8日目:もう黙っていることに疲れてしまったんだ(隼海)
「はっじめー!」
Six Gravityの共有ルームに明るい声が響く。くすりと笑って、この部屋にいた男―春は笑顔で挨拶をした。
「隼。おはよう」
「あぁ、春。おはよう」
隼はきょろきょろと部屋を見渡す。しかし、この部屋にいるのは春だけであった。
不思議そうな顔をする隼に、春がその答えを告げる。
「始なら急遽ドラマの撮影が入ったよ」
「なんだ、そうなの」
目的の人物がいなかったにもかかわらず、隼はあまり残念そうな表情を見せなかった。
隼は手に持っていた缶を掲げ、春に微笑みかける。
「紅茶、持ってきたんだけど飲まない?」
茶色でシックなデザインのその缶は有名なブランドのものだ。春は立ち上がり「もちろん」と嬉しそうに笑った。
春が隼から缶を受け取り、台所で道具の準備をし始める。やかんに火をかけたところで、春は隼のほうを向いた。
「で、これが本題じゃないよね?」
「ん~どういうことかな?」
「紅茶はついでで、何か話したいことがあったんじゃないの」
隼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに元の表情に戻った。
「さすが春だね。その通りだよ」
隼の言葉に春はやっぱりと頷く。ついでにと春は自分の推理を口にした。
「その話って、海のこと?」
「……本当、春に隠し事出来ないな」
隼は困ったようにふふっと笑う。それは肯定の印だった。
火を止めて春はティーカップを出す。そうやって紅茶を入れる準備をしながら話を続ける。
「昨日の七夕のこと? 七夕って二人にとって大事な日なんでしょ」
「う~ん……僕じゃなくて海にとって、かな」
「そうなんだ?」
「うん。色々あるんだ」
春はそれ以上話を追究するのをやめた。
隼と海には他の誰も知らないような秘密がある、と思う瞬間がある。それが今だ。二人の関係はコンビ以外にも言い表すことのできない何かがあるのだろう。なのに、二人がコンビという枠を超えないのが春にはとても不思議だった。
そんなことを考えながら、春は隼の言葉を待つ。それに気づいた隼が静かに口を開いた。
「……海がね、自分が結婚して奥さんが出来た時の話をしてて」
「それは、昨日?」
「うん。星を見上げながらね。
……それで、さ。笑顔で話聞いてたんだけど、結構きついなぁって」
曖昧な言葉は隼の気持ちを表しているようだ。きっとはっきりした表現をするのが難しいのだろう。
春は黙ったままティーポッドに茶葉を入れる。腕時計で時間を確認して、ティーポッドから隼へと視線を移した。
「それで、始に話をしたかったんだ」
「ん~……始はもちろんだけど、僕の気持ちを知っている人に話を聞いてほしかったんだ。だから、春に聞いてもらえてよかったよ」
「本当に? よかった」
春は笑顔を見せた後、腕時計を確認する。ティーカップを温めるために入れたお湯を捨て、ティーポッドから紅茶を注ぎ始めた。
あたりに上品な香りが漂う。その香りに満足気にしながら、春は紅茶を注ぎ終えた。
二つあるティーカップのうちの一つを持って、隼の前に差し出す。
「はい」
「ありがとう」
隼はティーカップを受け取り、そのまますぐに口元へと運んだ。やわらかい味わいは、限界を迎えている恋心に優しく沁みわたる。
美味しそうに紅茶を飲む隼を見て、春は考えていたことを口にした。
「ねぇ、隼」
「ん?」
「そんなにきついなら、俺らの前で話せばいいんじゃないかな」
「話す?」
「そう。海への思い、知ってる人に話せば少しは楽になると思うよ」
思いを溜め込むことの苦しみは春もよく知っていた。溜め込んでも消化されない思いは、何の役にも立たないうえに心だけでなく体も蝕んでいく。その前に毒抜きする必要があるのだ。
春の提案に隼は「ありがとう」と言って頷いた。
「立ち話も何だし、ソファに行こうよ」
「そうだね」
隼はティーカップを持ったまま、春はティーカップとティーポッドをトレイに載せ、大きなソファまで移動した。
ティーポッドとトレイを机の上に載せ、向かい合わせで座る。先に喋り始めたのは春だった。
「そういえば、隼って海のどこが好きなの?」
今更な質問ではあるが、確かに春は隼からそういう話を聞いていなかった。ふん、と隼は息をついてとても幸せそうな表情で話し始めた。
「海の好きなところはいっぱいあるけど……一番は綺麗な心かな」
「へぇ~」
「海は本当に透明な心を持っている。普通はどこか傷が入ったり、それなりに色に染まったりするものなんだけど、海は本当に透明なんだ」
真面目に語る隼からは好きが溢れていて、胸焼けしそうなくらい甘いと思いながら春は紅茶を飲んだ。ストレートティーなのに砂糖が入ってるように感じるくらい甘かった。
「じゃあ、その綺麗な心に惹かれた、と」
「ふふ。そういうことになるかな。でも、もちろん他にもあるよ」
隼は海の姿を思い浮かべながら語る。意外と触り心地の良い髪、名前と同じ海のような透き通った青い目、薄くて色気のある唇と隼がその魅力を語ったところで、春は苦笑いしながら隼の話を遮った。
「もしかしてそれ、足の指まで話続く?」
「もちろんさ。それが終われば今度は内面の話になるよ」
「うわぁ……相当溜め込んでるんだね」
しかし、付き合うと言ったのは自分だ。春は「ごめん、続けて」と隼を促した。嬉々として話を再開する隼に、春の心はぽかぽかと温かい気持ちになる。もう一度口に含んだ紅茶は、やはり甘く感じた。
