デートのススメ再び
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結理が今日はデートに連れてこられたのだと思い出したのは、二杯目の紅茶を飲み終えて仕立て屋の青年が呼びにきた時だった。そういえば結局どこへ行くのか答えてもらっていないと思いつつ、出来上がったばかりの服に袖を通す。
各所にフリルとリボン飾りをあしらったフレアワンピースは少女の要望通りに黒を基調としていて、襟元と腰の飾りリボンにだけ鮮やかな赤を使っている。華美ではないが決して地味でもない。かなり好みのデザインに思わず表情を輝かせる。
「おお……素敵…!」
「サイズの合わない箇所はございますか?」
「いえ、ピッタリです!すごい可愛いですね!」
「ありがとうございます」
満面の笑みで感想を言うと、青年は表情を変えずに一礼をした。靴も履き替えて試着室を出ると、待っていた堕落王も装いを変えていた。
「……それ着けるんですか…?」
「君とのデートの時に着けてこそだろう?」
以前プレゼントした銀の髪飾りを何とも言えない表情で見る結理に即答して、堕落王は手を伸ばして髪に触れる。何をするのかと身をこわばらせる少女に笑いかけながら髪に何かを着けた堕落王はすぐに離れた。
警戒しながら鏡を見ると、サイドが色とりどりの宝飾のあしらわれた髪飾りで彩られている。それは前回のデート(という名のフィールドワーク)で堕落王が結理に贈った代物だった。
「というわけで君もだ」
「いつ持ってきたんですかこれ…!」
自宅の小物入れにしまっていたはずのものを持ち出された結理が唸るが、堕落王は構わずに懐から長い布を取り出す。
「それとこれも」
「聞いてます!?」
「向こうだと君は目立ちすぎるからねえ。デートどころじゃなくなるのもつまらない。全ては難しいがある程度は隠せるだろう」
「ちょ…!」
言いながら堕落王は手にした闇色の布で少女の目元を覆う。これでは何も見えないと抗議しかけたが、思いの外開けている視界に出しかけた罵声が引っ込んでしまった。
「……あれ?」
「さあ行こうか」
「いやいやいやこれの説明!」
「文字通りに目隠しさ。今言った通り君をそのまま連れていったら目立ってしょうがないからね。本当は君のコートと同じ超再生仕様にもしたかったんだが、今回は目隠しと中から見える仕様だけに留めたよ」
「マジでどこ連れてくつもりなんですか…!?」
「それはお楽しみだ」
そう笑いかけて、堕落王は恭しく少女の手を取った。はっきり言って不安しかないが、数瞬の葛藤の末に観念した結理も手を握り返す。
「いってらっしゃいませ。よいお時間を」
最後まで丁寧な青年の声を聞きながら、二人は扉の先へと踏み出した。
「……うわ…!」
出た先は夜のマルシェといった雰囲気の場所だった。レンガ造りの建物が並ぶ通りに向かい合う形で屋台が出ていて、周囲は蛍のような淡い光がふわふわと漂っている。
(思いっきり異界…!!)
