雪の日
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雀の鳴き声に合わせるように、朝日がだんだんと昇っていく。
吹雪のようだった雪は降り止み、冬の高い空はまだぼんやりと霧がかっていた。
りんは瞼を擦りながら……本棚の前に座っていた要に気付いた。
『要先生……?』
要「おーおはよ。昨日は悪かったな、看病させちゃって」
『全然気にしないで下さい。先生は…もう大丈夫なんですか?』
「うん、もう熱もないし元気」と笑う要につられるように、りんは安心して微笑んだ。
ふと、視線は自然と要の持っていたスケッチブックにいく。
りんの視線をたどり、要は「あー…これ?」とそれを軽く振った。
要「姉貴が俺に残したもの。亡くなってから親父に渡されたんだ」
昨夜、要からお姉さんの話を聞いていたりんは言葉に詰まってしまう。
要はそんなりんを見つめながら、「見ていーよ。特別な」と手招きする。
りんは隣で眠る雪を起こさないように移動して、躊躇いながらもそれを受け取り、中を開けた。
『………わぁ……綺麗な青空ー……』
何処までも永遠に広がっているような壮大な青い空に、目を奪われる。
ページをめくっていくと、そこには虹がかかった空と芝生に寝転がる青年の姿が描かれていた。
『(これって…………)』
次のページに描かれた青年は、真剣な顔をして勉強をしている。
また次のページは不貞腐れたような顔をしていて、次々にめくっていくと、青年を幼くしたような可愛らしい少年にたどり着いた。
要「……可笑しいだろ。ここにいる俺、全部すごい仏頂面なんだよ」
「もっと笑えば良かった」
そう呟いた要の横顔と、このスケッチブックに描かれた青年の横顔が重なって見えた。
りんはぎゅっと胸が切なくなるのを感じながら、『でも……すごい綺麗です』と溢していた。
『お姉さんは、要先生がすごく眩しかったんですね』
表情は、要の言う通り仏頂面かもしれない。
それでも……スケッチブックに描かれていた要はどれも光を纏ったように美しく、様々な色で輝いて見えた。
要はりんの言葉に切れ長の目を見開き、一瞬、泣きそうに揺らいだ。
すぐに顔を逸らしてしまった為それ以上知ることは叶わなかったが、りんはその変化に気付いてしまった。
『…あのっ要先生、これやりませんか?』
りんが指差した先には、チェスのボードと駒があった。
要は驚きながらも頷くと、2人は窓際の床にそれを広げる。
借りたクッションの上に正座しながら、りんは白の駒を動かしていった。
要「まさかりんがチェス出来るとは思わなかった」
『えへへ、そうですか?』
要「白石くんとする為に覚えたんだろ?」
『!』
黒の駒を動かしながら問う要に、カァァと顔を赤く染めるりん。
素直にコクンと頷くと、「やっぱり」と悪戯に笑ったのはいつもの要だった。
『まだまだ勉強中なんなんです。だから白石さんにも内緒にしてて…』
要「白石くん喜ぶと思うけど?(何なら教えたるとか言いそう)」
『えと///要先生はいつからチェスがお好きなんですか?』
恥ずかしさから無理やり話題を変えてしまうりんに、要は笑いを堪えながらも「いつだったっけなー」と顎に手を添える。
要「小学生の時、親が不仲だったって話したろ?その時、良く1人で遊んでたんだよ」
その頃、お姉さんは県外の美大に通っていたと話していた。
小学生の要にとって、それは唯一の現実逃避だったのかもしれない。
りんは次の駒を何処に置こうか考えながら、『もしかして…』とある可能性にたどり着いていた。
『…先生。私と最初に会った時、職員室に呼び出したのって、』
要「んー?髪の色が姉貴に似てるなぁって思ったから。からかいたくなっちゃった」
語尾にハートマークを付けるように話されても、『やっぱり…!』とりんは衝撃を受けずにはいられなかった。
それも、要が担任になった日……りんは髪の色を指摘されたり、学級委員にされそうになったり、断ったら壁に追い詰められたりしていたからで。
当時の強烈な印象だった要を、りんは泣きそうになりながら思い出していた。
『(はっ!)もしかして…要先生のお姉さん、学級委員だったんじゃ……』
要「おおー当たり。良くわかったな」
『(やっぱりそうなんだ…!!)』
私情を思い切り挟んでいた担任(※要)に、『大人って……』と良くわからなくなってしまうりんなのだった。
