優しい嘘
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<白石さんへ。
突然でごめんなさい。いつも上手く伝えられないので、手紙を書いてみました。
最近、毎日白石さんのことを考えていることに気付きました。
授業中も今何の授業をしてるのかな?とか、早く会いたいなぁと思ってしまいます。(要先生に怒られたこともありました…)
廊下でたまにすれ違うことが嬉しかったり、練習中も声が聞こえただけで幸せな気持ちになれます。
白石さんと同じ空間にいれることが、とてもとても嬉しいです。
この間、白石さんに"触りたい"って言ったこと…。もし困らせてしまったならごめんなさい。
今のままで十分幸せだって思ってます。でも、白石さんといるとどんどん欲張りになってしまうんです。
この合宿が終わって、また距離が離れてしまったとしても、この気持ちはずーっと変わりません。
白石さんが、大好き。>
白「越前くん、ちょっと…話さへんか?」
静かで、重みのある白石の声が大きく響き渡る。
リョーマは真っ直ぐに見据えてくる瞳から目を逸らさずに、ゆっくりと頷いた。
白「…その手紙って、りんちゃんから?」
それを聞いて何かを察したリョーマは、「…ああ、はい」ともう一度頷く。
リョ「さっき突然渡されて。白石さんも貰ったんスか?」
白「………うん」
"も"と言うのがついでのように感じて、白石は無意識の内に眉根を寄せていた。
その反応で"予想"から"確信"へと変わり、リョーマは「見ていいっスよ」と手紙を渡した。
予想外の行動だと言わんばかりに白石の目は大きく見開かれ、再びリョーマを疑うように見つめる。
白「流石に、人様の手紙を見るのは気がひけるんやけど…」
リョ「じゃあ俺が開けますよ」
返事を待たずに躊躇いなく封筒を開けるリョーマ。
ペラリと中の便箋を開き、それを白石の前にかざして見せた。
白「………………これは、絵?」
リョ「……絵っス」
そこには、一目でリョーマだとわかる男の絵が描かれていた。
やけに背景がキラキラと輝き、少々美化されているもの……そのクオリティの高さには驚かざるを得ない。
「う、上手いなぁ…」と白石も思わず素直な感想を述べてしまうほどだった。
リョ「これがどうかしたんスか?」
白「いや…俺が勘違いしてたみたいや。ごめんな」
白石の誤解も解けたらしい。敵視するような鋭い視線が消えて、リョーマも安堵した。
……のも束の間、「…もう一個聞いてええか?」と白石の質問はまだ続いていた。
白「…りんちゃんのファーストキスの相手って知っとる?」
リョ「!え、」
この質問は予期していなかったので、リョーマの声も思わず上擦る。
だが、白石の表情からして真剣に問うているのだろう。
「…それって、この間のクイズ大会のことっスか?」と、リョーマは念のため確認しておくことにした。
白「うん。あの先生(水城)の言うことやから、信用せん方がええ思うんやけど」
リョ「…………」
確かに水城要のことはリョーマも苦手であるが、ここまで胡散臭く思われているとは…と少しだけ同情してしまう。
リョ「…多分、カルピンのことだと思うんスけど」
白「えっ猫ってカウントされるん!?」
リョ「さぁ…でも、俺が知ってるのはそのくらいです」
安心からか、白石の身体はへなへなと力を失くしていく。
もしかしたらその相手は……と疑ってしまった自分が情けない。
とは言っても、いつもりんに接近出来るカルピンを少々…かなり羨ましいと思ってしまうのも事実で。
ふわふわの毛を持つ猫とりんがキスをする姿を想像し、悶々とする白石に「…あの、もう良いっスか」とリョーマは声を掛けた。
白「っああ、引き止めて堪忍な。おやすみ」
リョ「はい」
歩き出した白石の背中を、リョーマは静かに見据える。
再び封筒を取り出して、先程は"見せなかった"方の便箋を開いた。
"お兄ちゃんへ"と綴られた文字は、自分が昔から知る妹の字だ。
リョ「…………馬鹿りん」
ぼそりと呟いた声は自分にしか聞こえない。
恥ずかしそうに笑って手紙を渡しに来た顔を思い出しながら、リョーマはそれをポケットに戻した。
***
雲一つない青空の下ー…中庭では、輪になって腰掛ける男子高校生達の姿があった。
彼等の視線は同じところにあり、"それ"が開けられた瞬間、パアッとわかりやすく表情が華やいでいった。
菊「おっいしそ~~!!」
桃「すっげーな!りん1人で作ったのか??」
『はいっ』
菊丸と桃城に一斉に褒められたりんは、嬉しそうにはにかむ。
見るからに美味しそうなおにぎりやおかずを目の前にして、育ち盛りの彼等が食欲を我慢出来る筈もなく…
「「「「いっただきまーす!!」」」と皆は元気良く手を合わせた。
河「っうん。すごく美味しいよ」
不「この卵焼きの味付け、好きだな」
乾「!以前食べたものよりも一段と美味しさが上がってる気が…」
海「………うまい」
桃「(箸が)止まらねーな、止まらねーよ!……!?ゴホゴホ!」
『!先輩大丈夫ですか!?』
口々に感想を溢す彼等の中で、一際勢い良く頬張っていた桃城が喉を詰まらせてしまった。
りんは慌ててその背中をさすり、冷たい麦茶をさっと差し出す。
ついでに皆のコップの中身も確認していた、その時……ギョッとする光景が飛び込んできた。
『!き、菊丸先輩、どうしたんですか…!?』
菊「………………へ??」
食べ掛けのおにぎりを両手で持ち、ツーと綺麗な涙を流す菊丸。
心配そうに自分を見つめるりんによって、泣いているという事実に彼は漸く気付いた。
菊「っいや、なんかさ……りんの味だあと思ったら嬉しくなって、」
『…先輩、』
自分が作ったものを、こんなに喜んで貰えるなんて。
思わずじわりと目に涙を溜めてしまうりんに、「何でりんも泣くんだよ~」と菊丸が笑う。
そんな2人を、穏やかな顔で皆は見つめていた。
その内の1人であるリョーマも、(食べ慣れているものの)妹の手料理を味わって食べていると、『お兄ちゃん、食べてる?』とりんが自分を見ていた。
リョ「うん」
『いっぱい食べてねっお兄ちゃんが好きな卵焼きも入れたよ』
リョ「うん。……あのさ、りん」
『?』
少し言いにくそうな素振りを見せるリョーマを、不思議そうに見つめるりん。
リョ「(俺が言うべきなのか…?)」
"あの人と一緒に居た方がいいと思う"
昨夜、白石と話した内容を思い出して、その表情や言葉がリョーマの頭の中を駆け巡っていく。
りんは白石のことを、青学や自分といることを快く感じてくれている……と思っているだろうが、そうではない。
白石の言葉を信じ切っているりんは、きっとそのことに気付けないだろう。
だが……人目を盗んでキスを迫ったり、ベッドに潜り込んだり、怒りに任せてりんを連れて行ったり。
合宿に来てから、白石の強引な言動を幾度も目の当たりにしている。
このまま彼と付き合っていくことは、りんにとって本当に幸せなのだろうか…?
