月31日、もうすぐ自分の担当月が終わる。
 今月はLAにパリに、いつも以上に飛び回る一か月だった。グッズの販売もいくつか決まったし、来月行われるイベントの準備にも追われていた。
 七夕の日には隼に付き合ってもらって報告会も出来たし、誕生日も盛大に祝ってもらった。

「いや~充実してたよなぁ」

 缶チューハイを飲みながら海は呟く。
 仕事が充実しているのはありがたい。ただ、少し寂しく思うのはいつもよりメンバーと話す機会が少なかったからか。
 さすがに顔も思い出せないというほどではないが、考えれば考えるほどメンバーが恋しくなってくる。

「誰か、共有ルームいないかな……」

 もうあと一時間で日付が変わる。こんな時間に共有ルームに人がいる確率は低そうだが、それでも海は缶チューハイを飲み干して自室を出る。
 共有ルームの方へ向かうと、扉の向こうから光が漏れていた。誰かいるのかと海が扉を開けば、中にいた人たちの視線が一気に海の方に向く。

「あっ」
「うわ~海来ちゃったか」
「あれ……なんで皆いるんだ……?」

 海の予想を大きく上回り、共有ルームには海を除くプロセラのメンバー全員が集まっていた。何か作業をしていた陽と夜が失敗したというような表情を見せる。
 何が起きているのか全く理解できていない海の元に涙がやって来る。「こっち」と涙は隼が座っているソファのところへ海を連れて行った。促されて海がソファに座ると、今度は郁が海の前にやって来る。

「すみません、準備が終わったら海さんを呼びに行くつもりだったんですけど」
「準備……?」
「はい。あ、でももう終わりますから!」

 そう言って郁は台所で何か作業をしている陽と夜の方へと向かう。その姿を見送ると、海の隣に座る隼が楽しそうにふふふと笑った。

「海、全然分からないって顔してるね」
「そりゃそうだろ。こんな時間に皆揃ってるなんて思わなかったし」

 海の言葉にまた隼は楽しげに笑う。つられて海もくすっと笑った。
 一人部屋でいた時に感じていた寂しさはもう無い。単純だと海は自分でも思うが、メンバーの顔を見ただけで心は満たされていた。
 そんな海のところに郁が戻って来て、陽と夜もやって来る。六人がソファの周りに集まり、おもむろに夜が海の目の前に皿を差し出した。皿の上には綺麗な形のカップケーキと『おつかれさま』のメッセージが書かれている。

「あの、今月海さんすっごい忙しそうだったので、最後になにか労えればいいなって皆で話してたんです」
「で、サプライズするかって話になったんだよ。まぁ、結構ギリギリになっちまったけど」
「本当はこれを用意して、電気を消してから俺が海さん呼びに行く予定だったんですけどね」
「これは僕たちみんなの思いだから」
「そういうこと。と言うわけで、海」
「「「「「お疲れ様でした」」」」」

 メンバーの言葉に海は思わず感動で熱いものが込み上げてくる。それをぐっとこらえていると、涙が海の前に緑色のバラを一本差し出してきた。

「これは……?」
「僕の気持ち。こんな海が好きだよ」

 涙からバラを受け取る。緑色のバラを海は初めて見たが、何か花言葉に意味があるのだろうか。
 海がそんな風に考えていると、今度は陽が海の前にひまわりを差し出してきた。

「まぁ、ちょっと熱烈すぎる気もするけど、明日からは俺が頑張るから任せろって意味も込めとく」
「お、おう。ありがとう、陽」

 海がひまわりを受け取ると、今度は夜が白い花を差し出してきた。どうやらそれぞれが一本ずつ海に花をプレゼントするということになっているらしい。

「これは、ダリアって言うんですよ。俺も普段の気持ちを花に込めました」
「ありがとう。夜の思い受け取ったよ」

 夜からダリアを受け取ると、郁がオレンジ色の花を差し出した。郁らしい元気な色合いの花だ。
 海が花を見つめると、郁は「これはガーベラです」と答えた。

「俺は頑張る海さんが好きです。でもたまには俺にも頼ってほしいです」
「ははっ、郁は花に込めた気持ちを言ってくれるんだな」

 海が笑うと、郁は照れたようにはにかみ返した。
 ガーベラを受け取れば最後は海の隣に座る隼だ。海が隼の方を向くと、小さなピンク色の花を隼は海の手元にそっと置いた。

「シクラメンだよ。少し僕らしくない気もするけどね」
「そうなのか?」
「うん。まぁでも、確かに今はまだこんな感じかも」

 はにかむ隼に、おそらくこの花にも意味が込められているのだろうと海は思う。
 海の手には5種類5色の花がそれぞれに美しく咲いている。それぞれに込められた思いは後で調べるとして、海はその花々を優しく抱きしめた。

「ありがとう、涙、陽、夜、郁、隼」

 にかっと海は笑う。もうすぐ7月は終わる。また来年もその次も、ずっと皆と居たいそんな風に思いながら一人一人の顔を見つめた。

「大好きだ」

 後ろ姿しか思い出せない、そんな時がこの先一生訪れないように。
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