『…私、最初は要先生のこと、ちょっと怖いって思ってました』
見た目は白石に少し似ていると思った。だが、中身は全然違った。
要はいつも何を考えているのかわからなくて、意地悪な冗談を言ったかと思えば、急に優しくなったり、気付けば何でも相談に乗ってくれて…
『今は……要先生みたいな大人になりたい』
大人でも、先生でも、完璧じゃなくて良い。
生徒よりも楽しそうに化学の授業をして、悲しい痛みを知ってるから寄り添ってくれる。
そんな……優しい強さを持っている、要のような大人に。
要は思わずチェスの駒を動かしていた手を止め
て、面を上げた。
真っ直ぐに自分を見つめて微笑むりんは、朝日に反射されて栗色の髪をキラキラと輝かせていた。
要「(………違うよ、俺は全然良い先生なんかじゃない)」
聖華女学院を希望したのも姉が卒業生で、美術の担任として勤めていたからで。
教室で初めてりんに会った時も、窓の隙間から舞う桜の中で、姉を見た気がした。
そうやって、いつも何処かで姉の面影を探していた。
もう2度と会えないと知っていても。
ー要は絶対いい先生になれるよ
要「………あーもーほんとやだ、姉貴って」
『?』
要「それお兄ちゃんや白石くんに言うなよ?絶対泣いちゃうから」
『ふぇ、泣く?』
本気で首を傾げるりんに、やっぱり姉とは全然似てないなと要は優しく目を細めた。
要「はい。じゃあそんな憧れのかっこい〜要先生から質問があります」
『(かっこいいが増えてる…!)は、はいっ』
要「りんは、白石くんの他に好きな人いるよね?」
質問の意味が良くわからず、白い駒を動かそうとしていた手を止めた。
そんなりんに、「…じゃあ、質問変えるな」とゆっくり言葉を続ける要。
要「………お兄ちゃんに対する好きには、1つも恋情はないのか?」
『え…』と白い駒が手元から落ちていき、りんは慌てて拾う。
初めての問い掛けに戸惑いながら、助けを求めるように要を見ると真剣な表情をしていた。
『(お兄ちゃんのことは大好きで、小さい頃から私のヒーローで、)』
リョーマの顔を思い浮かべている時に、りんはハッと気付いた。
兄に彼女(梓)が出来てショックを受けていたら、要が相談に乗ってくれたことを。
『……えっと、要先生の目には、そう見えたんですか?』
要「うん。りんから話を聞いた時はまだわかんなかったけど、実際にお兄さんに会った時……確信した」
そんな前から…と驚きながらも、りんは何処か冷静だった。
要「…りんがそんなにお兄さんの事故に負い目を感じているのは、何か別の理由があるのかなって」
『(別の理由……)』
家族に嘘を付いて出掛けたから。あの時、リョーマの傍にいれなかったからだと……ずっと自分を責めていた。
『(………違う)』
リョーマに、白石と旅行に行った事実を知られたくなかった。
何故か……兄が傷付いてしまう気がしたから。
黙って考え込むりんの頭に、要の手がポンと触れた。
要「…ごめんな、困らせて。じゃー雪ちゃんが起きたら、朝食食べて送ってくから」
『あ、あの「ふぁ〜良く寝た。え、2人で遊んでる!?りん羨ましすぎー!」
雪の元気な声が部屋に響き渡り、先程までの緊張感は一気に消えていった。
雪「(もー昨日から寝たふりするのどれだけ大変だったか…)私も参戦します!」
要「え、雪ちゃんもチェス出来るの?」
雪「いえ全く。チェスをしてる要先生の絵を描かせて下さい!」
『あ、じゃあ私何か作りましょうか?冷蔵庫に卵と食パンがあったので(←昨日の看病の時に確認した)フレンチトーストとかで良ければっ』
「「フレンチトースト!?」」と2人の声が綺麗に重なり、りんは思わずクスリと笑ってしまう。
この後、要が1人でチェスをし続ける姿を雪が熱い視線を送りながら高速で描き、りんが慣れた手付きで朝食を作り……シュールな朝を3人で迎えたのだった。
***
大阪、四天宝寺高校のテニス部。
冬休みに行われる中高合同の"オサムちゃんのお笑い講座スペシャル・ノリツッコミ"の練習日だというのに、それに参加せずテニスコートで打ち合いをする2人の姿があった。
白「何や?スピード落ちて来たんちゃうか?謙也!」
謙「アホぬかせ!スターバイブルにも勝るスピードやっちゅー話や!」
「ふははは」と謙也がボールに追い付くと、今度は銀のように強い打球を打つ白石。
一才の無駄のない美しいフォームで白石がスマッシュを決めると、勝敗がついた。
