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大阪の梅田ーー
店の暖簾を仕舞おうとしていた紅葉は、遠くからゆっくり歩いてくる人物に気付いた。
紅「あれ?蔵、今帰って来たん?」
「遅かったやない…」と駆け寄った紅葉は、その異変に気付いた。
白「あ…ほんま?今何時やろ」
「東京で雪遊びしてたわ」とははっと笑う白石を見て、紅葉は何て声を掛けたら良いかわからなかった。
ただ、このまま放っておくのは良くない気がして、帰ろうとする彼の腕を咄嗟に掴んでいた。
紅「…お腹空いてたら、食べて行きや」
静かに頷いた白石は店に入り、いつものようにカウンター席に座る。
父親は気を利かせて自宅の2階へと帰って行き、じゅーとお好み焼きが焼ける美味しそうな音だけが響いていた。
白「……………泣いとるりんちゃん置いて、帰ってきてしもーた」
ぽつりと話し始めた白石の苦しそうな声を聞きながら、紅葉は黙ってお好み焼きを作っていた。
ー行かないで、白石さん……っ!
あの時、りんが何度も名前を呼んでいたことも、雪の中転んでしまったことも気付いていた。
本当は……振り向いて、すぐに駆け寄って抱き締めたかった。
白「っ最低や、俺………りんちゃんの気持ちより自分のこと優先して」
ソースやマヨネーズを掛けながら、「…自分のことって?」と紅葉は尋ねた。
白石は思い詰めたように顔を俯かせ、椅子に座っていた。
白「りんちゃんを好きになればなるほど独り占めしたくなって、せやけど伝えたら、絶対困らせて嫌われてまうかもって、」
旅行に行った時も、本当はりんが南次郎に秘密にしているかもしれないとわかっていた。
わかっていながら止めなかったのは、自分がりんと一緒にいたかったからだ。
白「越前くんを大切に想うのが許せんくなって…………こんな自分が嫌で仕方あらへん……」
他の誰かと同時に愛されることが寂しい。
それが全然違う種類だとわかっていても…………どうか自分だけをと、願ってしまう。
白「もう、疲れた…………」
紅葉は出来上がったお好み焼きを静かに置いて、「…早よ食べな、冷めてまうで」と促す。
白石の初めて見る表情に驚きながら、どうしようもない切なさが身体中に伝染してくるような気がした。
その数日後だった…………彼女に会ったのは。
紅「………りんちゃん?」
『っ紅葉さん……』と大きな目を丸くさせ、思い詰めた顔をしているのは……確かにりんだった。
***
『……大阪に?』
りんはお風呂上がりに部屋で髪を乾かしていると、菜々子に"その話"をされた。
ドライヤーを置いて、『えと、菜々子さんが行くんですか?』と頭を整理する為に尋ねる。
菜「うん、そうなの。私が入ってるゼミの卒論が、歴史ある建築物だから……大阪の写真も欲しくて」
『そうなんですね、』
菜「良かったら、次の休みにりんちゃんも一緒に行かない?」
『え?』とすぐに聞き返すと、菜々子は柔らかく微笑んでいた。
白石とのことはクリス以外、誰にも話していなかったが………きっと菜々子は気付いているのだろう。
最後に会った白石を思い出すと、あの日に戻ったかのように胸の奥が苦しくなる。
りんはぎゅっと胸元に手を当てながら、『行きたいですっ』と力強く頷いていた。
菜々子が一緒だということで、大阪行きを南次郎が強く反対することはなかった。
ただ、「菜々子ちゃん、りんのことくれぐれも宜しく頼むっ!」と出掛ける間際まで言い聞かせている光景を、りんは目にしていた。
新幹線の中で、りんは窓の外に映していた視線を隣に向けた。
『…お父さん、やっぱり私のこと信用してないのかな』
菜「いいえ、叔父様はりんちゃんが可愛くて仕方ないのよ」
しゅん、としながら呟いたりんを見て、「私も、叔父様やリョーマさんの気持ちが良くわかるわ」と菜々子は大きく頷いていた。
菜「(……過呼吸のこともあって、より心配だろうし、)」
実は、菜々子もりんを大阪へ誘うことは直前まで悩んでいた。
「過呼吸はストレスが原因かもしれない」と告げられてから、りんにとって白石に会うことは正しいのかわからなかったのだ。
菜「(……でも、りんちゃんには後悔して欲しくない)」
菜々子が強い想いを抱いている隣で、りんは流れゆく景色をぼーっと見つめていた。
『(…………白石さんに会って、何て言えば良いんだろう)』
あの雪の日……白石に『行かないで』と泣き叫び続けても、彼は振り向きもせず去っていってしまった。
そんな白石にもう一度すがって、自分は気持ちを上手に伝えられるだろうか…?
