雪の日
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三が日が過ぎた頃、りんはとあるイベントに参加していた。
「初釜」と呼ばれる、年が明けて初めて行われる茶道のお茶会である。
母の倫子が先生である為、何度か参加しているが……いつもより華やかな空気を纏った場所に、りんは少し緊張していた。
「相変わらずりんさんの所作は美しいわねぇ…」
「本当よね、さすが越前先生の娘さんだわ」
明るいパステルグリーンの振袖を身に纏い、長い髪を綺麗に纏めた姿を生徒達はうっとり見つめていた。
りんはというと、そんな彼女達の気持ちも露知らず、お茶を点てながらある事を考えていて……
『(……お兄ちゃん、どうしてるかな?)』
元旦の病院へのお見舞いは禁止されていた為、従兄弟である碧一家と共に訪れたのは……つい最近のことだ。
碧は「あにきー!」と涙を必死に堪えていて、(←泣くと武士に反するらしい)その姿を見ながらりんも潤んだ瞳がばれないよう、そっと涙を拭った。
『(一番辛いのはお兄ちゃんだから)』
ー……笑って、欲しいのに
リョーマが事故にあって駆け付けたあの日……泣き止まないりんに向かって、そう言った。
兄は辛いことがあっても人に言わない性格だ。
それを十分わかっているりんは、せめて明るく笑っていようと決意したのだった。
『(今日の和菓子、お兄ちゃん好きそう…余ったら貰えるかな)』
「見て、りんさんの集中力…」
「す、すごい気迫ね……何だか緊張しちゃう」
しゃかしゃかとお茶を点てるりんの集中力に、ゴクリと息を飲む生徒達。
だが、残念なことに本人の頭の中は兄のことで埋め尽くしていて、何も聞こえていないのだったー…
***
無事にお茶会が終わり、りんはそのまま初詣に出掛けることにした。
元々、お寺の中にお茶室が入っていた為、移動は最小限で済む。
倫子が生徒達と話をしている間は退屈なので、することがあって良かったとりんはお寺を散策しながら思っていた。
『(お守り買いたいな)』
ウロウロと境内を歩いていた時、「お前ら〜ふらふらすんなって」と聞き慣れた声が響いた。
赤「だってたこ焼き美味そうだったから…ほら、先輩にもあげるっスよっ」
仁「すまんのぅ。猫を見かけて遊んでたナリ」
丸「ったく、それならせめて一声掛けるか連絡入れろっての。すぐいなくなるって……小学生かっ!」
丸井に叱られてしょんぼり肩を落としているのは、赤也と仁王。
ポカンとその光景を見ていたりんは、彼等に声を掛けるのが遅れてしまった。
『あ、あの…先輩っ』
丸「っっっ!?」
赤「え、りん!?」
仁「!何でここにおるんじゃ」
驚きすぎてひっくり返りそうになっている丸井に申し訳なさを感じつつ、おずおずと近寄るりん。
3人が驚くのも無理はない。
神奈川県の鎌倉に位置するお寺に、何故りんがいるのか…と咄嗟に理解出来る筈もなかった。
『えと、今日は母の付き添いで…』
りんは特別なお茶会の為ここまで来たことなどを、手短に説明した。
ふんふんと聞きながらも、3人の興味はその姿にあるらしく……
赤「へ〜そんなんあんのか。てかすげー似合ってんじゃん、振袖」
仁「りんは淡い色が似合うのぅ」
『ありがとうございます///』
寒くないようにと首元に白いファーのマフラーを巻いたりんは、この寒空の下に良く映えていた。
『えへへ』とはにかめば頬が桃色に染まり、同時に男子達の心もきゅーんと癒されていく。
『(そうだ…!)丸井先輩、赤也先輩、仁王先輩。あけましておめでとうございます』
丸「おーおめでと。今年も宜しくな」
ペコリと改めて頭を下げるりんに、相変わらず律儀だなと笑みが溢れる。
優し気な表情で彼女を見つめる丸井に、赤也と仁王は「「ゴッホン!!」」と咳払いした。
