6日目:砂糖を煮詰めた甘さの君(始海)

 ふぁとあくびをしながら始は自動ドアを通り抜ける。時間は深夜1時近くになっていて、寮の中は静まり返っていた。
 自分の部屋がある二階を通り過ぎ、三階へと向かう。寄り道することなく辿り着いたのは、愛しい恋人の部屋だ。
 始は少し躊躇した後、コンコンと扉をノックした。
 ノックしてしばらくした後、がちゃりと扉が開かれる。

「お、始。お帰り」
「ただいま、海」

 夜中でも海の笑顔は明るい。そのことにほっとしながら始は海の部屋に入った。

「今日は遅かったな~」
「撮影が延びてな」
「あ~そっか。お疲れさん」

 海は始の頭をくしゃくしゃと撫で回す。不思議なもので、海に撫でられると始の疲労は消えていくような気がする。
 されるがままに身を任せていた始は、海の手が止まったと同時に海を抱き寄せた。

「補給させて」

 ぎゅっと始が抱きしめると、海は驚きながらも始の背中に腕を回した。そのあたたかさに自然と始の頬が緩む。
 どのくらいの時間そうしていただろうか。あまりの気持ちよさに睡魔に襲われかけた始の背中を、海が笑いながら優しく叩いた。覚醒した始が海を離すと、海は心配をにじませながら始を見つめる。

「大丈夫か? もう部屋に戻って寝た方がいいんじゃ」
「いい。というか、今日は泊まるつもりで来たんだけどな」

 にやりと始は意地の悪い笑みを浮かべる。海はすぐに意味を理解したらしく、顔を赤くさせ視線をさまよわせる。やがて観念したようにゆっくりと縦に頷いた。
 年上で、自分よりも背が高いが、海は時々こんな風に生娘のような可愛らしい反応を見せる。それが始を興奮させるのだと、わからずにやっているからこんなにも破壊力があるのだろう。
 今すぐにでも押し倒して襲いたい衝動をこらえ、始はベッドに飛び込む。さすがに今は睡眠をとる方が先だ。
 明日、正確には今日は二人ともオフだ。起きてからでも十分楽しめる。

「ちょ、始。風呂入ってからの方がいいんじゃないか?」
「起きてから入る。ほら、海も来い」
「も~……はいはい」

 始に促される通り、海はベッドに腰掛ける。
 うつぶせになっている始の頭に、再度海が手を伸ばした。それに気づいた始は寝返りを打って、海の腕を掴む。そして勢いよく自分の方へ引き寄せた。
 バランスを崩した海は覆いかぶさる形で始にベッドの上へと連れ込まれる。

「わっ、」

 なんとか持ちこたえ、海は始の隣になだれ込むように寝転ぶ。始は楽しそうにくすくすと笑った。

「さすが海だな」
「びっくりした。危うく始の上に乗るとこだったんだからな」
「それでもよかったけど」
「ダメだろ。俺重いぞ」

 海が眉間にしわを寄せると、始はまたも笑う。今日はずいぶんよく笑うなと海は思った。きっとかなり疲れているのだろう。
 それ以上話すのをやめ、海は先程阻まれた髪に手を伸ばす。今度はちゃんと始の髪に触ることが出来た。

「とりあえず、もうそろそろ寝た方がいいと思う」
「ああ。そうだな」

 始は頷き、目を閉じる。海も始の髪から手を離し、眠るために目を閉じた。

「なぁ、海」
「ん?」
「起きたら、俺のためにコーヒーを入れてくれないか」
「おう。美味しいの入れてやる」
「楽しみにしてる」

 その会話を最後に、始も海もいつの間にか眠りに落ちていた。
 ベッドの上で二人が顔を見合わせ笑い合うのは、あと数時間後の出来事だ。
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