Ⅶ. 誘拐
チャプチャプと水面が生き物のように揺蕩っている。聞こえるのは水の音だけだ。海水に満ち満ちた空間は、まるで全ての喧騒を排除したかのような静寂に包まれている。
場所はオクタヴィネル・ファミリー、事務所内にある、海水が入れられた巨大水槽。
人魚が多く所属しているこのファミリーには施設内に幾つかの水槽が用意されているが、ここはその中の一つ——幹部以上の者のみが使用することを許されている水槽であった。このファミリーには現在、幹部は三人しかおらず、そのうちの一人であるチャドは猫の獣人。つまりマア、基本的に水槽自体を使用するのはアズールとリーチ兄弟のみである。
そんな、まるで水族館にあるような水槽を現在使用しているのは、人魚姿のフロイドだった。流れも波もない人工的な海でひとりぼうっとしている。人間の姿よりも二倍ほど長い体躯を投げ出して、まるで浮き輪のように浮かんでいた。
とにかく何もする気が起きない時や、変身薬の調子が悪い時にはちょうど良い場所だ。彼の場合、今は前者である。関係者専用の為にパイプもコンクリートも剥き出しになっている薄暗い部屋で、ぼんやりと天井を見上げながら身を委ねて浮かんでいる。
「……」
ユウをアパートに送り返して、オクタヴィネルに戻って来てからというもの。彼はかれこれ一時間ほどこの状態だった。何かしようにも、頭に小エビのことがチラついてやる気が出ない。それでアズールが仕事をする執務室でだらけていたら、強制的にここへ連れ込まれたのだ。とっても邪魔だったので。
「ちょっとは落ち着いたー?」
「……んあ。トビウオちゃん」
「よっ」
水槽の四方に設置されたスチールグレーチングの床をカンカン鳴らしながら歩いてきたのはチャドである。彼は片手に本を持っていて、「仕事飽きたからサボりに来た」と悪びれもなく言った。
「別に良いけど……。いつも思うけどさァ、水場で薄暗い中で本読む変わり者、お前くらいだよね」
「えー。だって本には防水魔法掛けてるし、俺そもそも猫だし。元々夜行性の種族だから割とどこでも本読めるもん。つーか、お前に変わり者とか言われたかないんだけど」
フロイドは平べったい目をしてチャドを見た。この男は、見た目のチャラさに似合わず本好きなのである。それと、猫なのにフロイドと互角で泳げる程度には水泳ができる男。フロイドがチャドと会ったばかりの頃。最初に彼に興味を持ったきっかけがそれだった。
マア、何はともあれ今は会話をする気分ではなかった。フロイドはすぐに面倒になってきて、無視して再びプカプカ浮く。チャドもそれを分かっているので、それ以降敢えて声は掛けてこなかった。
どれくらいそうしていただろうか。静寂を煮詰めたみたいな空間だったそこに、ブーブーとバイブ音が響いた。
「フロイド。お前のスマホ、鳴ってるぜー」
「……。小エビちゃん? 早くね?」
「違う。ヒューイ」
「は? んえー……カレイちゃん? じゃあ放っといて。いま気分じゃねーから」
今度はチャドが平べったい目をする番だった。確か彼は今、フロイドの指示した解析やら掃除やらをしているのではなかったか。フロイドが電話に出なくて頭を抱える後輩の姿を想像して、ハアと溜息を吐く。俺には関係無いけど。
けれどしばらくして、静寂はまたも崩されることとなった。カンカンと靴音が響いたかと思えば、今度はアズールが現れたのだ。パイプ椅子に座って本を片手に持ちつつ手を振るチャドを呆れたように見遣ってから、「フロイド」と呼ぶ。
「ジェイドに、ヒューイから電話が掛かってきました。お前、電話を無視しただろう」
「別に良いじゃん。オレ今仕事の気分じゃねーんだけど」
「……。先日、お前たちが『おはなし』しに行った債務者の人間。その人物のパソコンに入っていたデータを、ヒューイに調べさせたんでしょう?
