-
環境音
ジリリリリリリリリリリ
-
ボクくん
あう…ん…
-
ボクくん
もうちょっと…
-
ボクくん
ん…ッ、…はっ…
-
ボクくん
んああ!?っだあ!!
-
環境音
ドシャッ、バタッ
-
語り手
あ、起きたのか。
-
語り手
背中に目覚まし時計が直撃し、衝撃で時計は止まった。
-
ボクくん
ってて・・・でーーーーーーッ
-
ボクくん
もう10じじゃんか!!!!
-
語り手
慌てて半裸で起き上がる。硬い皮のソファで、上着を下にして寝ていたのだ。上着はもみくちゃだった。
-
語り手
彼が寝ていたのは事業所の2階だ。寝袋があちこちに散乱しており、食べた後のカップラーメンやゴミがそのままで残されている。
-
ボクくん
っおやじーーーーなんでおこしてくれねえんだよ!!
-
環境音
カン
カン
カン -
語り手
ガラス張りのドアを開けて事務室に入り込む。
-
語り手
誰もいなかった。
-
ボクくん
おやじいーーー!
-
ボクくん
先に行っちまったのかよ…
-
語り手
外に出ようと取っ手に指をかけたが――
-
ボクくん
っやべ、スコップ!!
-
語り手
再び階段をかけ登る。
-
ボクくん
あっ…
-
語り手
スコップの近くには
-
語り手
ラップに包まれたおにぎりと、しわくちゃなメモが置かれていた。
-
語り手
メモには「昼ご飯に使いなさい」と千円札が1枚置かれている。
-
ボクくん
おれは…やくたたずってわけかよ…
-
環境音
…リンッ、リィィン――
-
語り手
風鈴の音が、畳式の寝室に響き、物悲しく感じた。彼は立ち止まってうつむいていた。
-
・・・
-
語り手
ボクの父は家を建てたり、経てた場所の補修作業の仕事をしていた。
-
語り手
今回、この海岸通りに来たのは、巨大ホテルの補修作業のひとつだ。
-
語り手
予定では8月いっぱいまではかかるとのこと。
-
語り手
ボクはその手伝いの一環として、父についてきたというのがきっかけだったと思う。
-
ボクくん
っは、はっ、はっ!
-
ボクくん
んだよっ、いきさきくらいかいとけよっ
-
語り手
スコップが手汗で滑りそうになっては握り、真夏の世界を走っている。
-
語り手
父は仕事場所を教えてくれなかった。
-
ボクくん
どちくしょーーー!!
-
語り手
すれちがったおばあちゃんが、びっくりしてボクの後ろ姿を見ていたが、ボクは気にもかけなかった。
-
語り手
何故、教えてくれなかったのか。
-
語り手
私のことが嫌いになってしまったのか。
-
語り手
結局8月の終わりまで、ボクが手伝えるということはなかった。
-
語り手
夜遅くまで起きたり、朝早く起きてみたり、色々してみたが、いつも置いてかれた。
-
ボクくん
やだ
-
ボクくん
やだやだ
-
ボクくん
きらいにならないで
-
ボクくん
おれをっ
-
ボクくん
おれをひとりにしないでっ
-
語り手
怖かったけど、一度だけ理由を尋ねてみたことがある。
-
語り手
父は答えてくれなかった。
-
語り手
大人になると、都合悪いことはごまかすことが多くなる。
-
語り手
おそらく、父は素直になれなかったのかもしれない。
-
語り手
私も素直にはなれなかった。
-
語り手
子供時代だったボクにとっては、無視をされることが「恐怖」だった。
-
語り手
夏休みが終わった頃には、怖くて職場に寄ることもなくなった。
-
語り手
嫌われることが怖かった。ひとりになったことが怖かった。
-
語り手
あの日以来
-
語り手
父の顔を覚えていない。
-
・・・
-
ボクくん
えぐっ、うっ、ヴっ、
-
ボクくん
っ、すすっ…ッ。
-
語り手
上着の袖で鼻水を拭う。
-
語り手
泣きすぎて目が腫れている。
-
ボクくん
けっ!おやじが、そのきなら!おれ!もうてつだわないからな!!!
-
語り手
ボクは立ち上がると、ズボンの尻についた砂を手で大雑把に叩いた。
-
語り手
スコップを両手で握り、空に掲げた。
-
ボクくん
おれさまはむてきだー!!
-
ボクくん
うっ・・・。
-
語り手
目をぎゅっとつむって、スコップを下ろした。
-
ボクくん
…
-
ボクくん
俺、ずっとこのままでいいのかな…。
-
環境音
ざぁぁん…
-
環境音
――ざぁぁああん
-
ボクくん
俺、なんで親父のことを手伝おうと思ったんだっけ。
-
レンジ
ざぁぁぁん・・・
-
ボクくん
良いんだ。俺は、役立たずの「こども」なんだ。
-
レンジ
ざぁーーーん!!!!
-
レンジ
ぱしゃぱしゃぱしゃーーー!!
-
ボクくん
ぐおああああっ!!!!
-
語り手
突然、声をかけられたボクは尻もちついて、後ろを振り返る。
-
ボクくん
はっ、あっ、レンジィ!?
-
レンジ
わあ!なまえ!
-
ボクくん
…?
-
レンジ
なまえーー!よんでくれたーー!
-
ボクくん
…アホじゃねえの。
-
語り手
立ち上がって、腕を組み、レンジに背中を向けて口をとがらせる。
-
レンジ
ガキって
-
ボクくん
あ?
-
レンジ
ガキってきょうはいわないんだね
-
ボクくん
…もう、いわねえよ
-
ボクくん
おれもガキだから
-
レンジ
ねえ、ボクとうみであそぼうよ!
-
語り手
レンジの後ろは、キラキラときらめく海が広がっている。
-
ボクくん
きょうは…
-
ボクくん
つきあってやる。
-
レンジ
わあ!ほんと?うれしい!!
-
ボクくん
・・・おれのなまえはボクだ。
-
レンジ
ボクくん?
-
ボクくん
くんをつけるな!!!
-
レンジ
でもボクはボクっていうから・・・かぶるよう
-
語り手
ボクは頭をがしがしと掻く。腕を下ろしてため息をついた。
-
ボクくん
じゃあ、おまえは「オレ」とよべ。
-
レンジ
おえ?
-
ボクくん
オレ。それなら混乱しねえだろ?
-
レンジ
おれ・・・オレーーー!おうれーーー!
-
ボクくん
うるせえなあ こいつ
-
語り手
今にして想えば。
-
レンジ
ボクくん!よろしくね!!!
-
ボクくん
――ッ、おー…
-
語り手
夏は全てを知っていた気がする。
-
語り手
海に少しずつ入っていく。
-
ざぷ…
-
環境音
ぶくぶく…
-
環境音
ゴゴゴ…
タップで続きを読む