11日目:器用なのに言えない私と、不器用だから気づかない貴方(陽海)
「なぁ、陽ってさ、海さんのこと好きなの?」
いちご牛乳の紙パックをすすりながら、新はいつも通りのテンションで陽に問いかける。あまりの自然さに陽は聞き間違ったかと自分の耳を疑った。
しかし、念押しで言われた「海さんのこと、恋愛的な意味で好きなんだろ?」に、聞き間違いではないことを陽に確信させる。
「えっと……何でそう思った?」
陽には恋心を隠し通せている自覚があった。もとより表情を取り繕うのは得意な方だし、長い付き合いの幼馴染にも指摘されたことは無い。それがどうして新にはバレたのか。
新は真顔のまま、紙パックを置いて陽のほうを向いた。
「隼さんが教えてくれた」
「隼? あいつ気づいてたのか」
「ん~……気づいてたってより、俺に訊いてほしいって感じだったな。だからたぶん、確信は無かったんじゃないか?」
新に言われて、陽はグループリーダーの魔王様の顔を思い浮かべる。何でも見通す彼に隠し事は通用しないようだ。それでも裏を返せば、その魔王様が新に代わりに尋ねてこいというぐらい隠せていたということだろう。
だが、どんなに自信を持ったところでもう遅い。先程陽は認めるような発言をした。陽の反応を見て新も確信したことだろう。
頭をかきながら、陽は小さくため息をつく。厄介な人間にバレてしまったと思いながら。
「……あーそうだよ。海のことが好き」
「やっぱそうなんだ」
「隼には言うなよ。面倒だから」
「努力はするけど、バレたらごめんな」
バレるのは時間の問題だろうなと陽は思った。絶対言わないよう新を買収してもいいが、したところで隼が気づいてしまえば意味がない。
これからどうするか、と未来の事を案じる陽に、新は問いを投げかけてくる。
「海さんは陽が好きなこと知ってんの?」
「んなわけねーだろ。つか、誰にも言ってないし。お前が初めてだよ」
「へぇ~そうなんだ。告白しないの?」
「告白、なぁ……」
陽は今朝の海の姿を思い浮かべながらそっと呟いた。海は朝からロケに出かけて、帰ってくるのは二日後だ。
「ま、いつかな」
いつになるか分からないけど、と心の中で付け足しながら陽は携帯電話の電源を入れた。
*****
夜空を見上げながら、陽は昼間の新とのやり取りを思い出していた。
気軽に告白できるほど、陽はこの恋が簡単でないことは分かっていた。男同士というだけでもハードルが高いのに、加えて仕事仲間ときている。今後も長く続く関係が、ちょっとしたことで壊れるのが陽には怖い。
けれども、いつまでも隠し続けるわけにもいかないだろう。隼にバレてしまえば何かされるのは目に見えている。
「電話、とか」
携帯電話の連絡先を陽は見つめる。海の文字をぼんやりと眺め、そして震えながら通話ボタンを押した。
ワンコール、ツーコール、スリーコール目で通話がつながる音が鳴る。
『もしもし』
「海?」
『お~そりゃ俺のケータイだからな。陽、どうした?』
電話の向こうの海は楽しそうに笑ってる。「今、大丈夫?」と陽が問うと海は「大丈夫だぞ」といつもの調子で返した。
陽は星空を眺めながら、言葉を考える。海もこの空を見ているのだろうか。
『んで、何かあったか? 隼に迷惑かけられたとか?』
「それはいつもだろ。というか、今日は新と仕事だったから、隼とは寮でしか会ってねーよ」
『あぁ、そっか。仕事は上手くいったか?』
「もちろん。そっちは?」
『楽しくやれたから、成功じゃないかな』
笑いながら言う海の声は、電話越しでも笑顔が伝わってくる。
海の笑顔は人を元気にする。陽が一番好きなところだ。その顔を思い浮かべ、陽も無意識に微笑みを浮かべる。
「それはよかった」
意識せずに出た声は、陽自身が驚くほど随分と甘い響きだった。愛おしいという気持ちが声に溢れ出してしまっている。
しかし、幸か不幸か鈍感な海はそんな陽の異変に気づいていないようだ。
『で、陽は何で電話してきたんだ?』
「え? あ……えっと、それは」
陽が電話した理由なんて、海の声が聞きたかった、それだけだ。それを言ってしまえば告白も同然みたいなものだが、今の陽には他に上手い言い訳が思いつかなかった。
「……海の声が、聞きたかったから」
言ってしまった。陽の額から汗が流れ落ちる。好きと言ったわけでは無いが言ってしまったかのように心臓がばくばくする。
海はワンテンポ置いた後、とても優しい声を出した。
『ははっ、陽でも可愛いところあるんだな』
「なっ、それどういうことだよ」
『だって寂しかったってことだろ? 今朝会ったばっかなのに』
どうやら、陽の気持ちは海に一ミリも伝わっていないようだ。きっと海は今電話をしている相手が、自分に対して恋心を抱いているなんて全く思っていないのだろう。
嬉しいような、悲しいような、陽は複雑な気持ちになりながらため息をついた。
「……あーもういいや。そういうことで」
『あれ? 俺なんか変なこと言っちまったか?』
「んーん。海は悪くねーよ。……帰ってきたらちゃんと言うから。覚悟しといて」
『何だそれ。まぁ、いいや。覚悟しとくよ』
