13日目:欠けた愛を探してる(春海)

 海の目が虚空を見つめる。春はそれに気付き、苦笑いしながら手を止めた。

「かーい」

 春が名前を呼ぶと、現実に引き戻されたように海の目に色が戻った。
 そしてばつが悪そうに頭をかく。

「悪い。ぼーっとしてた」
「ううん。でも、早くアンケート書かなきゃ」
「だな」

 春と海の手元には、雑誌の取材用のアンケートがある。先程撮影を終えた二人は、そのまま残ってアンケートに答えていた。
 内容は夏に関わる質問がほとんどだ。その中でも恋愛関係が半分ほどを占めている。
 静かにそれらの答えを書いていた海が、手を止めてぼんやりとしていた質問は『夏にしたいデートは?』というものである。
 よくある質問だろうそれに、何故海が手を止めてしまったのか春には不思議だった。
 こうなってしまえば、海が何を書くのか気になる。春は悪いと思いながらも、海のアンケートをバレないように盗み見た。
 『浴衣で夏祭り』……随分と普通の答えだ。

「春、どこまで終わった?」

 急に話を振られ、春は一瞬慌てる。が、それは表に出さないように海の方を向いた。

「あと二つ答えたら終わり」
「うわ、早いな」
「大丈夫。海が終わるまで待ってるよ」
「サンキュ」

 笑って海はアンケートに視線を戻す。
 春は残りの質問の答えを書き終わり、真剣な表情をする海を見つめた。春の頭には先程の海の顔がずっと残っている。
 海は時々、あんな風に迷子のようになる時がある。虚ろな目で、何もない場所をずっと見つめているのだ。その時、春はいつも名前を呼んで海をこちらの世界に引き戻す。
 以前、春はどうしてなのか隼に問いかけたことがあった。海本人に聞くのは躊躇われたからである。
 隼は微笑んで『それは言えない、というか僕もよく知らないんだ』と返事した。おそらく嘘だろうと春は今でも思っているが、それだけ簡単に言えることでもないのだろうというのは分かる。

「っし、終わった!」

 春が考え事をしているうちに、海はアンケートを書き終えた。その笑顔にはもう虚は感じられない。

「おつかれ。じゃあ提出して帰ろっか」
「おう。あ、せっかくだしどっかでお茶していかないか?」
「いいね。久々のデートだ」

 春がそう言うと、海は顔を赤くさせ取り繕うように春の肩を軽く叩いた。
 大きな声では言えないが、春と海は恋人同士である。付き合いはそんなに長くないが、穏やかで優しい恋愛をしている。
 だからこそ、海が迷子になる理由をずっと春は知りたいのだ。恋人の自分が知らなくて、相方の隼が知っているというのも不公平だと思っている。春が教えてと問えば、海は答えてくれるのだろうか。

 のろのろと荷物を片付ける春に、海は何も言わず待ってくれる。
 ようやく荷物をまとめてアンケートを提出すると、今日の仕事は終わりだ。
 各々のマネージャーに連絡し、足並みを揃えながら二人でスタジオを出る。

「どこ行く?」
「そうだなぁ……あ、この間隼と見つけたお店があるんだけどそこ行かない? 海とも行きたいって思ってたんだ」
「あぁ、隼から話聞かされたとこか。よし、そこ行こうぜ」
「うん。ここから近いし、歩いて行こうか」

 春は他愛無い話をしながらずっと考えていた。海の表情と質問がぐるぐると頭の中で回る。
 会話が途切れたところで、春は勇気を出してその思いを口にした。

「ねぇ、海。さっきさ、……何で、迷子になってたの?」
「迷子?」
「あぁ、えっと、アンケートの質問で夏デートの項目で手を止めてぼんやりしてたじゃない。普通の質問なのに、どうしてなのかなって」

 春の問いに海は固まる。どう答えようか、困っているようだった。
 やがて観念したように、海は眉を下げて悲しそうに笑った。

「……春にもいつか話そうとは思ってたんだけど」
「うん」
「今はごめん。まだその勇気が出ないんだ」
「それは、隼は知ってるんだよね?」

 春の言葉が予想外だったのか、海は驚いた表情を見せ、そのまま頷いた。

「けど、あいつにはバレたっていうか、コンビで活動しはじめてから割とすぐに言ったから」
「あはは。そんな申し訳なさそうな顔しなくていいよ。そのうち言ってくれるんでしょ?」
「……うん」
「じゃあ、その時まで待ってるよ。あ、お店見えてきた」

 少し路地を外れたところに、あたたかい雰囲気のお店がひっそりと建っている。春が笑顔で海を見ると、申し訳なさそうにしていた海もつられたように笑顔になった。
 いつか、その日が来れば春と海は本当の意味で恋人になれる。今はまだ、ごっこの段階なのだ。
 そう思いながら春は、海の手を引っ張って店内へと入っていった。
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