あの債務者は元々、闇オークションなどによく行くのを好んでいた悪趣味な男です。解析したファイルの中には、削除されていた次の人身売買のリストなどが出てきたそうで。それらを見た上で、彼は重要だと判断し連絡を寄越したそうです」
「だから何」
「……」
チャドがチラと本から顔を上げた。フロイドを一瞥したのち、アズールへと視線を移す。
その横で、アズールはジッとフロイドを見た。透き通った陶器のような肌が、青暗い空間に白く浮かび上がっている。
「僕は金にならない慈善事業はしない主義です」彼の目蓋が無感動に上下する。「なので、これは投資だ。お前に貸しを作ることも、ここであの組織を潰すことも価値のあることだと判断しました」
「マジでさっきから何言ってんの——」
「ユウさんが売られる」
アズールがぴしゃりと言った。
「そのリストに名前と写真があったそうです。今夜、ドレッド・ファミリー主催の闇オークションに、お前が懸想している人間が
チャプ、と小さな波が生まれる。波紋のように広がった静寂は、あっという間に広い空間に満ち満ちた。電球の光が、鍛え上げられたウツボの縞模様にてらてらと差し込む。
フロイドは固まった。殺気さえ混ざったような、表情が抜け落ちた顔だった。
「——は?」
❖
急いでいる時には小回りが効く分、箒での移動が楽である。片割れとボスはいつも信じられないものを見るような目でそう語るフロイドのことを見ていたが、フロイドは案外飛行術が得意だった。こんなの、ヒュッってやってヒョイってやれば乗れるのに。そう言って怪獣大戦争が始まりそうになったのは懐かしい。
——ユウが今夜、ドレッド・ファミリー主催のマスケラータ——仮面舞踏会を称した闇オークションに出品される。
アズールからそう聞かされたフロイドの、その後の行動は早かった。変身魔法薬を飲んで人間の姿に戻るなり、詳細を聞きつつ着替えを済ませ。万が一にもユウがアパートにまだ残っている可能性があるかもしれないということで、こうして空を駆け巡っている。
「……」
びゅうびゅうと、冬に片足を突っ込んでいる冷たい夜風が頬を撫でた。
フロイドは箒を飛ばしながら、アズールと先ほど端的に交わした会話を思い返す。
オークションのコンセプトは『
『場所については、今ジェイドが調べています』
『おっけ』
『
ですが、僕にはどうしても理解出来ないんです。実際に会ったことはありませんが、お前たちの話を聞く限り、ユウさんという人間に、そこまでの希少的価値があるとは思えない』
『……魔力』
『は?』
『小エビちゃん、魔力が全く無いの。それを知ってんのは母親だけ。んで——今日の夜、四か月ぶりに帰ってくるって、さっき小エビちゃんと遊んでる時に突然メッセ来た』
『……なるほど』
つまり母親がユウを売ったか、或いは——その上でドレッドと共謀しているか。
と、ようやくユウのアパートに着いた。フロイドは二階まで駆け上がると、通い慣れたアパートの扉を叩く。返事は無い。
ドアノブを回すと、あれほど鈍臭いくせに、一度も忘れることだけはしなかった自宅の施錠がされていなかった。嫌な予感がして思い切り扉を開ける。「小エビちゃん——、ッ!」
部屋は無人だった。明かりが点いていて、ユウの唯一の得意料理であるカレーの匂いがする。まるで今しがたまで誰かがいたような風景だ。
しかしその一方で、部屋の雰囲気が異質であることも確かだった。まるで強盗に入られた後のような有様だ。敷かれていたカーペットがぐちゃぐちゃに捲れ上がっていて、銀のスプーンがローテーブルの下に落ちていて、カーテンレールからカーテンが外れかかっている。
「……」
フロイドはその光景をジッと見回すと、ややあってそっと室内に入った。部屋の最奥——部屋を見渡せる位置の何も無い壁をジッと見ると、魔法石の嵌められた指輪のついた指をパチンと鳴らした。瞬間、何も無かったはずのそこに、小型の監視カメラのようなものが現れる。
