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『お兄ちゃん、は、離さないでね…!』
リョ「離さないよ」
『ほんと?絶対、絶対だよっ』
リョ「…離さないってば」
真っ暗闇の森の中を、お兄ちゃんと一緒に歩いていく。
足元も見えない状況でお兄ちゃんの腕にしがみつくしかない。
そんな私に溜め息を吐きながら、お兄ちゃんは前だけを向いて出口を探していた。
バサバサと飛んできた鷲に『ひう…!』と驚いた時、お兄ちゃんが前に立ってくれる。
その鷲が着地すると、私達が乗っていたはしごがミシミシと音を立てた。
『わ…!?(落ちる!)』
リョ「っりん…!!」
お兄ちゃんは私の腕を強い力で掴むと、自分のいた位置と交換させた。
私の足は地面についたけれど、お兄ちゃんは……
『お、お兄ちゃん!!』
はしごはもうなくて、粉々に崩れて崖の下に落ちていた。
そこには、片手で木の枝にしがみつくお兄ちゃんの姿しかなくて。
『お兄ちゃん!掴まって…!』
慌ててお兄ちゃんの腕を掴んで引き上げようとするけれど、上手くいかない。
力を込めた反動で私の身体も落ちそうになった瞬間、別の腕が私を後ろに引っ張った。
白「何やっとんのやりんちゃん!」
『!白石さん、お兄ちゃんが…!』
1人じゃ無理だけど、白石さんと力を合わせれば…!
そう思って下を見るけど、お兄ちゃんはふ、と口元を緩めた。
ドクンと、大きく鼓動が跳ねる。
リョ「じゃあね、りん」
お、にいちゃん?
『…やだ』
やだ、
ぱっと掴んでいた手を自ら離して、下に落ちていくお兄ちゃん。
小さくなっていく姿が、まるでスローモーションのようにゆっくり瞳に映る。
『やだ、やだ……』
お兄ちゃん、お兄ちゃん
お兄ちゃん
『…お兄ちゃん!』
そう叫んだ声にハッと目が覚めた。
慌てて辺りを見渡して、自分が汗でびっしょりだったことに気付く。
『(……ゆ、夢?)』
まるで現実の不安が一気に再現されたような夢だった。
未だにドックドックと鳴る鼓動を落ち着かせるように、そっと胸に手を当てる。
少し落ち着いてきたら、辺りを見渡して首を傾げた。
『(…ここ、どこ…?)』
何故かベッドの下にいる自分。
確か、白石さんの部屋で話してる時に音が鳴って、外に出たらお兄ちゃんに会って……それからどうしたんだっけ?
昨夜の記憶をぐるぐると辿っていると、ガチャッと部屋のドアが開いた。
杏「あ、起きた?りんちゃん」
『杏ちゃん!』
顔を覗かせた杏ちゃんに、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
あまりにもぽけっとする私に杏ちゃんは小さく笑って、近付いてきた。
杏「昨日、りんちゃんの学校の水城先生(要)と一緒にここに来たのよ。覚えてない?」
先生と…?ともう一度記憶を辿ってみる。
お兄ちゃんが去っていた方をぼうっと見つめていたら、要先生が声を掛けてくれたんだっけ。
それで、そのまま部屋に案内された…ような……
杏「でも良かった、あの音で私も起きてたから。りんちゃんは私と同室よ」
はっきりと思い出せないことが不思議だったけど、杏ちゃんの言葉に嬉しくなった。
『杏ちゃんも合宿に参加してたんだねっ』
杏「うん。兄さんに不動峰のマネージャーを頼まれたの。合宿には、どの学校もマネージャーが必須らしくて…」
『そうなの?』
そういえば、他の学校はマネージャーっているのかな。
合同練習の時も見たことがなかったから、うーんと気になってしまう。
杏「それより…大丈夫?りんちゃん顔色悪いわ」
『ふぇ、』
丁度立て掛けてあった鏡に、自分の姿が映っていて。
遠くからでも目の下に薄くクマが出来ているのがわかって、どことなく疲れた顔をしていた。
『…大丈夫だよっ早く顔洗っちゃうね』
無理に笑顔を作ってみせると、「そう…」と腑に落ちない様子で呟いた杏ちゃん。
鞄からタオルと着替えを取り出して、部屋を後にした。
皆まだ寝てるかもしれないと思って、そろりそろりと廊下を歩いていく。
杏ちゃんから、女子も男子も水道は共同だって聞いた。
角を曲がった時に誰かの話し声がして、自然と耳を澄ませていた。
「いたたた…練習キツすぎて、筋肉痛全然治んないよ」
「いつも女の尻追っ掛けてっから体力持たねぇんだろ」
「ちょ、そんなこと言わないで!」
壁の脇から覗いてみると、千石さんと亜久津さんが顔を洗っているところだった。
千石「だってさ~この男臭い中で、女の子に癒されたいって思うのは普通だよ?」
亜「勝手に癒されてろ」
千石「俺的には、氷帝の子も可愛いと思うけど、橘の妹さんも捨てがたいなぁ」
亜「………」
「いやー選べない」とうんうん頷く千石さんを無視して、タオルで顔を拭いている亜久津さん。
声を掛けるタイミングを見失っていれば、トントンと誰かに肩を叩かれた。
忍「やっぱり、りんちゃんやった」
『!忍足さん…っ』
そこには、同じようにタオルを持った忍足さんの姿。
私の声に2人共気付いてしまったみたいで、「忍足くんおはよー」と千石さんがヒラヒラと手を振る。
忍「先に使いや」
『へ!でも、』
千石「?誰かいるの?………ってりんちゃん!?」
水道の縁に寄り掛かっていた千石さんは、私に気付くと後ろにひっくり返りそうになった。
千石「ど、どうしてりんちゃんがいるの!?夢??」
『えと、昨日の夜に着いて…』
忍「合宿に参加してくれるんか?」
『はい!その為に来ました』
厳しい練習の中、少しでも皆のサポートが出来ればいい。
微笑んだ私を見て、千石さんは何故かぐっと胸を掴んだ。
「現実だ…」って呟いた声に答えるように、もう一度笑ってみせる。
『(…よし、頑張らなきゃっ)』
パシャパシャと冷たい水で顔を洗って、朝見た夢を吹き飛ばすように活を入れた。
千石「……亜久津、俺」
亜「あ゛?」
千石「りんちゃん一択で」
これからの自分の仕事を想像していた私は、千石さんの言葉も、「…そーかよ」と答えた亜久津さんの声にも気付くことはなかった。