雪の日
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
冬休みの最終日、リョーマが退院した。
家族皆でリョーマを迎えに行き、前日からリビングをりんと菜々子がサプライズで飾り付けしていたのだが……
『お兄ちゃん!退院おめでとうっ』
リョ「………………………さんきゅ」
この"…"の間は、嬉しいと困惑が混ざったリョーマの心情である。
"Welcome back Ryoma"という文字と共に、カラフルな風船が部屋中に飾られている。
中でも驚いたのはドーンと置いてある3段重ねのケーキで、チョコレートプレートに描かれたキラキラした少女漫画のようなリョーマのイラストは、(確実に) りんが描いたのだろう。
ちらりと妹を見ると、『えへへ///』と照れながらも何処か誇らし気にしていて、レベルアップしたその姿に何も言えなかった。
「ほぁら〜」
リョ「!カルピン、」
ととと、と真っ先にリョーマの元へ駆け寄ってきたカルピンを、優しく抱き締める。
「元気だった?」と尋ねる声も愛しさを含んでいて、りんは少しだけ頬を膨らませた。
菜「ふふ、りんちゃんだって毎日会ってたのに」
『ふぇ!?///ち、違いますよ、カルピンが羨ましいなんて、全然思ってないですっ』
南&倫「「((思ってるのか……))」」
いつでも兄に甘えられて、可愛がって貰えるカルピンが羨ましい。
そんなりんの気持ちは皆に筒抜けなので、相変わらずな娘に両親は揃って肩を落としたのだった。
『えと…お兄ちゃんの部屋の窓開けてくるねっ』
くるっと背中を向けて、素早く階段を上がっていくりん。
リョーマの部屋に入ると、『……はー』と自然と息を吐き出して呼吸を整えた。
『良かった、お兄ちゃんが帰ってきてくれて……』
リョーマの怪我がだんだん回復していくことが嬉しい。
それに……この家に兄がいることで、りんは冷たくて暗い場所に光が差したような気がしていた。
『(大丈夫………大丈夫、)』
浅くなっていく呼吸を感じながら、ぎゅうっと胸の辺りを握り締めた。
***
リョ「ねぇ、りんは?」
カルピンと縁側で眠っていたリョーマは、ふと辺りを見渡した。
昼食の片付けをしていた倫子から、「さっきコンビニ行くって出掛けたわよ?」と教えられる。
リョ「…さっきっていつ?」
倫「えーと、30分くらい前かしら」
リョ「それ遅くない?」
「そう?」と能天気な母に溜め息を吐きそうになりながら、松葉杖で玄関に向かうリョーマ。
菜「あら?リョーマさん何処か行くの?」
リョ「………ちょっと散歩」
倫「そんなに心配しなくても「っ心配なんだよ!!」
リョーマの叫び声に、一瞬、家の中が揺れた気がした。
驚いたように呼び止める2人を置いて、リョーマは慣れない手付きでギプス用の靴を履き、急いで外に出た。
外の空気は相変わらずつんと冷たいが、雲一つない快晴が心地良い。
リョーマは昨日の天候とは随分違うなと感じながら、松葉杖を使って必死に歩いていた。
リョ「(……何で走れないんだ、)」
この足が思うように動いたら、きっとすぐに見付けることが出来るのに。
昨日もそうだったと……リョーマは白い息を吐きながら思い出していた。
「リョーマくん、昼食の時間よ」
リョ「…はい」
見慣れた看護師に軽く返事をして、リョーマは片手で読んでいた本を閉じた。
ブックカバーをしておいて良かったと、これほど安堵したことはない。
『じゃん!お兄ちゃんにおすすめの本ですっ』とりんが本を持って来たのは、ほんの数日前。
単行本ではあるもの……王冠とドレスが表紙に描かれているのを見た瞬間に、読まずとも内容を察した。
リョ「(……けど、これは案外面白いかも)」
ファンタジー&ロマンス小説ではあるが、ミステリー要素があるのでリョーマも読みやすかった。
恐らく、りんが一生懸命考えて選んだのだろう。
ふ、と思わず笑みが溢れそうになると、誤魔化すように目の前のスープに口を付けた。
リョ「(っ早く帰りたい……)」
入院食は決して不味くはないが、りんの作る温かいご飯の味が恋しい。