それは、トネメと呼ばれる魔道具の、オクタヴィネルが作った改良品だった。トネメとは主に学校の体育祭やマジカルシフト大会の様子を撮影する時に使われる小型のドローン型カメラのことであるが、これは室内に取り付けることが出来るタイプだ。フロイドが初めてこの部屋に来た時に付けたものだった。
万一債務者が嘘を吐いたりした時のために、基本的にどの債務者の自宅に対しても状況録画用として取り付けてあったものである。この家において、フロイドは流石に好きな女の子の私生活を覗き見する阿呆では無かったので使用していなかったが、一応付けたままにしておいて正解だったと彼は思った。手を伸ばすと取り外して、直近のビデオを回す。
そこに流れたのは、フロイドと家に帰ってきた後のユウの様子だ。カレーを一生懸命作って、母親の帰りを待って、ドレッド・ファミリーの人間が乗り込んできて……そして。
『……フロイドさん、』
耳を澄ませないと聞こえないような、本当に小さな声だった。実際、周囲にいた大人たちには聞こえて居なかったらしい。カメラがその音を拾ったのはトネメの性能の良さと、カメラのすぐそばにユウが倒れ込んだおかげだった。フロイドはその言葉を聞いて、怒りから全身の血が沸騰するのを感じた。
「……」
と、立ち尽くすフロイドのポケットの中でスマートフォンが鳴る。彼は無言で取り出すと、端末を耳に当てた。
「もしもし」
『もしもし。ジェイドが場所を特定しました。場所は——』
「……うん、うん。分かった。小エビちゃん、家には居なかった。やっぱ攫われたっぽい。仕掛けておいたトネメのデータ、残ってたから一応送っとく」
フロイドはそう言うなり電話を切った。何度か端末を操作してデータを送信すると、全てをポケットに仕舞う。フー。息を吐いて玄関を出た。家の鍵を掛け、踵を返し。全身に怒気の籠った気迫を漲らせながら、鋭い視線で前を見据えた。
「オレのお気に入りに手ェ出したこと、後悔させてやる」
❖ ❖ ❖
「……ぅ、」
ゆっくりと意識が浮上する感覚と共に、ユウは目を覚ました。
寝起き特有のもったりとしたエフェクトがかかっていた。けれど、それだけではない。妙な重だるさと、脳が直接グラグラ揺れるような感覚がある。まるで、起動の遅い古いパソコンにでもなった気分だった。目を覚ますという、生まれてからこのかた欠かさず当たり前のように行っている動作が、酷くゆったりしたものになる。
半分だけ開いた目蓋で、ユウはぼんやりと景色を見た。まず、自分の足が見えた。裸足だ。丸っこい爪と、指先が見える。寒い、ぼんやりそう思った。
どうしてこんなところで寝てるんだっけ。
ユウは動きの鈍い脳を無理矢理動かす。
確か、自分はアパートにいたはずだ。料理を作って、お母さんの帰りを待っていて、それで——それで?
「……っ、そうだ」
少女はそこでようやくハッと我に返った。意識が明瞭になって顔を上げると、唐突にズキリと首筋へ鋭い痛みを感じて呻く。ほとんど無意識に首へ手を当てようとしたが、何故か動かないことに気が付いて下を見た。そうして驚いたように目を見開き——己の全身を見て、さあっと血の気が引いていくのを感じる。
「……え?」
壁に凭れるようにして座っていたユウの両手首には、重厚な手錠が嵌められていた。石の黒さをしたそれは重さと冷たさを孕んでいて、間違ってもおもちゃではないことが分かる。手首の下の肌は擦れて僅かに赤くなっており、ヒリヒリとした感覚が、非現実的な目の前の情報が現実であるというリアリティを与えていた。ガチャガチャと、動くたびに鎖が鳴る。
加えて服装は、先ほどフロイドと別れたあと、自宅で部屋着として着替えたパーカーとゆったりとしたズボンではなく、いつの間にか黒のロングワンピースへと変化していた。ユウの持ち物ではない。
そして、極め付けは自分が今いる場所だ。ユウは両手を持ち上げ、ペタ、と目の前を取り囲む鉄に触れる。
「なに、これ……」
ユウが