おやすみの挨拶をして陽は電話を切る。あと二日、その日が来ればこの気持ちを言おうと輝く星たちの前で誓いをたてた。
いちご牛乳の紙パックをすすりながら、新はいつも通りのテンションで陽に問いかける。あまりの自然さに陽は聞き間違ったかと自分の耳を疑った。
しかし、念押しで言われた「海さんのこと、恋愛的な意味で好きなんだろ?」に、聞き間違いではないことを陽に確信させる。
「えっと……何でそう思った?」
陽には恋心を隠し通せている自覚があった。もとより表情を取り繕うのは得意な方だし、長い付き合いの幼馴染にも指摘されたことは無い。それがどうして新にはバレたのか。
新は真顔のまま、紙パックを置いて陽のほうを向いた。
「隼さんが教えてくれた」
「隼? あいつ気づいてたのか」
「ん~……気づいてたってより、俺に訊いてほしいって感じだったな。だからたぶん、確信は無かったんじゃないか?」
新に言われて、陽はグループリーダーの魔王様の顔を思い浮かべる。何でも見通す彼に隠し事は通用しないようだ。それでも裏を返せば、その魔王様が新に代わりに尋ねてこいというぐらい隠せていたということだろう。
だが、どんなに自信を持ったところでもう遅い。先程陽は認めるような発言をした。陽の反応を見て新も確信したことだろう。
頭をかきながら、陽は小さくため息をつく。厄介な人間にバレてしまったと思いながら。
「……あーそうだよ。海のことが好き」
「やっぱそうなんだ」
「隼には言うなよ。面倒だから」
「努力はするけど、バレたらごめんな」
バレるのは時間の問題だろうなと陽は思った。絶対言わないよう新を買収してもいいが、したところで隼が気づいてしまえば意味がない。
これからどうするか、と未来の事を案じる陽に、新は問いを投げかけてくる。
「海さんは陽が好きなこと知ってんの?」
「んなわけねーだろ。つか、誰にも言ってないし。お前が初めてだよ」
「へぇ~そうなんだ。告白しないの?」
「告白、なぁ……」
陽は今朝の海の姿を思い浮かべながらそっと呟いた。海は朝からロケに出かけて、帰ってくるのは二日後だ。
「ま、いつかな」
いつになるか分からないけど、と心の中で付け足しながら陽は携帯電話の電源を入れた。
*****
夜空を見上げながら、陽は昼間の新とのやり取りを思い出していた。
気軽に告白できるほど、陽はこの恋が簡単でないことは分かっていた。男同士というだけでもハードルが高いのに、加えて仕事仲間ときている。今後も長く続く関係が、ちょっとしたことで壊れるのが陽には怖い。
けれども、いつまでも隠し続けるわけにもいかないだろう。隼にバレてしまえば何かされるのは目に見えている。
「電話、とか」
携帯電話の連絡先を陽は見つめる。海の文字をぼんやりと眺め、そして震えながら通話ボタンを押した。
ワンコール、ツーコール、スリーコール目で通話がつながる音が鳴る。
『もしもし』
「海?」
『お~そりゃ俺のケータイだからな。陽、どうした?』
電話の向こうの海は楽しそうに笑ってる。「今、大丈夫?」と陽が問うと海は「大丈夫だぞ」といつもの調子で返した。
陽は星空を眺めながら、言葉を考える。海もこの空を見ているのだろうか。
『んで、何かあったか? 隼に迷惑かけられたとか?』
「それはいつもだろ。というか、今日は新と仕事だったから、隼とは寮でしか会ってねーよ」
『あぁ、そっか。仕事は上手くいったか?』
「もちろん。そっちは?」
『楽しくやれたから、成功じゃないかな』
笑いながら言う海の声は、電話越しでも笑顔が伝わってくる。
海の笑顔は人を元気にする。陽が一番好きなところだ。その顔を思い浮かべ、陽も無意識に微笑みを浮かべる。
「それはよかった」
意識せずに出た声は、陽自身が驚くほど随分と甘い響きだった。愛おしいという気持ちが声に溢れ出してしまっている。
しかし、幸か不幸か鈍感な海はそんな陽の異変に気づいていないようだ。
『で、陽は何で電話してきたんだ?』
「え? あ……えっと、それは」
陽が電話した理由なんて、海の声が聞きたかった、それだけだ。それを言ってしまえば告白も同然みたいなものだが、今の陽には他に上手い言い訳が思いつかなかった。
「……海の声が、聞きたかったから」
言ってしまった。陽の額から汗が流れ落ちる。好きと言ったわけでは無いが言ってしまったかのように心臓がばくばくする。
海はワンテンポ置いた後、とても優しい声を出した。
『ははっ、陽でも可愛いところあるんだな』
「なっ、それどういうことだよ」
『だって寂しかったってことだろ? 今朝会ったばっかなのに』
どうやら、陽の気持ちは海に一ミリも伝わっていないようだ。きっと海は今電話をしている相手が、自分に対して恋心を抱いているなんて全く思っていないのだろう。
嬉しいような、悲しいような、陽は複雑な気持ちになりながらため息をついた。
「……あーもういいや。そういうことで」
『あれ? 俺なんか変なこと言っちまったか?』
「んーん。海は悪くねーよ。……帰ってきたらちゃんと言うから。覚悟しといて」
『何だそれ。まぁ、いいや。覚悟しとくよ』
おやすみの挨拶をして陽は電話を切る。あと二日、その日が来ればこの気持ちを言おうと輝く星たちの前で誓いをたてた。