本人が聞いたら泣いて大喜びしそうなことを今日も思いながら、リョーマは窓の外を眺めた。
パラパラと降る白い雪をぼおっと目で追っていると……ふと、その中に小さな人影があることに気付いた。
リョ「…………りん?」
松葉杖を掴んで起き上がり、窓際に近付く。
傘も持たずに佇んでいるのは間違いなくりんで、リョーマは慌てて病室から抜け出した。
リョ「(何してんだよ……風邪引くだろっ)」
毎日お見舞いに来てくれるのは嬉しいが……こんな雪の日に傘も持たずに来るなんて。
リョーマは看護師の目を盗みながら何とか外に出ると、そこにはりんだけでなく、クリスもいることに気付いた。
『……っお、お兄ちゃんとね、泣かないって約束したの……』
ク「……そっか」
『ごめんね、今だけ、だから……っ』
降り頻る雪のせいで、視界が邪魔をする。
幼い子供のように泣きじゃくるりんを、クリスがあやすように抱き締めていた。
リョ「…………………っ」
その名前を聞かなくても、りんが今……強く想っている人が伝わってくる。
ー……笑って、欲しいのに
ーうん……うん。もう、泣くのやめる
きっとりんは、リョーマが目覚めた時に願ったことを、今でもずっと守っている。
そのせいで、あんなに苦しくなるまで我慢していたのだろうかー…
リョーマは枯れるまで泣きじゃくる妹の声を聞きながら、松葉杖を掴んだ掌に力を入れていた。
***
近所のコンビニまで探しに行った後、リョーマは"あの"公園に立ち寄っていた。
遊具がある場所を通り過ぎると、迷いなく草木を掻き分ける。
そこは色とりどりの花が湖を囲んでいて、ほとりのような場所。
そこにそびえ立つ大きな木を見上げるようにして、探していた人物が座っていた。
リョ「………何してんの?」
『わあ!?お兄ちゃん!』
驚きのあまり大きな目をぱちぱちと瞬きするりんに、はぁ…とリョーマの口から白い息が溢れる。
少しの距離だというのに、こんなに疲れてしまう自分が情けない。
どかっとその場に腰を下ろすと、りんはリョーマの異変に気付いた。
『お、お兄ちゃんすごい汗…っもしかして、ずっと探してくれてたの?』
リョ「……別に。りんがコンビニ行くなら、買ってきて欲しいお菓子あったんだよね」
それなら電話やLINEで良かったのでは…?とりんが考える前に、「あの限定のえび煎餅。俺が入院してる時に発売したから」とすらすらと言葉を繋げた。
『そっか…ごめんね、それは買ってなくて、』
リョ「いいけど。何買ったの?(とりあえず泣いてないな)」
リョーマは鞄を探るりんを待つふりをしながら、その目元をじっと確認するように見つめる。
『これだよ〜雪見だいふくっ!』
リョ「…何でアイス?」
「冬だけど」とリョーマのツッコミは聞こえていないのか、『お兄ちゃんも食べる?』とピンクのフォークを差し出すりん。
ニコニコ笑う顔を見てしまえば断る選択肢はなく、リョーマはそれを口に含んだ。
冷たいが、優しくて甘い味がじんわりと口内を満たしていき、「…美味しいじゃん」と自然と呟いていた。
『えへへ、良かったぁ。冬になると食べたくなるんだ』
リョ「知ってる。炬燵の中で良く食べてるし…」
リョーマは呆れながらも、幸せそうに語る妹の声を静かに聞いていた。
『(お兄ちゃん……本当に優しいな)』
一方、りんは兄が無理をしてまで迎えに来てくれた事実をじん…と噛み締めていた。
『ごめんね』と謝れば、「何が?こんなのリハビリにもなんないし」としれっと返してくれるのもリョーマの優しさなのだろう。
2人は揃って空を見上げていると、頭上で小さな飛行機が通り過ぎていった。
『……クリス、ちゃんと帰れたかな?』
ぽつりとりんが呟けば、雪見だいふくを食べ終えたリョーマが静かに頷く。
リョ「大丈夫でしょ。さっき向こう(アメリカ)の空港の写真送られてきたし」
『!ええっ何でお兄ちゃんにだけ?』
リョ「さぁね(…多分恥ずかしいんだろうな)」
ガン!とショックを受けるりんには、クリスの歯痒い心情など知る由もなかった。
だが、昔から彼等の間には入れない絆があるので、何となく納得出来てしまう。
『クリスのお家のこと…びっくりしたけど、安心した』
りんがクリスの前で泣いた後。
