一、エイプリルフール

【ねーねー小エビちゃん、今度の四月一日ヒマ? あそぼーよ】
 フロイドがそんなマジカメのメッセージを送信したのは、とある日の夜のことだった。宛先は〝小エビちゃん〟こと、元オンボロ寮の監督生。卒業した今でも数か月に一度、定期的に会っている彼女への久々のお誘いだ。
【なんかさあ、良さそうなカフェ見つけたんだよねぇ】
【小エビちゃんの好きそうなスイーツもあったよ】
 慣れた手つきで文章を打ち込みながら、彼はスイーツを前にして嬉しそうに目を輝かせていた過去の小エビを思い浮かべた。
『た、食べて良いんですか? 本当に……?』
『んふ、良いって言ってんじゃん。ほらほら、どうぞぉ』
『わ……じゃあ、いただきます』
 賢者の島の麓の街のカフェだったり、モストロ・ラウンジだったり。様々な場所でスイーツを口に運んだのち、甘いものに目がない彼女が『! 美味しい……!』と幸せそうにのたまう姿は、恒例になりつつある。小エビちゃんってほんっと分かりやすくてかぁいい。頬杖をつきつつそんな姿を眺めるのが、フロイドはいつも楽しみだった。
 もちろん言ってしまえば、それはナイトレイブンカレッジ在学中から今まで何度も見た光景だ。けれど密かに想いを寄せている相手のそんな嬉しそうな顔は、当然いくら見たって飽きることがない訳で。ここだけの話、おかげでフロイドは甘味が多く揃うカフェやスイーツの店について、この数年でかなり詳しくなった。……マア悲しいかな、肝心な小エビはまさかフロイドが自分を好いているなんて事実に微塵も気付いていないようで、「先輩詳しい! すごくスイーツが好きなんですね!」とか何とか、羨望の眼差しを向けられるだけだったけれど。そんな曇り無き眼で言われたら「アーウン、すごいデショ……」としか返せなかったフロイドが、それを見て大爆笑していたジェイドや友人のチャドを絞めようとする攻防戦は、もはや学生時代からの恒例行事だ。今も定期的に行われている。
 話を戻そう。兎にも角にも、フロイドはそういう訳で小エビとの集まりを毎回いっとう楽しみにしていた。そして幸いにも、小エビもまたこの集まりを楽しみにしてくれているらしい。誘うたびに嬉しそうな顔をして来てくれるし、過去には彼女の方から誘ってくれたこともあるくらいだし。友人としてではあるが、二人の交流は今も途切れることなく続いている。
 そして今回。いつものようにフロイドが送った誘いに小エビからの返信が来たのは、案外すぐのことだった。
【空いてます!】
 翌日、仕事をしていたとき。フロイドのスマートフォンに、そんなメッセージが返ってきたのだ
「……あは」
 彼は仕事の手を止めて、小エビからのメッセージを読んだ。それから慣れた手つきで返信の文字を打ち込むと、送信ボタンをタップする。
【おっけー。じゃあ、いつもの駅ンとこ待ち合わせね】
 シュポッという効果音と共にメッセージが送られた。それは一瞬で既読が付き、ややあってさらに吹き出しが追加される。
【分かりました!】
【先輩に会えるの、すごく楽しみです】
「……」
 フロイドは静かにそれを読むと、一瞬固まってからフーッと息を吐いて天井を仰いだ。
 〝先輩に会えるの、すごく楽しみ〟——……、……
 その言葉を反芻して、おもむろに座っていた回転椅子をぐるぐると回す。
「……………あー。ほんっと、マジでさぁ」
 好きな子にこんなことを言われて、嬉しくない雄がいる訳がない。しかもこの小エビはそれを無自覚にやってのけるものだから、タチが悪いというか何というか。昔から心臓がいくつあっても足りないのだ。
 フロイドはバカみたいにそんなことを考えながら、天井の模様をぼんやり眺めた。
 片想い中の小エビは、相も変わらずド天然な魔性の女である。

   ❖

「小エビは傷付きました。責任取って慰謝料払ってください」
「えー? あは、ウケる。どこでそんな言葉覚えてきたの?」
