25日目:ぼくたちが恋をする理由(隼海)
不毛な恋をしている。
よく晴れた気持ちのいい朝に思うことではないけれど、あの男を見る度にそう思ってしまうのだから仕方ない。
「おはよう、海」
朝から優雅に微笑む男―霜月隼は隣のクラスからわざわざやって来て挨拶をする。
ただしそれは俺―文月海に会うためではない。
「まだ、始は来てないみたいだね」
俺の隣の席、睦月始にこの男は会いに来ている。毎朝懲りずにやって来る姿は献身的と言うかなんというか。
「あぁ。もうすぐしたら来るだろ」
「始は朝弱いからねぇ」
「お前もだろ? 今日は珍しく早いけど」
「ふふふ、今日は神様に夢の中で起こされたんだ」
意味の分からないことを言われて、対応に困っていると隼は楽しそうに笑った。この男はよくこんな風に人をからかって遊ぶのを楽しんでいる。
それを嫌じゃないと思ってしまっている自分も大概だけれど。
「というか、隼もよくやるな。毎朝始に挨拶って」
「当然だよ。始に挨拶することで僕の一日が始まるからね!」
幸せそうな笑顔に、あぁ言わなければよかったと後悔した。
隼は始のことが好きだ。それがどういった方向の好きなのか本人に聞いたことは無いが、おそらく俺が隼に抱いている想いと同じだろう。
全員同性な上に片思い、本当に不毛な恋だ。
「本当海が羨ましいよ。始と同じクラスな上に隣の席だなんて」
「こればっかりは運だからなぁ」
「そうだね。あ、でも、海は春と同じクラスの方がよかったかな?」
「え?……あ、あぁ、そうだな」
弥生春、俺と隼の友人で始と中学からの付き合いの男。何故か隼は俺が春を好きなのだと誤解している。それを否定しない俺も悪いのだけれど、どこをどう見たら俺が春に恋愛感情を抱いていると思ったのか謎だ。
……あぁ、たぶん隼は始が好きだから、俺が春を好きだと都合がいいのだ。これ以上ないくらいに不毛だ。
どんどん下降していく思考を隠して、隼の方を見る。恐ろしいほど美しい目と視線が合った。
「そういえば、海。今週の日曜は暇?」
「今週? あぁ、部活は午前だけだから午後からなら暇だぞ」
「よければ、僕に付き合ってくれない?」
付き合って、と言う言葉にどきりと高鳴る心臓は正直だ。
勘違いを正すように頭を振って、隼の話を聞く。どうやら気になる雑貨屋を見つけたから訪ねてみたいということらしい。
「それこそ始を誘ったほうがいいんじゃないか?」
「う~ん、始には断られたんだよね」
肩をすくめて笑う隼を見て、ずくんと苦しくなる心臓はやはり正直だ。
(当たり前だろ、俺。隼にとっての一番は始なんだから、何を期待してたんだよ)
自分を戒め、小さく深呼吸をする。
大丈夫。過度な期待をしなければ傷つくことは無いのだと自分に言い聞かせた。
「わかった。俺でよかったら付き合うぜ」
「本当? ありがとう、海」
隼が俺に向かって笑いかけてくれる。それが嬉しくて苦しい。
笑い返した、その顔は隼からどんな風に見えているのだろう。普通に笑っているように見えているのだろうか。
俺がそんなことを考えているうちに隼は俺から教室のドアへと視線を移していた。
「あ! おはよう、始!」
「……おはよう」
後ろに目でもついているのではという勢いで始に気付いた隼は、今日一番の笑顔を見せる。
その笑顔を向けられた始は、とてつもなく嫌そうな顔で挨拶を返した。
「おはよう、始」
「おはよう、海。こいつ、教室に帰しておいてくれ」
「そう言うなって。始のこと待ってたんだから」
俺が苦笑いでそう返すと、始はため息をついて隼に向いた。毎朝の恒例だ。
「早く戻れ、隼。もうすぐ朝のホームルーム始まるぞ」
「はぁい。じゃあ、始、海、またお昼にね~」
「おう」
ひらひらと手を振って隼は自分のクラスへと帰っていく。本当に始に挨拶をしただけで満足して帰っていくあたり、健気と言うべきか。
隼を見送って始に視線をやると、始は先程のため息をついていた顔で俺の事を見ていた。
「……え、始どうしたんだ?」
「大したことじゃない。海は相変わらずだと思っただけだ」
ようやく席についた始は荷物を片付けながら話を続ける。
「海は隼が好きだよな。あんな大変な男何故かは分からないが」
「あはは。俺もよくわかんない」
「でも好きなんだろ?」
「うん。……理屈とかじゃないんだよ、たぶん」
俺の言葉に、「そうか」とだけ始は返した。その後すぐに予鈴が鳴る。
きりよく途切れてしまった会話を続けることも無く、俺はまっさらな黒板を見つめた。
