5日目:一生かけて、口説き落としてあげるから(隼海)

「ごめん。その……気持ちには答えられない」

 申し訳なさそうに海は答える。返された隼は、その答えを分かっていたかのように微笑んだ。

「そう言うと思った」

 この会話の直前、隼は海に告白した。「海のことが好きなんだ」と、シンプルな言葉で伝えたおかげか、曲解することなく海は言葉の意味を理解した。
 ただ、海の答えは決まっていた。それは隼が男だからとか、同じグループだとかそういう体裁に基づいたものではない。海は誰か一人を愛することはもう無いと自分の中で決めていたのだ。
 だから海は隼の告白を断った。そしてそれは、隼も分かっていた。

「ねぇ、海」
「なんだ?」
「僕のこと、嫌いではないんだよね?」
「え? あ、あぁ、隼のことは好きだぞ……?」
「そう。ならよかった」

 隼はぐっと海に近づく。後ろに退こうとする海の腕を自らの方に引き寄せ、耳元へと顔を寄せた。

「一生かけて、海のこと口説き落としてあげるから。覚悟してね?」

 吐息交じりに隼は囁く。海がその色香に圧倒されているうちに、隼は嵐のように海の前から消えて行った。


*****


「海、おはよう。今日もとっても魅力的だよ」
「あ~はいはい。おはようさん。今日は午後から撮影だったな」
「そう! ふふふ、海と一緒だとテンションが上がるね」
「それ、俺じゃなくて始でも同じだろ」
「そんなことはないよ。始への気持ちと海への気持ちは違うしね?」

「何でもいいから。そこの馬鹿ップル、もう少し自重して」

 陽がため息をつきながら嗜めるのを、夜は苦笑いしながら頷く。郁と涙は朝ごはんを食べながらその様子を楽しそうに見守っていた。

「陽。俺と隼はカップルじゃないぞ?」
「僕は恋人になりたいと思ってるんだけどね」
「そういうことじゃねーよ。あと、隼は本当にもっと自重しろ」

 隼と海、そしてその二人にツッコむ陽の三人のやり取りはもう何度も、両手では足りない回数繰り広げられてきた。
 数か月前、突然隼が海への愛を駄々漏れにし始めたのが事の発端である。当初、他のメンバーはただただ驚くだけで触れてはいけないタブーだと思ったが、そこはさすが隼をリーダーにして活動しているグループである。すぐに受け入れ、そしてネタに出来るまでにそこまで時間はかからなかった。
 今ではグラビの前でも恒例のやり取りとして行われている、プロセラの鉄板ネタになっている。

「隼さんも、早くご飯食べてくださいね」
「はぁい。今日は夜の手作りなのかな?」
「はい」
「ふふ。それは楽しみだ」

 隼が嬉々として食卓につく姿を海は見つめる。そして誰にも聞こえ無いような小さなため息をついた。
 プロセラ鉄板ネタの隼から海への愛は、他のメンバーには既に慣れたものであったが、一人海だけは未だに慣れないものであった。ふざけているように見えて真剣な眼差しで愛を伝える隼に、海は何度心臓を貫かれたことだろう。冗談にして軽くあしらっているが、毎度隼の顔は見れていない。
 さらに、これは海しか知らないことだが隼は毎日寝る前に海に告白してくる。それは直接の時もあれば、電話やメールの時もあるが、海はその度に告白を断っていた。そのせいだろうか、最近は夜になると海は緊張するようになっている。

「海?」

 ずっと隼の背中を見ている海を不審に思った陽が海に話しかける。思考の波から引き戻された海は、慌てて笑顔を取り繕った。

「ん? どうした?」
「いや、それはこっちの台詞。海、どうしたんだよ」

 陽は海の顔をじっと見つめ、そして唐突に海の腕を引っ張った。突然のことではてなを頭に浮かべる海をつれ、陽は共有ルームを出て自分の部屋の前へと連れて行く。
 掴んでいた腕を離し、陽は海に向き合う。海はやはり現状を理解できていないままだ。

「あのさ、海」

 陽にはずっと引っかかっていたことがあった。それを解消するにはこのタイミングだと直感したのだ。

「お前、隼のこと好きなの?」

 陽の言葉に海は固まる。陽は海からの答えを静かに待っていた。
 海はしばらく呼吸するのを忘れるほど衝撃を受けていたが、やがて深呼吸をして口を開いた。

「陽」
「ん?」
「……俺、隼のこと好きになっちまった」

 それは海が隼に口説き落とされたのを、自覚した瞬間だった。
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