『?お兄ちゃん、どうしたの?』
リョ「……っ「手塚部長!」
「お疲れっス!」ともぐもぐ口を動かしながらいち早くその存在に気付いた桃城。
腰掛けた手塚は、恨めしそうに自分を見つめてくるリョーマに「……何だ、越前」と問い掛けた。
リョ「……別に何でもないっス」
手「?そうか」
『部長会議お疲れ様です』
手「ああ、すまない」
おかずをお皿に取り分け、笑顔で渡すりんに内心ほわっと癒される手塚だった。
大「手塚、部長会議では何を話したんだい?」
手「ああ。合宿も残り僅かだからな。大会に選抜されなかったメンバーへのフォロー等を話し合っていた」
海「選抜メンバーって、最終日に発表されるんスか?」
手「そのようだな」
日々の辛い練習や勉学もあって皆忘れ掛けていたが(←極秘)、この合宿の本来の目的は、世界大会への切符を掴む為にあるのだ。
大「ここまで来たら、全員選ばれないとな」
桃「大石先輩の言う通りっスよ!青学全員でイギリスとかワクワクするぜ~」
不「……桃、別の目的があるように感じるのは気のせいかな」
確かに楽しそう…と思ってしまった思考を消し去るように、りんは慌てて首を横に振る。
皆がイギリスについて語り始めた中、「そういえば、」と隣に座る不二が声を落として話し掛けてきた。
不「北園(寿葉)さん…あれから大丈夫?」
先日、りんとスーパーの帰り道に、寿葉と忍足の大事な現場を目撃してしまった不二。
りんは顔を曇らせ、『実は、私もあれからちゃんと話せてなくて…』と告げる。
菊「あ、そーいえば!北園さん?ってさ、前に青学に来た子だよね?」
何て言えば…と励ましの言葉を懸命に考えていたりんは、にゅっと話に加わってきた菊丸に反応するのが遅れてしまった。
『えっ青学に…ですか?』
菊「そうそう!確か、おチビにアピールしてたような…なぁ?乾、桃っ」
ガツガツとおにぎりを頬張っていた桃城は、「そうらったひがするっス!」とご飯粒を飛ばしながら答える。
乾も、「ああ、しっかりデータは取っているからね」と怪しげに笑いながらノートを掲げた。
全く悪気がないとわかっていても、その無邪気さは時に残酷である。
「英二……」と不二は遠い目をし、予想通り混乱するりんに視線を変えた。
不「でも、全国大会前のことだからね。それに偵察に来てただけだったんでしょ?」
大「ああ、思い出した!そうか、北園さんってあの時の子かぁ」
『…皆さんご存知なんですか?』
不二が必死なフォローを入れると、ポンッと自分の手を叩いて思い出した大石。
皆の話によると、寿葉が北海道の学校にいた時に、マネージャーとして青学に偵察に来ていたらしい。
そして……リョーマにラブアピール(※重要)をしていたとか。
桃「手作りのお菓子とか貰ってたよな?越前。ったく生意気だぜー」
『そ、そうなの?お兄ちゃんっ』
リョ「(やっぱりこっちに来た……)」
盛り上がる先輩達を見て、どうせ最後は自分にやってくるのだろうと思っていたリョーマ。
まるで餌を待つ飼い犬のように、じっと真っ直ぐに見つめてくるりんに何故だか罪悪感が芽生えた。
リョ「……そんな人いたっけ」
河「越前、忘れちゃったのか?」
桃「いや~こいつわざと忘れたフリしてるだけっスよ!結構可愛い子だって話してたし」
『!?』
リョ「!先輩達が勝手に話してただけじゃないっスか…!」
思わず反論してしまったことで、先程の知らぬフリが無駄になってしまった。
リョーマはハッと気付いて顔の向きを変えるが、りんの表情を見た時、既に手遅れなことを悟った。
不「………ごめんね、越前」
リョ「………………」
3人の代わりに謝罪する不二に、リョーマは頷くことしか出来ないのだった。