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語り手
夏休みと言えば、かったるい量の宿題だろう。
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語り手
当時のボクは夏休みの宿題は非常に憂鬱で
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語り手
仕事の手伝いをできなくなってからは、
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語り手
午前中、散らかった職場の2階の寝室で、ドリルやお習字とにらめっこする羽目になる。
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ボクくん
んあ~~!かったりい!
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語り手
襖のあける音がした。
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語り手
レンジが入ってきた。
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レンジ
ボクくん!あそぼ!あそぼ!
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ボクくん
ビクッたあ――んだよ、
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語り手
レンジは足元にあるカップラーメンをまたいで、布団をふみつけて、ボクに近寄った。
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レンジ
なにしてるの!
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レンジ
あそぼ!
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ボクくん
ごぜんちゅうはシュクダイすんの。
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語り手
レンジは首を傾げる。どうやら宿題を知らないらしい?
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ボクくん
まったくおきらくだな。
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語り手
上着を脱ぐと、布団に投げる。
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語り手
全身汗だくだ。
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ボクくん
うみのせかいにはスクールはねえのかよ
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ボクくん
へいわぼけってやつかあ?
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語り手
あきらかにレンジを馬鹿にした態度だ。
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語り手
レンジはほっぺを膨らませると
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語り手
うつぶせになり、さんすうドリルと、にらめっこしているボクの背中に、どかっと馬乗りしてきた。
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ボクくん
だあっ!
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ボクくん
なにしやがる!
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ボクくん
おれさまのからだにきやすくさわるな!
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語り手
知ったことか。
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レンジ
ボクくんがいじわるなこと、いうからだよ
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レンジ
かまってくれなきゃドリルもって、きえちゃうから!
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ボクくん
だあっ!ごめん!ゆるせ!
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語り手
当時の彼なりの精一杯の謝罪だ。
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語り手
私は恥ずかしさで殴りたくなる。
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レンジ
アイスキャンデーおごってくれたらよいよ
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語り手
レンジはレンジで交渉が上手い。
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ボクくん
わかったから!
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ボクくん
シュクダイをごぜんちゅうだけやらせてくれ!
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レンジ
んふんふっわかったあ!
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語り手
風鈴の音が鳴る。
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語り手
あと数十年経つと、都会では耳にすることが無くなるとは…
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語り手
ボクは知らないだろう。
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語り手
蝉やひぐらしが、絶え間なく呼びかけていた、あの夏を。
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ボクくん
おわったーー!
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語り手
天を仰ぎ、大の字で布団に背中を預けている。
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レンジ
これがシュクダイ?
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ボクくん
おい、こら、こわすなよ?
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語り手
レンジは物珍しそうにドリルを握り、ぺらぺらと紙をめくる。
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ボクくん
ん!?
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ボクくん
ちょっとよこせ!
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レンジ
わ!
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レンジ
そういうことするといけないんだよ!
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ボクくん
うるせえ…
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語り手
レンジからひったくったドリルを握り、ボクは震えた。
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ボクくん
これ、こたえついてんのかよぉ…
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語り手
夏休みの宿題のドリルくんシリーズには
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語り手
裏面に答えが付録されており、悪知恵がはたらく子供や、
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語り手
親が子供に教えてとせがまれた場合の、救済処置が施されていた。
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語り手
去年まではボクの宿題の進歩確認は母が行っていたため
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語り手
ボクはドリルに答えがあるなんて知らなかったのだ。
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レンジ
すごーい!こんなにがんばったんだー!
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レンジ
くうらんひとつもないってすごいことだよね!
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語り手
胸が熱くなる。
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ボクくん
こたえあわせするかあ
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語り手
まだ昼には30分ほど余裕がある。
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レンジ
こたえあわせってなに!
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ボクくん
まあ、みてろって。
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語り手
実際の細かい総合点数は忘れてしまったが、間違いは少なかった。
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レンジ
いっぱいすうじがあるっていーことなんでしょ!
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レンジ
すごーい!
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ボクくん
いや、だめだ
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ボクくん
はなまるじゃねえとやだ。
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語り手
どうして間違えたのか、考え始めた。
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レンジ
え~~まだやるのお
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語り手
レンジはすっかり意気消沈している。
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ボクくん
おめーはみてただけだろ!
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語り手
それがやる気に変えてくれた。
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レンジ
ぼくねるう おわったらおこしてえ
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語り手
レンジは上着を抱きしめて、目を閉じる。
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ボクくん
…
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ボクくん
わかったよ
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語り手
また、昼まで宿題とにらめっこだ。
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