雪の日
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*りんside*
要「本当に、申し訳ございませんでした」
倫「いえいえ〜良いんですよ。頭上げて下さい。雪予報なのにこの子が遅くまで遊んでるのが悪いんです。
わざわざ車で送って頂いてありがとうございます」
菜「もうお身体は大丈夫なんですか?」
要「はい。娘さんの美味しい手料理を食べたらもうすっかり」
あれから、要先生が車で私と雪ちゃんを送ってくれた。
玄関先で話し込む3人を見ながら、私はお父さんのことが気掛かりだった。
菜「大丈夫。叔父様はりんちゃんを待ってる間に寝ちゃったから」
『そっか……』
私の不安を見抜いて、こっそり教えてくれる菜々子さん。
心配を掛けて申し訳ない気持ちと、要先生が怒られなくて良かったという気持ちで複雑になる。
先生と楽しそうに話すお母さんは少女のようで、私は何だかなぁと思いながら眺めていた。
要「じゃあ私はこれで。また学校でな、りん」
『あ、はいっ』
ペコリと一礼して去って行く要先生を見送りながら、私は聞かれたことを思い出していた。
ー………お兄ちゃんに対する好きには、1つも恋情はないのか?
『……要先生っ!』
既に車に乗っていた先生は、すぐに気付いて窓を開けてくれた。
「どうした?」と聞かれて、私は息を整えながらも真っ直ぐにその目を見つめた。
『私……お兄ちゃんのことが大好きです。大好きで、誰とも比べることの出来ない大切な人です』
病室のベッドに横たわるお兄ちゃんを見た時、私は消えてしまいたいと願った。
お兄ちゃんのいない世界でなんて、生きていきたくないから。
『でも、それは恋じゃないんです』
あの人が微笑むと胸がぎゅうっと締め付けられて、泣きたくなる。
あの人のことを考えることがこんなにも嬉しくて、幸せなのは………私がどうしようもなく恋をしているから。
『私の心は、もう白石さんのものなんです。ドキドキするのも、切なくなるのも…白石さんだけなんです』
そう伝えて微笑むと、要先生の眼鏡の奥の瞳が寂しそうに揺らいだ気がした。
「…そっか、俺とは違うか」と独り言のように呟く。
要「わかったよ。でもそれ、俺にじゃなくてちゃんと本人に伝えた方がいーよ」
『ふぇ!?///』
こんな大告白(?)を白石さんに直接??と、私は想像するだけでボンッと顔が熱くなる。
先生は私の気持ちなんてお構いなしに楽しそうに笑いながら、「りんなら大丈夫だよ」と頭を撫でてくれた。
要「…ありがとな」
『?』
「じゃーまた新学期に」と言い残して、要先生の乗った車が遠ざかっていく。
私は何のお礼だろう?と不思議に思いながらその場所を見つめていると、突然「りんちゃん!」と呼ばれた。
『し、白石さん…っ!?』
白「………………っ」
今まさに話していた人が目の前に現れたので、私は夢を見ているのかな…?と自分の頬をつねってみる。
「現実やで」とツッコミを入れてくれるのはいつもの白石さんだけど、何だか様子が変だった。
白「…はは、りんちゃんが携帯見てへんのって、そういうこと?」
『え?……あ!もしかして連絡してくれましたか?ごめんなさいっ昨日は「ううん、もうええ」
白石さんの声色が苛立ったものに変わると、私はビクッと身体を揺らした。
驚いて見上げると、白石さんは息を吐きながら顔を自身の手で覆っていて、どんな表情をしているのかわからなかった。
『…れ、連絡返せなくて本当にごめんなさい。昨日あったこと、ちゃんと説明させて欲しいです』
白石さんがゆっくり頷いたのを確認すると、私はその冷たくなった手を取って近所の公園に連れていった。
そこは小さな湖のある公園で、小さい頃に白石さんと初めて出会った思い出の場所ー…
まだ朝も早く寒いからか人気はなく、私と白石さんはベンチに腰掛けた。
『(……たくさん、心配かけちゃったよね)』
もし私が白石さんの立場でも、何かあったのではと不安になってしまう。
それできっと……大阪から会いに来てくれたんだ。
『それで、要先生のことなんですけど…』
白「……うん」
私は、昨日は雪ちゃんと遊んでいたこと、大雪で帰れなくなってしまったこと……要先生が熱を出して看病していたことを説明した。
白石さんは相槌を打ってくれていたけれど、その表情はずっと暗いような気がした。
白「事情はわかったけど……それ、ほんまに雪ちゃんもおったん?」
『?え…?いました、雪ちゃん家の方が近かったから先に別れて、』
白「ほんまは看病もりんちゃんが殆どして、先生と一緒におったんやないか?」
『……!ちがっ』
"違う"と最後まで言い切れなかった。
夜に要先生が話してくれたこと、朝方にチェスをしながら話したこと………確かに、2人だけの秘密のような時間だった。
でも、要先生に起こった悲しい出来事を白石さんに話すことは出来なくて。
私も、要先生から聞かれたことを白石さんに知られたくなかった。
『2人で話した時間はあったけど……でも、白石さんが思ってることは何もないです』
思わず俯きながらそう伝えると、白石さんの手が伸びてきて私の顔を上げさせた。
白石さんの切れ長の瞳は怒りと悲しみが混ざったように揺れていて、ドクンドクンと鼓動が急速に音を立てていく。
白「……俺が思っとることって何?」
『あの「俺が何に心配しとんのか、ちゃんとわかってるんか?」
「わかってて…わざとやっとるん?」と白石さんに聞かれても、何も言えなかった。