「あの、これ良かったら使って下さい…っ!」
謙「おーおおきに!」
「白石さんには特別にイニシャル入りのタオルで…///」
白「ありがとうな。……って小春、何しとるん?」
小「何って酷いわぁ〜どっからどう見てもりんちゃんやないの!」
白&謙「「((え?りんちゃんやったんか…))」」
確かに、りんならもじもじと顔を赤らめて言うような台詞も、ただの小春にしか見えなかった。
そもそも、ふわふわのツインテールのカツラを付けただけで美少女のりんになれる筈もなく……
小「ほな、うさ耳も付けまひょ〜〜」
白「…小春、俺のりんちゃんをこれ以上汚すんやないで?」
最初はただ呆れていた白石だったが、遂に本音が出てしまう。
ゴゴゴゴ…と爽やかな声とは正反対のものが白石の背後に見えて、「ひぃ!助けてぇ謙也きゅん!!」と小春はサッと謙也の後ろに隠れた。
謙「(今のは小春が悪い…)どないした?まーたりんちゃん不足か?」
「うん…」と即答した白石の表情は何処かいじけているようで、謙也はだから試合に誘ったのか…と納得する。
小「…2人とも、さっさと着替えて紅葉の店に集合!!」
白&謙「「え??」」
小春に背中を押され、強制的に部室へと連行されていく。
似ても似つかない筈なのに、風になびく栗色の柔らかい髪(カツラ)を見つめながら、白石はりんの姿を思い出していた。
数分後……"お好み焼き カエデ"にはお馴染みのメンバーが勢揃いしていた。
千「2人が来るまで、あと3秒たい」
健「千歳、ここで才気煥発せんでも…」
金「あー!やーっと来た。ほんまに千歳の言う通りや!」
「堪忍な〜もー2人が激しくって!」と小春が既に座敷に座っていた皆に説明すると、「そういうことっスか」と何故か頷く財前。
謙「勘違いせんといてや!?普通にテニスしとっただけです!」
ユ「ムキになってんのが怪しいわ〜」
白石は「アホか」と笑いながら空いていた財前の前に座ると、じっと前から視線を感じた。
白「ん?何や財前?」
財「…別に。部長のその顔、見覚えあるな思うて」
「男前っちゅーことか?」とキランとわざと決め顔を作ると、財前に心底呆れた顔をされ、盛大に溜め息を吐かれてしまう。
問い掛ける間もなく紅葉が注文を取りにきたので、謙也と共に「「いつもの」」と声を揃えていた。
銀「紅葉はんいつも堪忍な…騒がしくしてもうて」
紅「そんなこと言うてくれるん銀だけやわ。あーうるさい、特に謙也」
謙「俺!?今着いたばっかなんやけど?」
幼馴染の掛け合いに「はははっ」と白石が笑っていると、その様子に財前が立ち上がった。
財「………うざいっスわ。その爽やかな仮面」
謙「え、俺うざい??」
財「謙也さんのことじゃないっス。まぁ謙也さんもうざいけど」
紅葉と財前のダブルパンチを喰らった謙也は、しくしくと泣き出す。
財前は不機嫌そうに眉を寄せ、目の前に座る白石を見据えていた。
ユ「ど、どーした?反抗期か?」
小「光落ち着いてぇや。確かに蔵リンは爽やか100%やけども!」
財「許せへんところあるくせに、いつまで格好付けとるんですか?」
財前の重みのある言葉に、騒がしかった皆もしん…と大人しくなる。
白石は同じように真っ直ぐに見返して、「…財前に隠し事は出来ひんな」と発した声は落ち着いていた。
白「クリスマス会した頃からか?ずっと何か言いたそうやったもんな」
金「え?白石、りんのこと可愛い可愛い言うとって、めっちゃ普通やったで?」
謙&紅「「((確かに………))」」
このお店で皆でクリスマス会をした時、白石はりんから貰った手編みのニット帽を被って自慢していたくらいだ。
それよりも、金太郎が覚えてしまうくらいに普段からこの幼馴染は惚気話をしているのか…と、謙也と紅葉は勝手に気恥ずかしくなっていた。
財「りんに構ってもらえへんからって、いつまで女々しくいじけとるんスか?」
白「はは、女々しいかぁ…確かにな」
財「……なら今から俺が東京行って、りんのこと慰めて可愛がって良いんスね?」
苛立ったその言葉に、今まで黙って聞いていた白石の眼光が鋭く光った。
財前と同じように立ち上がると、「俺の分誰か食べとって」と言い残してテニスバッグを手に取る。
白「ごめんな。慰めて可愛がるんは俺の特権やから」
財前とすれ違い様に低い声で囁いてから、白石は店を出て行った。
その拍子にぽんっと肩を優しく叩かれていたので、また格好付けて…と財前は呆れる。