「……フロイド先輩が昔、モストロ・ラウンジでクレームつけてきたお客さんに言ってた時です」
「は? オレ?」
「はい。それでジェイド先輩が笑い転げちゃって、アズール先輩がやりすぎだってキレちゃって」
「ナニソレ大惨事じゃん、全然覚えてねーけど」
「え、覚えてないんですか……」
 ありがとうございましたー! 朗らかな店員の声をバックに、フロイドは店の扉を開けた。視線の先、フロイドの後に続くようにして店を出たユウが不貞腐れたような顔をしているのを見て、僅かに眦を眇める。かわいい。
 食事会当日、とあるカフェ。ランチを食べ終えたあとで本日のメインであるフロイドおすすめのスイーツが美味しいカフェを訪れた二人は現在、無事に目当てのケーキを食し終えて退店したところであった。
 カフェは雰囲気も調度品も、もちろんメインのスイーツも、リサーチの甲斐あってフロイドから見て文句なしの大当たりだった。それは幸いにも彼に案内されて店に足を踏み入れたユウも同じ気持ちだったようで、店内に入ってから事あるごとに目を輝かせていたのは手に取るように分かった。スマートフォンであちこち店内の写真を撮ったり、運ばれてきたショートケーキの写真を撮ったり。最終的にどこからケーキを食べるか真剣に悩んでいた小エビの姿は微笑ましくて、フロイドは連れてきて良かったと改めて思った。
 ではそんな緩やかな雰囲気から一転、どうしてな今の小エビがこんなにプリプリしているかといえば、
『あ。そういえばオレ、今度雑誌に載るんだよねぇ。なんか雑誌社のヤツにスカウトされてさあ、モデルやることになったの』
『え!? そ、そうなんですか!? すごい……なんていう雑誌なんですか?』
『——あは』
『……? 先輩?』
『ねえ小エビちゃん。今日さあ、何月何日だが覚えてる?』
『え? 今日はえっと、四月一日……』
『ウン、そうだねえ』
『? ……、——あ。えっ、もしかして、エイプリルフール……』
『あはあ、やっと分かった? そうです、今の嘘でぇす♡』
『!!』
 ……とまあ、きっかけは先ほど退店するタイミングで繰り広げられたこの会話である。見事に騙された彼女は、けれどよほど悔しかったらしい。未だに唇を尖らせて、少しご機嫌斜めな様子である。
「フロイド先輩からご飯のお誘いが来てスケジュール帳にメモしたときは、今年のエイプリルフールこそは騙されないぞって思ってたのに……!」
「そんな最初から計画してたワケ? スゲー気合い入れてたんじゃん」
「そうですよ! なのに急に騙してくるんんだもん、ズルいです!」
「や、ズルいって言われてもさあ。不意打ち以外に騙したり嘘吐いたりって出来なくねえ?」
「それは」ユウは異議があるといわんばかりの表情で顔を上げた。けれど一瞬考え込んでから、難しい顔をして言う。「た、確かに……」
「ふは」
 フロイドは耐えきれずに吹き出した。肩を揺らしながらクツクツ笑う。
 この小エビは学生時代から、友人や先輩によってよくエイプリルフールに騙されていた。毎年「今年こそは!」と意気込むのに、それを忘れた頃を見計らわれて嘘を並べられ、あっさり騙されてしまうのだ。フロイドからすると正直そんなところがまた面白くて可愛いのだけれど、ユウ本人としては不服らしい。毎年律儀に引っ掛かっては、ハムスターみたいに口を膨らませて不貞腐れるのが恒例になりつつあった。
 と、ちょうどそのタイミングで駅に到着した。ユウが今住んでいるアパートとフロイドの今住んでいるアパート。その両方から一番近い、比較的大きな駅だ。
「ほら、駅着いたよ。んな不貞腐れんなって」
「う゛ーっ……」
「また来年頑張れば良いじゃん」
「それは——って、待ってください。来年もやるつもりなんですか?」
「んえ? ウン。気分だったらねえ」
「ええ……」
 呆れたような顔をしてから、けれどややあってユウはふは、と笑った。数か月会わないうちにずいぶんと伸びたらしい黒髪を胸のあたりで揺らしながら「んもう、」と呟き。痩せぎすな身体を小さく震わせている。
