デートのススメ再び
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「いやーお待たせ!退屈してなかったかい?まあ暇潰しは出来ていたようだね!」
影が問い終わるよりも、覚悟を決めた結理が影を切り裂こうと腕を振り上げるよりも早く、第三の声が張り詰めていた緊張を八つ裂きにした。誰かが少女の肩を抱き、影から引き離すように遠ざける。
一瞬何が起こったか分からずに呆然としていた結理は、はっと我に返って顔を上げた。
そこにいたのはよく見慣れた仮面の男だった。
「だ…!」
思わず名前を呼びそうになった少女を、堕落王はしーっと人差し指を立てて遮る。慌てて口を噤んだ結理は恐る恐る視線を戻した。
『ふむ……』
影は訝しげに堕落王と結理とを見比べている。距離を置いた為か威圧感は薄れているが、禍々しい空気は依然としてそこにあった。そんな相手を見据えながら堕落王は言い放つ。
「面白おかしくお喋りしていたようだが、生憎とこれは僕のでね。返していただこう、ご老体」
「……!」
告げた言葉に、というよりはその声音に驚いた結理は思わず彼を見上げた。
あの堕落王フェムトが、ほんのわずかではあるが緊張している。それを裏付けるように少女の肩を抱く手に力が入った。目の前の影がそれだけ危険な存在であるというのを改めて実感し、思わず堕落王の服の裾を握りしめる。
その様子を無言で眺めていた影は、やがて根負けしたように肩を落とすような動作をとった。
『待ち合わせは、偽りでなかった、か。いや口惜しい……あと一歩だったのだが、いやはや……』
言葉の通り口惜しげに呻いた影は緩慢な動作でずるずると方向転換をすると、聞き取れない言葉をぶつぶつと呟きながら立ち去っていった。からからという音が徐々にではあるが遠ざかっていく。
「おや、これは面倒だ」
「え?」
「目隠しが外れて君の存在が顕になってしまってる」
ふいと向いた視線につられるように結理も広場の方を見ると、各々過ごしていた住民達の視線が少女に集まっていて、ひそひそと囁き合っていた。多くは聞き取れなかったが「人間…?」という言葉は耳に入った。
「まさかコートも目隠しになってたとはねえ……次はコートに合うコーディネートを発注すべきかな」
そう言ってため息をついた堕落王はポケットから何かの種のようなものを取り出すと噴水に向かって放った。水の中に落ちた種はあっという間に成長して上空に向かって種子を飛ばす。飛んでいった種子は派手な音と一緒に花火のように弾け飛び、住人達の視線がそちらに逸れた。
「ひとまず離れよう」
言うなり堕落王は結理の手を引いて、影が去ったのとは反対方向の暗い道へ足早に進んだ。さっきの今で暗闇を行くのは大分抵抗があったが、この辺りの地理は全く分からないので手を引かれるままに大人しくついていく。
暗闇はすぐに抜けた。等間隔でベンチの並んだ広い石橋は他の場所と同じくふわふわと漂う夜光虫に照らされていて、住民の姿はまばらで異邦の少女を気にする風もない。
「た……助かっ、た……」
全ての緊張が解けた結理は堕落王の手を握ったまま橋の隅でへなへなと座り込んでしまった。外に聞こえそうなほどの動悸が耳元で煩く、酷い疲労ですぐに立ち上がる気にもなれない。
状況はかなりギリギリだった。後一秒でも堕落王が駆けつけるのが遅かったら、結理は影の向こうに連れ去られてしまっていただろう。間一髪で回避できた安堵で力が抜けきってしまった。
「しかし、まさか飛ばされた上にあんな大当たりに遭遇するなんて、とんでもなく持ってるなあ君は!」
「持ってねえですよむしろ大外れじゃないですか…!」
楽しげに笑う堕落王にうつむいたまま言い返す。口ぶりからしてはぐれたのとあの影に絡まれたのは相当レアな出来事だったようで、よりにもよってこんな時にそんな不運に遭遇しなくてもいいのにと疲労が上乗せされた気がした。
「けどあれと対峙して逃げも戦いもせずにやり過ごそうとしたのはいい判断だ。よくやったね」
「ありがとうございます……」
「立てるかい?」
「はい……」
促された結理は一つ息をついてから立ち上がろうとしたが、足に全く力が入らず立つことができなかった。
「あ、あれ…?」