ただ、パッと手が離されただけでズキンと胸が痛んで、私は自分の冷たくなった掌を握り締めた。
白「……ほんまは、越前くんが事故に遭って嬉しいんとちゃうか?」
『…………え?』
白「大好きなお兄ちゃんのお世話出来るもんなぁ。俺と電話なんかしとる暇あったら、越前くんが心配やからお見舞いに行きたいんやろ?」
「ずっとりんちゃんの世界の中心は、越前くんやからな」
そう冷たく言い放った白石さんに、私は驚いて言葉を失った。
お兄ちゃんが事故に遭って、嬉しい筈ない。
クリスの試合を見ながら早くテニスがしたいと言っていたお兄ちゃんの顔を思い出した瞬間、溢れ出した透明の雫が私の掌の上に落ちた。
『(…お兄ちゃん、私に言わないけど、すごい苦しんでる)』
いつも何でもないように振る舞ってるけど、車椅子から松葉杖に代わり、転倒していたお兄ちゃんを見てしまったことがある。
看護師さんからも、お兄ちゃんがリハビリをすごく頑張ってることを聞いていた。
『(……っそういうの、白石さんは何も知らないから、)』
その悔しさより……優しい白石さんにこんな台詞を言わせてしまったのは、私だということ。
大切な人を、大事にしたいのに出来ないこと。
その事実が悲しくて……………こんなにも苦しい。
白「………っ」
白石さんは声もなく涙を流している私に気付いて、手を伸ばして触れようとする。
…けれど、その手は迷ったように空を掴み、いつものように拭ってはくれなかった。
白「……なぁ、俺達………………距離おこか」
言われた言葉を、私はすぐに理解することが出来なかった。
いつの間にか降り出した雪が白石さんの横顔にかかり、それが涙のように頬を伝っていくのを静かに眺めていた。
白「りんちゃんも今は越前くんのこと心配でしゃーないやろ?俺も部活とか大学受験とかで忙しくなるし『あ、あの』
『距離って、どのくらい……?』
重たい空気の中、白石さんの返答を待つ時間がとても長く感じた。
ドクンドクンと心臓が壊れそうなくらい音が鳴っているのがわかって、私は自分の胸に手を当てていた。
白「………それは、俺もわからへん」
『い、嫌です。私……白石さんと一緒にいたい』
泣きながら発した声は震えていて、酷いものだった。
白石さんの顔が見たいのに、強くなっていく雪がそれを邪魔していた。
白「いや……ちゃう。ちゃうな………ごめんな、俺がもう余裕ない」
「このままやと嫉妬で可笑しなる………」
独り言のように小さく呟いた白石さんの声も、何故か震えているような気がした。
立ち上がった白石さんの手を咄嗟に掴むと、静かに振り払われてしまう。
『………………いや、』
ーりんちゃん、大好きやで
『……っ白石さん!』
私は慌てて立ち上がって追い掛けようとすると、何かに躓いて転んでしまった。
パラパラと降りしきる雪の中、白石さんが一瞬立ち止まったように見えたけど……振り返らなかったその背中が、どんどん小さくなっていく。
『行かないで、白石さん……っ!』
必死に叫んでも、雪に埋もれるように私の声は届かない。
遠くなって見えなくなっても、私はずっとその名前を呼び続けていた。
『(………先生も、こんな気持ちだったの?)』
銀色に染まる世界の中で、私の世界だけが真っ黒に染まっていくような気がした。
***
『(ここ、何処だろう…?)』
辺りを見渡すと、いつの間にかお兄ちゃんの病院に来ていた。
とても家に帰る気になれなくて、どうやってここまで来たのか、もう何分経ったのか何もわからない。
「…………りん?」
ゆっくり振り返った私を、目を丸くして見ていたのはクリスだった。
ク「っどうした?傘ないのか?」
振り続ける雪の中、クリスが駆け寄って自分の傘を差し出してくれる。
私はクリスに聞かれたことで初めて、自分が傘も持たずに佇んでいたことに気付いた。
ク「!手も冷たいな…何かあったのか?」
『…………クリス、』
手を取って何とか温めようとしてくれるクリスを見ていたら、瞳の奥がじわりと熱くなっていく。
さっきまでずっと泣いていたというのに、まだ溢れ足りない涙にうんざりする。
『白石さんと話してたの……せっかく会いに来てくれたのに、私…………』
振り返らずに遠のいていく背中だけが、鮮明に脳裏に焼き付いて離れてくれない。
今すぐ会いたい。まだ、伝えていないことがたくさんあるのに。
『……私が全部、壊した…………白石さんのこと、大好きなのに………っ』
私が知っている恋は、胸が痛くなっても、すぐに優しく包まれて和らいでいった。
そして……想いが募っていくほど、甘い気持ちでふんわり満たされた。
でも、こんなに痛くて、呼吸が出来ないくらい苦しくて、胸が張り裂ける想いは…………知らない。
『(きっと白石さんは………もう、私に笑い掛けてくれない)』
「りんちゃん」と柔らかい声で名前を呼んで、愛おしそうに瞳を細めて微笑んでくれる。
私の中で当たり前になっていた白石さんは……もういないんだ。
ぽた、ぽた、と真っ白な地面に染みが出来ては、かき消されていく。
子供のように泣きじゃくる私を、いつの間にかクリスがそっと抱き締めていた。
『……っお、お兄ちゃんとね、泣かないって約束したの……』
ク「……そっか」
『ごめんね、今だけ、だから……っ』
散々泣いた声は、悲痛の叫びのようだった。
クリスはそんな私の背中を摩りながら、「…そんな悲しいこと言うな」と呟いた。
白く降り積もる雪が、溶けて透明になるように。
この苦しい想いも一緒に消え去ってしまえば良いのにと……私は涙をこぼしながら願っていた。