Six Gravityの共有ルームに明るい声が響く。くすりと笑って、この部屋にいた男―春は笑顔で挨拶をした。
「隼。おはよう」
「あぁ、春。おはよう」
隼はきょろきょろと部屋を見渡す。しかし、この部屋にいるのは春だけであった。
不思議そうな顔をする隼に、春がその答えを告げる。
「始なら急遽ドラマの撮影が入ったよ」
「なんだ、そうなの」
目的の人物がいなかったにもかかわらず、隼はあまり残念そうな表情を見せなかった。
隼は手に持っていた缶を掲げ、春に微笑みかける。
「紅茶、持ってきたんだけど飲まない?」
茶色でシックなデザインのその缶は有名なブランドのものだ。春は立ち上がり「もちろん」と嬉しそうに笑った。
春が隼から缶を受け取り、台所で道具の準備をし始める。やかんに火をかけたところで、春は隼のほうを向いた。
「で、これが本題じゃないよね?」
「ん~どういうことかな?」
「紅茶はついでで、何か話したいことがあったんじゃないの」
隼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに元の表情に戻った。
「さすが春だね。その通りだよ」
隼の言葉に春はやっぱりと頷く。ついでにと春は自分の推理を口にした。
「その話って、海のこと?」
「……本当、春に隠し事出来ないな」
隼は困ったようにふふっと笑う。それは肯定の印だった。
火を止めて春はティーカップを出す。そうやって紅茶を入れる準備をしながら話を続ける。
「昨日の七夕のこと? 七夕って二人にとって大事な日なんでしょ」
「う~ん……僕じゃなくて海にとって、かな」
「そうなんだ?」
「うん。色々あるんだ」
春はそれ以上話を追究するのをやめた。
隼と海には他の誰も知らないような秘密がある、と思う瞬間がある。それが今だ。二人の関係はコンビ以外にも言い表すことのできない何かがあるのだろう。なのに、二人がコンビという枠を超えないのが春にはとても不思議だった。
そんなことを考えながら、春は隼の言葉を待つ。それに気づいた隼が静かに口を開いた。
「……海がね、自分が結婚して奥さんが出来た時の話をしてて」
「それは、昨日?」
「うん。星を見上げながらね。
……それで、さ。笑顔で話聞いてたんだけど、結構きついなぁって」
曖昧な言葉は隼の気持ちを表しているようだ。きっとはっきりした表現をするのが難しいのだろう。
春は黙ったままティーポッドに茶葉を入れる。腕時計で時間を確認して、ティーポッドから隼へと視線を移した。
「それで、始に話をしたかったんだ」
「ん~……始はもちろんだけど、僕の気持ちを知っている人に話を聞いてほしかったんだ。だから、春に聞いてもらえてよかったよ」
「本当に? よかった」
春は笑顔を見せた後、腕時計を確認する。ティーカップを温めるために入れたお湯を捨て、ティーポッドから紅茶を注ぎ始めた。
あたりに上品な香りが漂う。その香りに満足気にしながら、春は紅茶を注ぎ終えた。
二つあるティーカップのうちの一つを持って、隼の前に差し出す。
「はい」
「ありがとう」
隼はティーカップを受け取り、そのまますぐに口元へと運んだ。やわらかい味わいは、限界を迎えている恋心に優しく沁みわたる。
美味しそうに紅茶を飲む隼を見て、春は考えていたことを口にした。
「ねぇ、隼」
「ん?」
「そんなにきついなら、俺らの前で話せばいいんじゃないかな」
「話す?」
「そう。海への思い、知ってる人に話せば少しは楽になると思うよ」
思いを溜め込むことの苦しみは春もよく知っていた。溜め込んでも消化されない思いは、何の役にも立たないうえに心だけでなく体も蝕んでいく。その前に毒抜きする必要があるのだ。
春の提案に隼は「ありがとう」と言って頷いた。
「立ち話も何だし、ソファに行こうよ」
「そうだね」
隼はティーカップを持ったまま、春はティーカップとティーポッドをトレイに載せ、大きなソファまで移動した。
ティーポッドとトレイを机の上に載せ、向かい合わせで座る。先に喋り始めたのは春だった。
「そういえば、隼って海のどこが好きなの?」
今更な質問ではあるが、確かに春は隼からそういう話を聞いていなかった。ふん、と隼は息をついてとても幸せそうな表情で話し始めた。
「海の好きなところはいっぱいあるけど……一番は綺麗な心かな」
「へぇ~」
「海は本当に透明な心を持っている。普通はどこか傷が入ったり、それなりに色に染まったりするものなんだけど、海は本当に透明なんだ」
真面目に語る隼からは好きが溢れていて、胸焼けしそうなくらい甘いと思いながら春は紅茶を飲んだ。ストレートティーなのに砂糖が入ってるように感じるくらい甘かった。
「じゃあ、その綺麗な心に惹かれた、と」
「ふふ。そういうことになるかな。でも、もちろん他にもあるよ」
隼は海の姿を思い浮かべながら語る。意外と触り心地の良い髪、名前と同じ海のような透き通った青い目、薄くて色気のある唇と隼がその魅力を語ったところで、春は苦笑いしながら隼の話を遮った。
「もしかしてそれ、足の指まで話続く?」
「もちろんさ。それが終われば今度は内面の話になるよ」
「うわぁ……相当溜め込んでるんだね」
しかし、付き合うと言ったのは自分だ。春は「ごめん、続けて」と隼を促した。嬉々として話を再開する隼に、春の心はぽかぽかと温かい気持ちになる。もう一度口に含んだ紅茶は、やはり甘く感じた。