よく晴れた気持ちのいい朝に思うことではないけれど、あの男を見る度にそう思ってしまうのだから仕方ない。
「おはよう、海」
朝から優雅に微笑む男―霜月隼は隣のクラスからわざわざやって来て挨拶をする。
ただしそれは俺―文月海に会うためではない。
「まだ、始は来てないみたいだね」
俺の隣の席、睦月始にこの男は会いに来ている。毎朝懲りずにやって来る姿は献身的と言うかなんというか。
「あぁ。もうすぐしたら来るだろ」
「始は朝弱いからねぇ」
「お前もだろ? 今日は珍しく早いけど」
「ふふふ、今日は神様に夢の中で起こされたんだ」
意味の分からないことを言われて、対応に困っていると隼は楽しそうに笑った。この男はよくこんな風に人をからかって遊ぶのを楽しんでいる。
それを嫌じゃないと思ってしまっている自分も大概だけれど。
「というか、隼もよくやるな。毎朝始に挨拶って」
「当然だよ。始に挨拶することで僕の一日が始まるからね!」
幸せそうな笑顔に、あぁ言わなければよかったと後悔した。
隼は始のことが好きだ。それがどういった方向の好きなのか本人に聞いたことは無いが、おそらく俺が隼に抱いている想いと同じだろう。
全員同性な上に片思い、本当に不毛な恋だ。
「本当海が羨ましいよ。始と同じクラスな上に隣の席だなんて」
「こればっかりは運だからなぁ」
「そうだね。あ、でも、海は春と同じクラスの方がよかったかな?」
「え?……あ、あぁ、そうだな」
弥生春、俺と隼の友人で始と中学からの付き合いの男。何故か隼は俺が春を好きなのだと誤解している。それを否定しない俺も悪いのだけれど、どこをどう見たら俺が春に恋愛感情を抱いていると思ったのか謎だ。
……あぁ、たぶん隼は始が好きだから、俺が春を好きだと都合がいいのだ。これ以上ないくらいに不毛だ。
どんどん下降していく思考を隠して、隼の方を見る。恐ろしいほど美しい目と視線が合った。
「そういえば、海。今週の日曜は暇?」
「今週? あぁ、部活は午前だけだから午後からなら暇だぞ」
「よければ、僕に付き合ってくれない?」
付き合って、と言う言葉にどきりと高鳴る心臓は正直だ。
勘違いを正すように頭を振って、隼の話を聞く。どうやら気になる雑貨屋を見つけたから訪ねてみたいということらしい。
「それこそ始を誘ったほうがいいんじゃないか?」
「う~ん、始には断られたんだよね」
肩をすくめて笑う隼を見て、ずくんと苦しくなる心臓はやはり正直だ。
(当たり前だろ、俺。隼にとっての一番は始なんだから、何を期待してたんだよ)
自分を戒め、小さく深呼吸をする。
大丈夫。過度な期待をしなければ傷つくことは無いのだと自分に言い聞かせた。
「わかった。俺でよかったら付き合うぜ」
「本当? ありがとう、海」
隼が俺に向かって笑いかけてくれる。それが嬉しくて苦しい。
笑い返した、その顔は隼からどんな風に見えているのだろう。普通に笑っているように見えているのだろうか。
俺がそんなことを考えているうちに隼は俺から教室のドアへと視線を移していた。
「あ! おはよう、始!」
「……おはよう」
後ろに目でもついているのではという勢いで始に気付いた隼は、今日一番の笑顔を見せる。
その笑顔を向けられた始は、とてつもなく嫌そうな顔で挨拶を返した。
「おはよう、始」
「おはよう、海。こいつ、教室に帰しておいてくれ」
「そう言うなって。始のこと待ってたんだから」
俺が苦笑いでそう返すと、始はため息をついて隼に向いた。毎朝の恒例だ。
「早く戻れ、隼。もうすぐ朝のホームルーム始まるぞ」
「はぁい。じゃあ、始、海、またお昼にね~」
「おう」
ひらひらと手を振って隼は自分のクラスへと帰っていく。本当に始に挨拶をしただけで満足して帰っていくあたり、健気と言うべきか。
隼を見送って始に視線をやると、始は先程のため息をついていた顔で俺の事を見ていた。
「……え、始どうしたんだ?」
「大したことじゃない。海は相変わらずだと思っただけだ」
ようやく席についた始は荷物を片付けながら話を続ける。
「海は隼が好きだよな。あんな大変な男何故かは分からないが」
「あはは。俺もよくわかんない」
「でも好きなんだろ?」
「うん。……理屈とかじゃないんだよ、たぶん」
俺の言葉に、「そうか」とだけ始は返した。その後すぐに予鈴が鳴る。
きりよく途切れてしまった会話を続けることも無く、俺はまっさらな黒板を見つめた。