 かわい。フロイドはそんな彼女を見て口角を上げると、人混みから彼女を庇うようにしつつ腕時計で時間を確認した。現在の時刻と、電光掲示板の表示。それを踏まえて、ユウと自分がそれぞれどの電車に乗るのが最適か考える。
 とんでもなく方向音痴の彼女と時を過ごしてもう随分経つ。小エビの方向感覚の特殊さを甘く見てはいけないのだ。
「ねえ、フロイド先輩」
「ンー?」
「……あのね。そういえば私ね、こんど結婚するんです」
「……、」
 と。一瞬時が止まったのはその時だった。時刻表に気を取られていたフロイドは、一拍置いてから僅かに固まり。それから顔を上げて、はたとユウを見やる。
「……、……は?」
 ……え? なに? 今なんつった? 当惑している間に、ユウの言葉は続いた。
「よく知らない人だし怖いんですけど、ちょっと色々あって、……断れなくて」
 あはは。ユウが乾いた笑いを零す。その場に沈黙が訪れた。見つめ合う二人の周囲を人々の喧騒が包んで、そのまますり抜けていく。
「……いや待って。何言ってんの? ケッコン?」
「はい」
「よく知らない人ってなに。誰と。どーいうこと」
「……」
 ユウはじっとフロイドを見た。それから一度ふっと眉を下げて笑うと、「——先輩」口を開く。
「なに」
「今日って何月何日ですか?」
「は?」フロイドは固まった。今日は四月一日——ふと考えて、一拍。大きく目を見開く。「…………うわ、」
 彼女は弾かれたようにパッと笑った。瞠目したフロイドを見て、「えへへ、嘘です」と嬉しそうに言う。
「ハァ!? まっっっじでビビった……なあに小エビちゃん、急にエイプリルフールぶっ込んでくんじゃん。あ゛ーー何かと思った……信っじらんねーんだけど!」
「あはは、やったあ。お返しです。これで今年は引き分けですね」
「小エビのくせに生意気ィ……」
 そもそもつい数分前の自分の言動が端を発しているということは完全に棚に上げ、フロイドは平べったい目をして大きく溜息を吐いた。女は皆女優とはよく言うが、まさかのまさか。学生時代からとんでもなく隠し事がとんでもなく下手くそだったはずの小エビは、いつの間に騙し方を会得したらしい。いったいどこで覚えてきたのか。
 フロイドは思わず崩れ落ちそうになるのをなんとか堪えて、ガシガシと後頭部を掻いた。完全に一本取られた。そう思いつつ、言い訳がましく口を開く。
「小エビちゃん、フツーにそういうの巻き込まれてそうなんだもん。マジかと思うじゃん」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟じゃねーだろ。ガッコー通ってた頃もさあ、しょっちゅうあちこちでトラブってたし」
「ちょっ、語弊生みそうな言い方やめてください……それだとなんか、私がしょっちゅう警察のお世話になってるヤンキーみたいにじゃないですか」
「ヤンキーて」
 バカ真面目な顔でそう抗議した小エビの言葉を聞いて、思わずフロイドの声音に笑いが含まれる。
 小エビからしたら異議しかないようではあるが、マアとはいえ実際のところ、フロイドの言う〝すーぐあちこちでトラブる〟体質なのは悲しいかな、全く間違いではなかった。運が悪いのか何なのか、普通に生活しているだけで色々なものを引き寄せてしまうらしい彼女は、とんでもないトラブルメーカーなのだ。学生時代からグリムやエース、デュースといった馴染みのメンバーを巻き込みつつ、彼女の周りで何かしら騒ぎが起きていたのは日常茶飯事で。それはまず間違いなく、学園を卒業したからといって何かが変わった訳ではない。
「……マ、別に何も無いんなら良いケドさあ」
 フロイドはジトリとユウを見た。
「あんま無茶しないでよ。小エビちゃん、いつもスゲー無茶するけどすげーヨワヨワなエビなんだからさァ」