少し落ち着いた時に、クリスがこれからアメリカに帰ることと、家の事情を話してくれたのだった。
クリスは有名なマフィアの家系で、生まれた時から将来は実家を継ぐと決まっていた。
父親から20歳まで自由に生きて良いと言われていたが………最近になって組織の合併があり、後継者はクリスじゃなくなっていたらしい。
リョ「クリスが父親の話する時ってさ、いつもすごい機嫌悪くなるけど…隠してるのバレバレ」
『うん。本当は尊敬してるよね』
リョーマが溜め息を吐くと、くすくすとりんも笑ってしまう。
現に「あのクソ親父…ほんと勝手すぎなんだよ」と眉間に皺を寄せながらも、クリスは嬉しそうだった。
『でもすごいよね!クリスが推薦で行く高校って、プロテニス選手がいっぱい通ってたところなんだってっ』
りんは目を輝かせながら語っていた幼馴染の姿を思い出していると、ハッと兄の方を向いた。
リョーマの表情を見て、"ある可能性"を瞬時に想像してしまったのだ。
『………………お兄ちゃんも……?』
ドクン、ドクンと悲鳴のような鼓動が鳴っている。
クリスの試合を一緒に見た時から……リョーマが1人でアメリカに行った時から……もっとずっと前から、本当は気付いていた。
『(ずっと………考えないようにしてた)』
りんは呼吸が浅くなっていくのを感じながら、ただ兄の答えを待つ。
リョーマは天を仰いでいた視線をゆっくり落とし、りんの真っ直ぐな瞳を見据えた。
リョ「……黙っててごめん」
今まで聞いたことのない苦しそうな兄の声が、りんの胸を強く締め付ける。
リョ「ずっと迷ってた。だけど、事故に遭って……早く治してプロになって、世界中の選手と戦いたいって思いが強くなった」
「クリスに聞いたら、アメリカで腕の良いスポーツ医もいるらしくて」と話すリョーマの声が、どんどん遠ざかっていく気がした。
『それって、ずっと……?』
リョ「…うん。向こう(海外)に住むつもり」
その返答を聞いて、りんの呼吸は更に浅くなり、息苦しさを増していく。
やがて視界はぼやけ、だんだんと周りが暗闇に染まっていった。
ここは……りんが良く見ていた夢の世界と同じだ。
白石も、リョーマも一緒にいた筈なのに、忽然とそこから消えてしまう夢。
『(っでも今は…………夢じゃない)』
どんなに名前を呼びたくても声が出ない。
探しに行きたくても身体が動かない。
いつも救い出してくれる力強い声も……もう聞こえない。
りんは手の震えを感じながら、リョーマに向かって手を伸ばそうとした。
リョ「それで……これは俺の勝手な希望なんだけど…………」
リョーマは何処か言いにくそうにしながら隣を見ると、「…りん?」と目を見開いた。
『はぁ、はぁ…っ』と胸の辺りを思い切り掴んで、りんは俯いていた。
『(何で……っ息が出来ない、)』
酸素を求めるように呼吸をしようとすればするほど、悪化していく。
当たり前のことが出来ない自分に戸惑いながら、りんはその苦痛から涙を流していた。
リョ「!りん、どうし『おに…ちゃ、助けて………』
咄嗟に背中をさするリョーマに、りんは消え入りそうな声で懇願する。
もし本当に消えることが出来たなら……雪の中、白石が去っていった悲しみも、リョーマと離れ離れになることへの身勝手な不安も、全てなくなるのだろうか。
リョ「(っビニール袋…!)」
リョーマはりんの身体を支えながら、アイスを買っていたことを思い出した。
だが、すぐに食べるつもりだったのか袋はなく、必死に他の方法を探す。
『はぁ、は…っお……にいちゃ……』
リョ「……………っっ」
必死に腕を掴んでくるりんの顔を見て、リョーマはぐっと覚悟を決めた。
リョ「りん………本当にごめん」
リョーマはりんの口を自分ので塞ぎ、二酸化炭素を送り込む。
荒い呼吸が落ち着いてきたのを確認すると、優しく小さな身体を抱き締めた。
『(……………そっか、)』
その温かさに、今まで忘れていた幼い記憶が蘇ってくる。
『(私のファーストキスの相手は……………お兄ちゃんだったんだ………)』
りんはぼんやりとした意識の中、兄の香りに包まれながら漸く深い息が吸えた気がしていた。