赤「俺らさっき待たせたお詫びに、何か買ってくるっス!」
丸「は?何だよぃ急に」
仁「まーまー積もる話もあるじゃろ」
丸「お、おい…!」
声を挟む間もなくそそくさと行ってしまう赤也と仁王。
取り残された丸井はちらりとりんの方を見ると、同じく戸惑っているようだった。
丸「(ったくあいつら…)もうお参りしたのか?」
『い、いえっさっき来たばかりなので、』
「…じゃあ、一緒に行くか」と誘われ、りんはぱっと面を上げる。
何処かそわそわと返事を待っている丸井を見上げながら、『はいっ』と笑顔で頷いた。
三が日が過ぎていることもあり、参拝者は少しの列が出来ているだけのようだ。
りんは『(お兄ちゃんが一日でも早く良くなりますように…)』と何度も祈った後、無事に健康祈願のお守りを買うことが出来た。
丸「越前、早く良くなるといいな」
『ふぇ!?何で…』
丸「?何でって、幸村くんから聞いたから。ん?幸村くんは柳から聞いたんだっけ…柳は乾に聞いたらしいけど」
どうやら、自分の知らないところでリョーマの事故の件が知れ渡っているらしい。
「皆越前と試合したがってるしなー」と続く丸井の言葉に、りんは顔を曇らせた。
丸井はその横顔を見つめていた視線を、「おっ甘酒配ってるじゃん!」と別の方向に向けた。
丸「はいよ、苦手だった?」
『い、いえ…大好きですっ』
"大好き"は自分に言っていないとわかっているのに、やはりドキッとしてしまう。
丸井は照れを隠すように甘酒に口を付けながら、『おいしい』と微笑むりんに安堵した。
丸「(…やっぱこっちの顔だろぃ)」
りんは落ち込んだ顔より、明るい笑顔が良く似合う。
ふっと表情を緩める丸井を、甘酒で温まりながらりんもこっそり見上げていた。
『…ありがとうございます、丸井先輩』
丸「甘酒?どーいたしまして」
『はいっそれも……他のことも』
自然と明るい方へと連れて行ってくれる丸井に、りんは何度も救われていた。
「あんま無理すんなよ」とぽんぽんと頭を撫でられ、『はい!』とりんの心はすっかり軽くなっていた。
そんな仲睦まじい2人を、こそこそと不自然に見守っている男達もいてー………
赤「なーんかいい感じじゃないっスか?」
仁「ブンちゃん耳まで真っ赤じゃのぉ」
おでんのはんぺんを頬張りながら言う赤也と、同じく卵を食べながら静かに頷く仁王。
丸井に負けじと、自分達もりんの性格は良く理解しているつもりだった。
迷惑を掛けまいとあまり人に悩みを相談しないこと、自分の気持ちを後回しにしてしまうこと…
なので丸井と同じように、彼等も無理に聞き出すことはしなかった。
赤「ま、越前のことで悩んでるってバレバレなんスけどね」
仁「…本人は上手く隠せてるって思ってるんが不思議ぜよ」
溜め息混じりに、うんうんと赤也も大きく頷く。
赤「そこがりんの可愛いとこなんだけどー」
丸「なーにが可愛いって?」
赤「うわあ!?熱っっ!」
ピトッと赤也の頬に熱いものが当たると、慌てて身を引く。
甘酒の入ったコップを持ちながら丸井が真後ろに立っていたので、「き、聞いてたんスか?」と赤也の頬が引き攣った。
丸「いや?おでんの美味そうな匂いすんなーって思ったらお前がいただけ」
赤「食欲こっわ!!そんで俺はついでなんスね…」
仁「ほれ、りんも食べんしゃい」
『わぁ、いただきますっ!』
彼等の話題に上がっていることなど微塵も思わないりんは、仁王から割り箸を貰って目を輝かせる。
明るく笑うりんにつられるように、3人も夢中で食べ始めるのだった。
***
『ーーそれでね、そこのお寺にお茶屋さんがあってね、皆でお汁粉も食べたんだぁ』
リョ「へぇ、良かったじゃん(食欲無限な人達…)」
病室でリンゴを剥きながら、昨日の出来事をリョーマに話して聞かせるりん。
『お母さんがすごい楽しそうでねー』と呆れを含みながらも笑っているので、立海の3人に会えて相当嬉しかったのだろうと想像出来る。
