28日目:こんなとき、言葉は無力だ(始海)
海が仕事を終え早い時間に寮に帰ると、ちょうど仕事に出かける駆と恋に遭遇した。目が合った瞬間、二人は海の元へ走り寄る。
「海さんちょうどいい所に!」
「おかえりなさい!」
「お、おう。どうかしたか?」
二人の熱烈な歓迎に驚きながら海は問いかける。
駆と恋は顔を見合わせ、駆が先に口を開いた。
「実は、始さんの様子がちょっと変で……」
「変?」
「すごく苦しそうだったんです。体調悪いんですか?って聞いても何も答えてくれなくて」
「たぶん、俺たちじゃ頼りないんだと思います。だから、始さんが頼れる人に任せた方がいいなって駆と話してたんですよ」
リーダーを心配する二人の姿はとても頼もしいと海は思うが、確かに始は年下メンバーには自分の弱みを見せようとしないだろう。二人の言う通り、始を甘やかすなら年長組が最適だ。
海は笑って駆と恋の頭を撫でる。これ以上二人に心配をかけさせないように。
「分かった。俺が始のところに行ってくるよ」
「ありがとうございます!」
「すみません、迷惑かけて」
「迷惑じゃないよ。ほら、二人とも仕事頑張ってこい!」
「「はい!」」
海が引き受けてくれたことに安心したのか、先程よりも明るい笑顔で二人は寮を出て行った。
海は気合を入れるようにぐっとカバンを掴む手に力を込めて、二階の始の部屋へと向かう。慣れた足取りで辿り着いたそこは、二人から話を聞いたせいかどことなくいつもより暗く感じた。
ふぅと息を吐きノックする。しかし中からの反応は無い。
「お~い、始? いないのか~?」
まさか共有ルームにはいないだろうと個人の部屋の方に来てみたが、もしかしたら誰もいなくなった今共有ルームの方にいるのかもしれない。そう思いながら海がドアノブを持って引くと、簡単にドアが開いた。
「うおっ」
開いたドアに驚きつつ、海は中に入る。
昼間だというのに部屋の中は暗い。カーテンを閉め切っているからだ。
そして大きめのベッドの上、部屋の主は壁にもたれかかって一点を見つめていた。
(これは……予想以上だな)
始は海が入ってきたことに気付いていないようだ。自分だけの世界に入っているらしい。
海が近づいて始の肩に触れると、大げさなほど始は体を仰け反らせた。
「っ、海か」
「声かけてたけど、気づかなかった?」
「あ、ああ……海、悪い。ちょっと今は一人にしてくれ……」
ふっと海から視線をそらす始の様子は、駆と恋の言う通り苦しそうだった。
何かあったのは間違いない。が、その何かを突き止めるのはさすがの海でも難しい。
海は背中を向けた始に背中を合わせる。
「ちょっとだけ、こうさせて」
言い訳するように海は呟く。
どうしようもなく苦しい時、誰にもわかってもらえないような心の傷を負った時、取り繕った言葉は全く響かない。経験上、海はそれを知っていた。
そんな時、有効なのは体を触れ合わせることだ。一人じゃないと体が気づくことが、苦しみから解放される手段の一つになる。
始は何も言わなかったが、海のぬくもりに気付いたのか少し体を震わせていた。海は目を閉じて、それに気づかないフリをする。
「始、紅茶飲むか? 昨日隼が買ってきたんだけどさぁ」
「……かい」
「ん? どうした?」
背中合わせでの会話から、始の背中が離れていく。
海が振り向くと、始が正面から海を抱きしめた。ぽたり、冷たいものが海の肩に当たる。
「今は、こうさせてくれ。紅茶は後で貰う」
「……おう。美味しいの入れてやるよ」
そう言って海は始の背中に腕を回す。またぽたりと、水滴が海の肩を少し濡らした。
「海さんちょうどいい所に!」
「おかえりなさい!」
「お、おう。どうかしたか?」
二人の熱烈な歓迎に驚きながら海は問いかける。
駆と恋は顔を見合わせ、駆が先に口を開いた。
「実は、始さんの様子がちょっと変で……」
「変?」
「すごく苦しそうだったんです。体調悪いんですか?って聞いても何も答えてくれなくて」
「たぶん、俺たちじゃ頼りないんだと思います。だから、始さんが頼れる人に任せた方がいいなって駆と話してたんですよ」
リーダーを心配する二人の姿はとても頼もしいと海は思うが、確かに始は年下メンバーには自分の弱みを見せようとしないだろう。二人の言う通り、始を甘やかすなら年長組が最適だ。
海は笑って駆と恋の頭を撫でる。これ以上二人に心配をかけさせないように。
「分かった。俺が始のところに行ってくるよ」
「ありがとうございます!」
「すみません、迷惑かけて」
「迷惑じゃないよ。ほら、二人とも仕事頑張ってこい!」
「「はい!」」
海が引き受けてくれたことに安心したのか、先程よりも明るい笑顔で二人は寮を出て行った。
海は気合を入れるようにぐっとカバンを掴む手に力を込めて、二階の始の部屋へと向かう。慣れた足取りで辿り着いたそこは、二人から話を聞いたせいかどことなくいつもより暗く感じた。
ふぅと息を吐きノックする。しかし中からの反応は無い。
「お~い、始? いないのか~?」
まさか共有ルームにはいないだろうと個人の部屋の方に来てみたが、もしかしたら誰もいなくなった今共有ルームの方にいるのかもしれない。そう思いながら海がドアノブを持って引くと、簡単にドアが開いた。
「うおっ」
開いたドアに驚きつつ、海は中に入る。
昼間だというのに部屋の中は暗い。カーテンを閉め切っているからだ。
そして大きめのベッドの上、部屋の主は壁にもたれかかって一点を見つめていた。
(これは……予想以上だな)
始は海が入ってきたことに気付いていないようだ。自分だけの世界に入っているらしい。
海が近づいて始の肩に触れると、大げさなほど始は体を仰け反らせた。
「っ、海か」
「声かけてたけど、気づかなかった?」
「あ、ああ……海、悪い。ちょっと今は一人にしてくれ……」
ふっと海から視線をそらす始の様子は、駆と恋の言う通り苦しそうだった。
何かあったのは間違いない。が、その何かを突き止めるのはさすがの海でも難しい。
海は背中を向けた始に背中を合わせる。
「ちょっとだけ、こうさせて」
言い訳するように海は呟く。
どうしようもなく苦しい時、誰にもわかってもらえないような心の傷を負った時、取り繕った言葉は全く響かない。経験上、海はそれを知っていた。
そんな時、有効なのは体を触れ合わせることだ。一人じゃないと体が気づくことが、苦しみから解放される手段の一つになる。
始は何も言わなかったが、海のぬくもりに気付いたのか少し体を震わせていた。海は目を閉じて、それに気づかないフリをする。
「始、紅茶飲むか? 昨日隼が買ってきたんだけどさぁ」
「……かい」
「ん? どうした?」
背中合わせでの会話から、始の背中が離れていく。
海が振り向くと、始が正面から海を抱きしめた。ぽたり、冷たいものが海の肩に当たる。
「今は、こうさせてくれ。紅茶は後で貰う」
「……おう。美味しいの入れてやるよ」
そう言って海は始の背中に腕を回す。またぽたりと、水滴が海の肩を少し濡らした。