 ぽん、と大きな手がユウの頭に乗せられる。ユウはそんな彼を見上げて僅かに目を細めた。
「えっと、全処します」
「いやそれ小エビの国で一番信用出来ねー言葉じゃん」
 ユウはふと思い返す。卒業してから少しした頃の話であるが、久々に再会したエースやジャックなんかに今も定期的にフロイドと会っていると話したところ、信じられないものを見るような目で見られたことがあった。『アイツになに脅されてんだ?』だとか、『変な契約させられたりしてねえ? 大丈夫なワケ?』だとか。それはもう、とんでもなく心配されたものだ。
 ……フロイド先輩、そんなひとじゃないのになあ。
 呆れた顔をして小突いてくる端正な顔立ちを眺めながら、ユウは改めて思う。
 彼女にとってフロイドは、なんだかんだ優しくて面倒見の良い先輩だった。フロイドを知る周囲の人間が聞いたらひっくり返りそうな認識だが、ユウからしたらフロイドとはそういう存在だった。そんなことを考えていると、「おいコラ聞いてんの?」と彼が言う。
「聞いてます」
「返事だけは良いよねえ。小エビちゃん、ほんっとどこでどう巻き込まれるか分かったモンじゃねーからやっぱオレすげー心配」
「信用ない……」
「良いコト教えたげよっか。信用ってのはねえ、過去の積み重ねで出来るんだよ小エビちゃん♡」
「はは……」
 流石取り立てやら何やら、契約による対価を踏み倒そうとした人間を容赦なく追い回して取り立てていたと噂の元オクタヴィネル寮幹部である。なんだか言葉の重みが違う。ユウは思わず引き攣った笑みを浮かべて、学生時代の彼らを思い返した。たった数年前のことのはずなのに、随分と懐かしい。
「信用、かあ。……ね。もし私がさっき言ったみたいな状況になったら、先輩は私のこと助けてくれましたか?」
「んえ」
「なんか私、先輩から見てトラブルを起こす女としての信用は厚そうみたいだから。そういう場合は特別料金で請け負ってくれたりしないのかなーって」
「……」
 トラブルに見舞われた小エビを助けるか。
 そんなの当たり前だろう、とフロイドは即刻思った。けれどそれをそのまま伝えられるようなら、流石に鈍感な小エビでも少しくらいは気付いて、今より少しくらいはこの関係が進展していただろう。……たぶん。
 素直じゃないのだ。そもそもウツボは元来臆病な生き物。普段は所構わず傍若無人なくせして、好きなコが相手となると途端に弱気になってしまうのである。
「……んー、そうじゃね。その時の気分しだいだけど」だからフロイドはちょっぴり格好付けてそう返した。「小エビちゃんいねーとつまんねえし。それにオレぇ、笑ってる小エビちゃんのほうが好きだもん。勝手にボロボロになられちゃ困るし」
「……」
 そんな彼を見上げて、ユウは一瞬きょとんと目を瞬いた。刹那ふふ、と可愛らしく肩を竦める。
「さっき率先して嘘言って私を怒らせたひとが、私の笑顔について何か言ってる」
「あれはさあ、あんなウソに騙される小エビちゃんが悪いんじゃん」
「冗談みたいなスタイルと顔の良さしてる先輩に言われたら信じちゃいますって」
 ユウは平べったい目で言った。けれど直後、鈴のような柔らかい声で「……でも、そっかあ」と言う。
「えへへ。先輩が来てくれるなら頼もしいや」
「……」
 フロイドはそれを見下ろしてから、何かを言おうとして——けれど何かを察知してふと顔を上げる。電車の電光掲示板。その表示が変わったのだ。それを見て、彼は「あ」と声を上げた。
「小エビちゃん、多分あれ乗ったほうが良いよ。あれ逃したら向こう三十分は小エビちゃんの駅に止まるヤツ来ねーし」
「あっ。はい」
「気を付けて帰ってよ。油断するとまた、寄り道とかして迷子になんだからさァ」
「善処します」
「だからそれやめろって」
 ユウは小さく笑って、「じゃあ、そろそろ行きますね」と言った。踵を返すと、改札のほうへ向かう。けれどそれを潜る前に一度立ち止まると、もう一度フロイドを振り返った。
「フロイド先輩!」