脳内を占めるのは混乱と、純粋な恐怖だ。訳が分からない。混乱しつつも、とにかく出られないものかと南京錠へ手を伸ばす。が、あと数センチで触れる、という瞬間だった。
突然黒ずくめの男がやって来て、ユウの隣に立った。パリリとしたスーツをしっかり着こなしていて、とにかくガタイが良い。特筆する点があるとすれば、顔に仮面を装着していることだった。
真白の、ツルリとした仮面。唯一開いている目元からは刺すような視線が覗いていて、目尻には化粧のようなペイントが施されている。顔全体を覆っているそれは感情が読めず、見ているだけで不安を感じるような見た目だった。
すると男は、突如として鳥籠に白手袋の装着されている手を掛ける。ガラガラと鳥籠を引き始めた。下にタイヤが付いているのか、振動が伝わり始めたかと思えばどこかへ移動させられる。
「!」
中腰だったユウは不安定なそれにふらつき、片手で鉄格子を掴もうとして——両手が一纏めにされているせいで、バランスを崩してガシャンと鉄格子に頭をぶつけた。必死に体勢を立て直して、鉄格子を掴む。男はチラとユウを見て、一拍おいて構わずまた前を向く。
そのタイミングで鳥籠は舞台袖のような場所から舞台へと移動し、薄暗かった空間から一気に視界が開けた。頭上から痛いほどに明るいライトに照らされ、突然の眩さに思わず目を細める。
そしてようやく顔を上げた瞬間——今度こそ、ヒュッと息を呑んだ。
「へ——」
鳥籠に入れられたユウは、舞台の中央に置かれた。
その正面で少女を見上げているのは、仮面を付けた人間たちだった。ただしユウを中央まで運んできたスーツの男とは異なり、鼻上まで隠れる仮面で、金色や白の、ダイヤモンドや装飾が多く施されたものを装着している。持ち手があるものだったりなかったりと様々であるが、皆一様に、ドレスやタキシードといった正装と共に仮面を付けている点だけは共通していた。よく耳を澄ませると頭上ではワルツが流れていて、この場にユウが居なければ仮面舞踏会の会場だと言われても信じてしまいそうだった。そう、この場にユウが居なければ。
「続いての商品でございます」
と、突然男の大音量が響いたのはそのときだった。ユウはびくりと肩を跳ね上げ、声のした方を向く。
鳥籠が置かれた壇上。その楕円形のステージをなぞるように進んだ先——袖の付近に、マイクを持った男が立っていた。先ほどユウをここまで運んで、今はバックヤードへ戻って行ったスーツの男とは違い、舞台下の人間たちと同じような鼻上まで隠れた仮面を装着している。ただし極めてシンプルな白色のものだった。装飾などは付いていない。
「一八歳、メス、種族は人間。特筆すべきは、魔力が一切無いという点でございます。人体実験の道具として使うのもよし、研究に使用するのもよし。用途は多くある、非常に珍しい品です」
ユウは一瞬動きを止めて、今しがた言われたことを頭の中で噛み砕いた。はく、と唇を動かす。
今のは、いったい何の説明なのか。
スポットライトを浴びているのは、自分だ。それ以外にいない。
つまり、私が商品として扱われているということなのか。服や食料と同じように。いつも私がバイト帰りに、スーパーで買い物をしているみたいに……。
ユウが混乱している間に、タキシードは再び口を開いた。
「支配人自ら見つけてきた、本日の目玉商品でございます。——それでは、一千万マドルから」
まるで見せ物にされている気分だった。いや、実際にそうなのだろう。
ユウは訳が分からず、必死に頭の中を整理した。
頭の中で思い出されるのは、先ほどの母親の声だ。
『あんたでも私の役に立つ日が来たってことよ。結構人気なんですって、コレクターには。あんたみたいな
つまりここにいる者は皆、ユウのように何かしら特異体質を持っている者を買いに来ているというのか。一千万もポンと軽々出してまで。