千「…財前は優しか。前もりんの背中押し取ったばいね」
青学が大阪に来た際、白石への想いに気付き掛けていた彼女に、財前がアドバイスをしたことがあった。
ニコニコ笑う千歳にチッと舌打ちをしそうになりながらも、財前の言動は単純な理由だった。
財「………まぁ、どっちのことも好きなんで」
白石に一生懸命、恋をしているりんに惚れたのだ。
"好き"と素直に言葉にしてしまったことにハッと気付いた財前は、カーと顔が赤くなっていく。
「…そんじゃ、お先です」と隠すように立ち去ろうとしても、ガッと両肩を掴まれてしまった。
小「待ってぇや光〜もうっほんまにツンデレさんなんやから!」
ユ「浮気かっ!いや、ここまで来たら色々聞かせて貰うで?大好きな2人のこと」
財「!は?嫌っスわ。ちょ、先輩ら力強っ」
嫌がりながらも"大好き"を否定しなかった財前に、皆はニヤニヤと口元を緩める。
財前を中心に再び騒がしくなると、紅葉はくるっとお好み焼きをひっくり返しながら「…どう思う?」と声をひそめた。
謙「?どうって?いつものことやろ、白石がりんちゃんのことで必死になるんは」
紅「まぁそうやけど……なんや、胸騒ぎする」
良く理解していない謙也に「もうええわ」と返す紅葉。
じゅーじゅーと美味しそうに出来上がったお好み焼きを見つめながら、紅葉の瞳は心配そうに揺らいでいた。
***
*白石side*
俺は一度家に帰ってから貯金箱をひっくり返し、急いで東京行きの夜行バスに乗ろうとしていた。
元々東京に行く為にちょくちょくバイトをしとったから、行き帰りのお金の心配はいらない。
そわそわしながらバスを待っとると、鼻先に冷たいものが触れる。
パラパラと降り出す白い雪を見上げて、「りんちゃん…」と思わず呟いていた。
白「(早よ会いたい……会って、思いっきり抱き締めたいわ)」
りんちゃんの優しくて温かい体温に包まれると、身も心もほぐれていくから。
白い景色の向こう側にバスを見付けると同時に、『白石さん』と恥ずかしそうに微笑むりんちゃんの声が聞こえた気がした。
ーー結局、東京に着いたのは翌々日の朝やった。
大雪の影響でバスが停まってしまった時はどうなることかと思ったけど……何とか無事に着いて良かったと胸を撫で下ろした。
長く座っていた為に凝ってしまった肩を伸ばしながら、携帯を確認するとまだ早朝なことに気付く。
りんちゃんにはバスの中で〈今から会いに行く〉と連絡していた。せやけど、未だに既読は付いてへん。
白「(……来て良かったんやろか)」
財前の言葉に挑発された勢いで来てしもうたけど、俺の中にある不安が募っていく。
越前くんが事故に遭って入院して以来、俺達が連絡する頻度は減っていて、りんちゃんのことやから毎日お見舞いに行って忙しなくしとることはわかる。
わかっとるけど……チクリと痛んでしまう心は抑えようもない。
白「(……ほんまに女々しいなぁ、俺)」
旅行に行った時はぐんと距離が縮まった気がしとったのに………りんちゃんがまた遠くに行ってしまった気がする。
俺は霧がかった街の中を歩き、取りあえず温まりながら時間を潰そうと近くのファミレスに入った。
いくら連絡が返ってこぉへんからって、流石に朝から越前家に行くのは気が引ける。
それに今度こそ、絶対に南次郎さんに殴られるやろうし……
俺はファミレスから出てしまったことを後悔しながらりんちゃん家にゆっくり向かっとると、家の前に恋焦がれた子が立っとることに気付いた。
白「!りんちゃ…」
思わず呼んでしまいそうになった時、ハッと息を飲んだ。
何故かりんちゃんの隣には水城(※要のことを白石さんは呼び捨てしてます)がおって、倫子さんと菜々子さんに頭を下げとる。
暫く話した後、水城は1人で車に戻っていき……その後をたたたっと小走りでりんちゃんが追いかけていた。
白「(……どーいう状況や?)」
俺は訳がわからずに身を潜めとると……車の中から水城の腕が伸びて、りんちゃんの頭を撫でていた。
遠くからでもりんちゃんの頬が桃色に染まっとるのが見えて、ドクンと鼓動が大きく跳ね上がる。
白「……何………しとんのや、」
りんちゃんがそういう顔するんは、俺と………越前くんの前だけやないん?
触れるな。
俺のりんちゃんに、誰も触るな。
甘い蜜のような愛情、行きすぎた独占欲、醜すぎる……嫉妬。
俺の中でドロドロした感情が混ざって溢れ出した瞬間、目の前が真っ暗になっていた。