それどころか、座り込んだままだというのに視界が揺らぎ始めた。動悸は収まってきたが今度は冷や汗が止まらず、寒気に体が震えてうまく息ができない。異変に気付いた堕落王はしゃがんで結理の顔を覗き込み、首元に手を当てる。
「ふむ……退けたのはいいが、あれにあてられてしまったようだね。まあ君なら一眠りすれば程なく回復するだろう」
「……でも、それじゃ……」
「デートはここまでだ。具合の悪いパートナーを連れ回すのはルール違反だろう?美術館はまた今度にしよう」
言うなり堕落王は結理を横抱きで持ち上げた。持ち上げられるのかという驚きと体温があるのかという驚きの両方がよぎったが、表に出す元気もなくされるがままに任せる。冷えきった体に触れる他者の温度が心地よく、すぐに睡魔が訪れた。
「……あ、の……」
「ん?」
けれどこれだけは言わなければと、眠気に抗ってどうにか口を開いた。
「今日……最後は、こんなですけど……楽しかった、です……」
「……それは何よりだ」
降ってきた声には笑みが混ざっていた。何故かそれに奇妙な安堵を覚えた結理は、彼が今どんな顔をしているのかが気になって見ようとしたが、それよりも早く目蓋を閉じさせるように手で視界を遮られる。
「送っていくから、ゆっくり眠るといい」
「……はい……すいません…………」
「そういう時はお礼だろうに……」
「あ……」
苦笑混じりに指摘されて言い直そうとしたが、睡魔に抗う力はもう残っていなかった。
「………………はっ!!」
ばちりと開いた目に映ったのは見慣れた天井だった。数秒ほど記憶が繋がらず、結理はぱちぱちと瞬きを繰り返しながら視線だけで辺りを見回す。
現在地はライブラの事務所で、自分はソファに寝ているらしい。視線を下げると黒のコートがかけられていた。
「…………」
「おはようお嬢さん」
体には何の異常もないが、胸中で様々な疑問が飛び交いすぎて動けずにいると、穏やかな声と一緒によく知る姿が視界に入った。
「……スティーブンさん…?」
「来て早々仮眠とは、余程のトラブルに巻き込まれたのかい?」
「……わたし……いつ来ました?」
「え?あー、僕が少し席を外して戻ってきた時にはもうここで寝てたから……一時間前くらいかな?」
「そう、ですか……」
回答を聞きながら起き上がって何気なく時計を見た結理は、表示されている時刻に思わず目を見開いた。
時刻は午後を少し回った頃で、家を出て堕落王にさらわれてデートらしきものに行ってからほとんどと言っていいほど時間が経っていなかった。
「え……ええ…?」
「お?今日は随分と可愛い格好をしているな」
「はい?」
あの出来事が長い長い夢だとしたら自分の脳内はどうなっているんだと顔をひきつらせかけたところで、意外そうな声をかけられた結理は思わずスティーブンを見てから自身を見下ろす。
黒を基調として各所にフリルとリボン飾りをあしらい、襟元と腰の飾りリボンにだけ鮮やかな赤を使っている、華美ではないが決して地味でもないフレアワンピース。そんな自分の格好を見た[FN:結理]は恐る恐る髪のサイドに手を伸ばした。予想通りにそこには固い髪飾りの感触がある。
「夢じゃなかったーーーーーーーーー!!!!」
安堵なのか憂鬱なのかそれらが混ざり合ったのか分からない感情で呻きながら、結理はコートを握りしめてうなだれた。このままもう一度寝直してしまいたいと唸っていると、察したらしいスティーブンに控えめに言葉をかけられる。
「……あー、うん、似合ってるよ」
「ありがとうございますあんまり嬉しくないです」
「また”奴”かい?」
「はい……」
「それは……お疲れ」
「…………一応五体満足なんでそれでよしとします」
悲しげに呻いた結理はソファから降りてコートを羽織った。今日は緊急事態が起こらなければ内勤なので、もやもやした感情は全て仕事にぶつけてしまおうと思い直す。
「…………あ、」
「ん?」
「!いえ、何でもないです。とりあえず牛乳いれてきまーす」
宣言して給湯室に向かいながら、少女は何とも言えない表情で思い出してしまっていた。
(次は美術館デートの続きってことだよね……)
そう思った時によぎった憂鬱以外の感情には、気付いていないふりをした。
end…?
2022.05.24
2024年11月3日
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