実際、逆光になった客席からは次々と、仮面を付けた人間たちが手を上げていた。手袋を嵌めていたり、いなかったり。身に付けているものはそれぞれ違えど、行っていることは皆同じだ。自分を買おうという明確な意思を持って、この場において手を挙げている。
「……」
ユウは吐き気がした。くらりと立ち眩みを起こしかけて、必死に己の手に爪を立てて耐える。とにかく絶句の一言に尽きた。
正気の沙汰ではない。そう思うのと同時に、自分は母親に売られたのだという事実を嫌でも突き付けられた。
処理し切れないほどの感情が、とにかく一度に頭の中に押し寄せていた。けれど今は確実に、とにかく何よりもまず逃げなければならない。それほどの人生の危機が差し迫っていることは明白で、実際男のアナウンスする金額が上がっていくにつれ、客席の挙手の数は少しずつ減り始めていた。これが残り一人になって木槌が鳴らされてしまえば、ユウの人生は否が応でも決まってしまうのだ。
「一九〇〇万、二千万。二千万です。どなたか他にはいらっしゃいませんか——」
度し難い絶望が心を染めていくのを感じた。もう駄目かもしれない。思いたくもない感情が、希望という文字を塗り潰していくのを感じる。ユウは泣きたくなった。唇を噛んで、は、と小さく息を吐く。
と、その時だった。
唐突に、スーツを着た仮面の男が再びユウの隣にやって来た。先ほどの者とは異なり、白ではなく黒の仮面を付けている。ユウがそれを一瞥するのと、男が突然鉄格子を掴んだのは同時だった。
「へ」
ユウが思わず言葉をこぼした瞬間、男は思い切り鉄格子を左右に
「……——」
ユウはポカンとした顔で男を見上げる。
「誰だお前! 何してる!」
と、どこかでようやく我に返ったらしい会場の人間が叫んだ。けれど男はそれを気にするでもなく、鉄格子に両手を掛けながらユウを見下ろしていた。その髪色を見て、仮面の下から覗く優しげな瞳を見て、ユウは唇が震えるのを感じた。「あ、」と小さく声を発する。
彼を知っていた。
待ち焦がれた、一番会いたかったひと。助けに来てくれたのだと実感した瞬間、目頭がじんわり熱くなった。
「小エビちゃん」
伸ばされた手を、躊躇なく両手で掴む。
「……フロイド、さん」
「お待たせ、小エビちゃん」
遅くなってごめんね。
彼はそう言うと、魔法で手枷を外した。ガシャン。大きな音が響いてそれが地面に落ちたのをユウが眺めていると。頭の上から被せるようにして風呂の上着を掛けられる。かと思えば彼は、ユウの痩躯を軽々と抱き上げ己の仮面を投げ捨てた。カツンと乾いた音が響かせたのち、フと小さく笑ってその頭を撫でると、「怪我無い?」と問う。
「大丈夫です」
「ン。——ねえ、小エビちゃん。あんね」
「は、はい」
「……今からオレ、きっといっぱい暴れることになると思う。多分色んな奴の血とか怪我とかスゲー見せることになるし、小エビちゃんに怖い思いさせるかもしれない。……でも、絶対守るから。だから、オレから離れないで」
「……」
ユウはフロイドを見つめた。正直、もう既に怖い。けれど、フロイドが側にいるという安心感は絶大だった。このひとならどんな時でも守ってくれる。その確信があった。
少女は震える手を無視するように強く握った。小さく頷く。「はい」
フロイドはそれを聞いて、安心したように小さく笑った。ユウに掛けているジャケットの裾をぐいと引っ張ると、なるべく見えないようにと額の近くまで下げる。
そうして視線を、ユウから拳銃を向けている警備の男たちの方へと移した。「あはあ」と楽しげに笑う。
「——なあ。これさあ、名目上は仮面舞踏会なんだって?」
「なら何だ! 無駄口を叩いていないで武器を置け! その商品から手を離せ!」
「ア?」声色が低くなる。「この子は商品じゃねーし」
フロイドは一度だけ、緩く瞬きをした。色の異なるヘテロクロミアが、一瞬にして鋭いそれに変わった。
「そんなに舞踏会が好きならぁ、お前ら全員、トクベツに海の底まで舞踏会させてやるよ」
——覚悟しな。
人間のものとは全く異なる、鋭利な歯列がニタリと覗いた。