建物こそ人界の形に近いが、道行くのは全て人間の形状をしていない異界の存在ばかりだった。人間に近い姿の者もいることはいるが、気配は全く違っている。成程確かにここでは自分は目立つだろうと納得しながら堕落王の方に寄ると、彼は何でもないように繋いでいた手に少しだけ力をこめた。思わず見上げると堕落王は前を向いたまま告げる。
「ここではぐれてしまうと非常に面倒だからね。この手は絶対に離さないように。それにデートなんだ、手を繋ぐのは当然だろう?」
「はあ……」
この怪人のことだからマーキングの一つや二つは付けてるんじゃないかと思ったが、完全に異界らしきこの場所ではぐれたらよろしくないのも確かなので、結理は曖昧に頷いた。
「じゃあ」
それから思いついて、繋いだ手を指を絡める形で握り直して反対の手は彼の腕に軽くしがみついた。多少歩きづらいがこれだけ密着すればそう離れないだろうという判断だったが、結理が手を握り直した途端に堕落王はびくっと身じろいだ。
「何ですか?」
「……君は本当に予想外のことをするなあ」
「だってはぐれたらまずいんでしょ?」
「そうなんだけど……まあいいか」
訝しげに尋ねると何故かおかしそうに笑みをこぼしてから、フェムトは「じゃあ行こうか」と言いながら歩きだした。ゆっくりとした、少女の歩幅に合わせたペースだ。それに気付いた結理は気恥ずかしさのようなものを感じて少しだけうつむく。
堕落王フェムトは案外紳士である。一通りの礼儀作法やエスコートの仕方を嗜んでいると言ってもいい。パジャマ姿でぐうたらとソファに寝そべっていることもあるが、外に出る時はある程度装いにこだわっているし振る舞いにも気を遣っている。王の名を冠されているだけあってなのか彼の立ち振舞いには気品があると結理は思っている。
その気品ある立ち振舞いのまま平然と混沌の街を実験場にしたりゲーム会場にしたり実験物の廃棄場にしたりするがそれはそれとして……
やっぱり掴み所がないなと胸中で締めくくってから、[FN:結理]は異界のマルシェを見回した。ずらりと並んだ屋台は生鮮品や乾物等の食品だけでなく、アクセサリーや骨董品、果ては布地や何に使うのかよく分からない塊等の素材も取り扱っているようだ。
「すごい賑わってますね」
「ここはこの一帯でも特に密集しているエリアでね。今は収穫祭の時期だから殊更忙しく動いているんだ」
「へえ……」
「折角だから何か食べていくかい?」
「……いえ、やめときます。戻れなくなりそうだし」
「いい判断だ」
「試しやがりましたね…!?」
からかわれたと気付いた結理はおかしそうに笑うフェムトの腕を少しだけ強く握るが、彼は大して気にした風もなく残念そうに息をつく。
「君が異界側(こっち)に来るのも中々面白いと思うんだけどなあ……」
「嫌ですよ。仕事も残ってますし」
「やっぱり社畜じゃないか!」
「社畜はうちの上司だけです……多分」
「おや?見てごらんレディ」
「?」
慣れない呼び方を怪訝に思いつつ指差された方向を見ると、その直後にすぐ近くを何かがゆったりと横切った。目で追うと先程からふわふわと浮いている蛍のような光が形を変えて、魚に似た姿をとって次々と夜空を泳ぎ始めた。
「うわあ…!!」
「丁度いい時間だったね。この時期にしか見られない夜光虫の空登りだ」
「お星様みたいですねえ…!」
素直に感嘆の声を漏らしてから、結理はふと気付いてフェムトに尋ねる。
「もしかして、これを見せたかったんですか?」
「それだけじゃないんだけど、こういうの好きだろう?」
「はい、まあ……」
「ならば何よりだ。色々考えた甲斐がある」
「!?」
おおよそらしくないことを言われた少女は思わず面食らった。今のは要するに、あの堕落王フェムトが、デートをするにあたって相手の好みそうなものを考えたと言ったのだ。そういえば今着ているワンピースも色こそ自分で指定したが好みのデザインであるし、もしかして仕立てを待っている時に出された紅茶とおやつもこちらに考慮したものだったのだろうかとこの数時間を思い起こす。
(マジで普通のデートなの?フィールドワークじゃなくて?)
考えてから、それも込みでフィールドワークなのかと思い直した。相手の好みそうなものを思案してデートプランを立てるのは、以前結理が提示してみせたことだ。どうやら何だかんだで研究は続いているらしい。こちらの好みを把握されているのは何とも複雑な気持ちだが、珍しく好奇心が続いてるなと思いながら少女は次々と夜空へ昇っていく光を見つめていた。