 喧騒のなか、黒曜とヘテロクロミアが交錯する。ユウは控えめに手を上げて、はにかむように笑った。
「じゃあね。今度の勝負は私が勝ちますから」
「あはあ、負けねーよ」
 ユウはそれを聞いてふっと微笑んだ。振っていた手を下ろすと、改めて踵を返して改札を潜る。
 来年はどんな嘘を言おうか。フロイドは小さな背中が見えなくなったのを確認してから時刻を確認すると、自分の向かうべきホームへと足を運びつつそんなことを考えた。
 既に一年後の楽しみができた。そう思った。

   ❖ ❖ ❖

 その日の晩、フロイドはユウにメッセージと一緒に撮った写真を送った。返事は来なかったが、マア寝落ちでもしているのだろう。風邪引かねーと良いケド。そんなことを思って、彼はシャワーを浴びに浴室に向かった。

 ——事態がおかしな方向に進み始めたのは、それから数日後のことだった。
 きっかけは、夜。友人であり同じ会社の同僚であるチャドから送られてきたメッセージ。
「ア?」
「どうしました、フロイド」
「や、なんかトビウオちゃんからメッセ送られてきた」
「おや、チャドから」
 その時、フロイドは仕事終わりにジェイドと晩酌をしていたところだった。新しくできた居酒屋。試しに行ってみようという話になり足を運んだそこは思いのほか雰囲気も良く、つまみも美味で。会社からも近いし、気が向いた時には通っても良いかもしれない。そんなことを話しながらふとスマートフォンを見ると、今日は休みだったはずの男からメッセージが来たのだ。
【なーーフロイド。ユウちゃんってさあ、まさか結婚すんの?】
「……」
 なんかこの間も聞いたな、その話。フロイドは平べったい目で液晶を見つめた。視界の奥で信じられない量の白米を口にかき込んでいるジェイドの視線を感じながら、タプタプと慣れた手つきで文字を打ち込む。
【しねーって。ウケる、お前も小エビちゃんに騙されたの?】
【は? え、なに騙された? 何の話? 違うそうじゃなくてさあ。今日見かけたんだけど】
【見かけたって小エビちゃんを?】
【そー】
 小エビを見かけた話から、何をどうやったら結婚する話になるんだ。僅かに眉を顰めたフロイドの端末が、一拍置いて再び通知を伝えた。見ると、チャドから追加で送られてきたのは一枚の画像。
「フロイド?」
「……なーんか写真来たんだけど」
「おや。写真ですか?」
 ようやく咀嚼を終えたジェイドが、どれどれとスマートフォンを覗き込んだ。フロイドは画像をタップする。
 そこに映っていたのは、結婚式場に入っていく男女の後ろ姿と、それを護衛しているらしい黒服の男たち数名だった。明らかに隠し撮りの画角であるが、何が映っているかの子細はよく見える。
 男のほうは五十代くらいのようで、スーツを着ていて恰幅があった。隣に並ぶ線の細い女の腰に手を回し、何かを話しかけているようだ。どうにも年齢差が離れているようだが、その様子からは明らかに親密な関係に見える。
 そして女のほうは、清潔感のあるクリーム色のワンピースを着ていた。男を見上げ、ぎこちなく微笑んでいるその横顔は――、
「この女性……」
 先に口を開いたのはジェイドのほうだった。僅かに驚きを孕んだその言葉を聞き流しながら、フロイドはじっと画面を見つめ続ける。
 そこに映っていたのは、明らかに見覚えのある女だった。見覚えがあるどころではない。だって、数日前に会ったばかりなのだ。……それどころか、何年もずっと彼女だけを見ていたのだ。見間違える訳がない。
「……、……は?」
 意味が分からなかった。周囲の喧噪が全て遠のくのを感じながら、フロイドは震える息を吐く。
 華やかな結婚式場。それを背景に映っているこの娘は、間違いでも冗談でもなんでもなく。
 ——フロイドがずっと片想いしている、あのユウであった。
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