リョ「(…やっぱウサギなんだ)」
しゅるる…とりんは慣れた手付きで皮を剥き、素早くウサギの耳を作っている。
そこにフォークを通して、『はいっお兄ちゃん』と自然と口元に差し出した。
リョ「!いいよ、自分で食べるから」
『え?でもお兄ちゃん、腕怪我してるし…』
リョ「片手で出来るよ」
しゅん、とあからさまに落ち込むりんに少しの罪悪感を感じながら、リョーマは自分でリンゴを口に運ぶ。
食べてる間も何処か残念そうに、心配そうに自分を見つめてくるりん。
リョーマは「…さんきゅ」とだけ溢していた。
『……リンゴ美味しい?』
リョ「うん」
ぱああっと自分の一言で大きな瞳を輝かせる妹に、リョーマの口角もふっと上がる。
もう片方の怪我をした腕を上げそうになった時に、頭を撫でようとしたことに気付いて恥ずかしくなった。
リョ「もうリハビリも始まってるし、そんな心配しないで大丈夫だから」
『う、うん……そうだよね、』
毎日、見舞いに来ているのでリョーマの怪我の状態は知っているだろう。
それでもりんは身体を拭くのを手伝おうとしたり、さっきみたいに当たり前に食べさせようとしたり……甲斐甲斐しいにも程があるのだ。(※ブラコンなのは百も承知)
リョ「余計なこと考えてないよね?」
『え…?』
リョ「……俺の怪我、自分のせいとか思ってないよね?ってこと」
その言葉に、りんはハッとした顔をする。
『……そんなことないよ』と静かに答える声も、何処か震えている気がした。
『でもね、私が嘘を付いて出掛けなければお兄ちゃんは無事だったのかなって……どうしても、考えちゃうの……』
きゅっと膝に置いた手を握り締めるりんに、リョーマは予想通りだった…と溜め息を吐いた。
リョ「何言ってんの?全部俺のせいに決まってんじゃん」
『っお兄ちゃんのせいじゃないよ、』
リョ「じゃあ、りんのせいって言えばいいの」
『…っっ』
その時、りんはリョーマに自分のせいだと責められることを想像して、胸がズキンと傷付いた。
ベッドに横たわって動かない兄の姿を見た衝撃が………ずっと、ずっと。脳裏に焼き付いて苦しい。
リョーマは痛そうなほど掌を握り締めるりんを見て、「…りん」とこちらへ来るように呼んだ。
戸惑いながらも近付くりんの額に、怪我をした腕をゆっくり上げ、とんっと小突いた。
『!??ふぇ、』
リョ「……ほら、もうこんなに回復してるし」
ポカン…と呆けるりんに「今度はデコピンする?」と聞くと、ふるふると勢い良く首を横に振られる。
その反応を無視してまた腕を近付けると、ビクッとりんの身体が強張った。
『……?お兄ちゃ「こんな怪我、すぐに治してやるから」
待っていた痛みは訪れず、りんはそおっと瞼を開けると……リョーマの手は自分の頭の上に置かれていた。
りんを安心させるように僅かに微笑む兄の顔を見てしまえば、涙が溜まっていく。
リョ「もう泣かないんじゃなかった?」
『お、お兄ちゃん酷い……っ』
りんはぐうっと目に力を入れて泣くのを我慢しているというのに、リョーマは何故か楽しそうだ。
頭の上に置かれた体温が優しくて、りんはさっきからそわそわと落ち着かなかった。
『……あのね、お兄ちゃん。頭撫でて欲しい』
『だめ…?』と涙を含んだ瞳のまま聞くと、リョーマがふいっと顔を背けた。
その顔が赤く染まっていることなど気付かないりんは、只々不安で泣きたくなってしまう。
「はーい、定期検査の時間ですよー」
ガラッと病室のドアが開くと、見慣れた看護師のお姉さんが立っていた。
リョ「……残念だったね。また今度」
『!』
ガーンとショックを受けるりんに淡々と告げると、リョーマは車椅子に乗って去っていく。
彼の機嫌の良さに気付いたのは看護師さんだけで、りんは温もりの残った頭にそっと手を乗せたのだった。