『(もし、また拒絶されてしまったら……?)』
そしたら、また胸に針が刺さって、ずっと抜けずに痛む日々が続いていくのだろう。
『(っこんなに好きなのに………怖い)』
好きな想いの分だけ、白石を永遠に失ってしまうかもしれないという恐怖が襲ってくる。
りんはこれ以上苦しくならないよう、胸に手を当てて静かに深呼吸をした。
***
大阪へ着くと、建築物を1人で見てくると言った菜々子とは別行動を取ることになった。
彼女の優しい気遣いだとわかっていたので、りんはその足ですぐに四天宝寺高校に向かった。
『あれ?いない………』
テニスコートにその姿はなく、近くの部員に尋ねると「白石?今日は予備校行っとる筈やで」と教えてくれた。
以前、駅前の予備校に通い出したと聞いていたので、そこの前で待っていようかと頭を悩ませる。
突然のサプライズに白石の喜ぶ顔が想像出来ず、ズキンズキンと胸を痛めながら歩いていると………「…… りんちゃん?」と声を掛けられた。
『っ紅葉さん……』
夕暮れの中、買い物袋を腕にぶら下げた紅葉は、凛とした目元を驚いたように丸くさせていた。
紅「びっくりしたー…やけに似てる子がおるなぁ思ってん」
『えとっ今日はー』
紅「蔵に会いに来たんやろ?今日は、あいつ夜まで予備校で………」
いつも通りさっぱりした口調の紅葉と話していたら、彼女は急に何かを考え込むように黙ってしまった。
暫くの沈黙の後、「……りんちゃん、良かったらちょっと話さへん?」と紅葉は小さく笑った。
『?は、はい』
その笑顔に違和感を覚えつつ、"お好み焼き カエデ"までついて行くりん。
奥の部屋に通され、温かいお茶を持って来てくれたことにお礼を言う。
『あの、紅葉さん。お話って…?』
紅「うん、急にごめんな。蔵のことでちょっと、」
紅葉の真剣な顔を見て、りんはドキリと背筋を伸ばした。
紅「…りんちゃん、蔵に会ってどうするつもりなん?」
『え…どうって、』
『私の悪いところは全部直すから』『白石さんが大好きだから』『距離を置くなんて言わないで欲しい』
本音が勢い良く頭の中を流れていき、りんはドクドクと心臓が鳴っているのがわかった。
紅「蔵を想うなら………今はそっとしといてくれへんかな」
何処か重たい空気の中、紅葉は静かに呟くように話した。
普段は絶対に干渉したくないが、最後に話した白石の顔が紅葉は忘れられなかった。
呆気に取られたように動かないりんに、紅葉は眉を下げて笑う。
紅「りんちゃんの応援してあげたいけどな、うちにとっては…蔵は大切な幼馴染みやねん」
「ごめんな」と謝る紅葉に、りんは首を横に振ることしか出来なかった。
そのまま紅葉と別れ、菜々子と待ち合わせしている駅へ向かう為、りんはバスに乗っていた。
『(白石さんに会いたいなんて…………私の我儘だった)』
「このままやと嫉妬で可笑しなる………」と呟いた白石の声が、震えていることに気付いていた。
辛いのは自分だけじゃないのだと、紅葉の言葉を聞いて思い知らされた。
ー15歳の誕生日おめでとう。生まれて来てくれて、俺と出会ってくれてありがとう
誕生日に電話でお祝いしてくれた白石の声が、心の柔らかい部分をぎゅうっと締め付ける。
いつだって白石の声一つで、幸せで温かくなって、切なくて痛くなるーー…
ぽた、ぽた、と透明の雫がりんの掌の上に落ちた時、バスが白石の前を通り過ぎた。
りんは慌てて窓に手を置いて、瞬きも忘れてその姿に見入った。
『(………白石さんっ!)』
咄嗟にバスの一番後ろの席に行き、停車ボタンに手を伸ばす。
謙也と一緒に歩いている白石は、楽しそうに笑っていた。
『……………………っ』
きっともう自分には向けてくれない笑顔を、瞳に焼き付ける。
りんは伸ばしていた手をゆっくり下ろし、閉じた瞼から再び涙が溢れ落ちた。
