-
語り手
考えればクリスとレンジがどうやって知り合ったのかは俺は知らない。
-
語り手
俺とクリスが知り合ったのは「時の旅人」の軸が乱れたからだ。
-
語り手
クリス達はその軸を安定させるために、この時代の、この国にやってきた。
-
語り手
レンジが元の人間に戻ったとしたら、それから先どうするかとか
-
語り手
この世界での俺は…
-
語り手
いや、
-
語り手
ボクは、レンジを好きなままでいられるのかな?
-
語り手
俺がレンジに持つ感情は
-
語り手
愛情じゃない…。
-
語り手
仮にボクに今までの記憶を持った状態で俺を引きはがせたとしても…。
-
語り手
この世界のどこかにいる生涯を共にする妻を見放すことにならないかな?
-
語り手
わからないけど、でも、今は。
レンジを普通の人間に戻さないといけない。 -
語り手
レンジは、どう思っているのかな?
-
カランコロン
-
ラベンダ
ああ、いらっしゃい。
-
クリス
ボクくん!昨日は手伝いしてくれてありがと!
-
ボクくん
ああ。
-
語り手
俺が店内に入ると、おいしそうな匂いが鼻に届く。
-
レンジ
わあ!またおやつつくってる!くっきー?
-
クリス
クッキーもそうだけどね~
-
ラベンダ
昨日手伝ってくれたお礼に二人でケーキを焼いたんだよ。
-
語り手
ラベンダはゆったりとした口調で言うと、お店の奥の部屋に通じる扉を開いた。
-
語り手
レンジが真っ先に飛び込み、あとに続いてクリス、俺と中に入った。
-
ケドルス
おめーらおせーんだよ
-
ボクくん
なんでお前が先に食べてんだよ
-
レンジ
わ!もー!ずるい!!
-
語り手
四角い茶色のテーブルに、ケドルスは手づかみでカットされたケーキを大口で食べている。
-
語り手
ケドルスの向いにレンジが飛びつき、クリスは俺の隣に。
-
語り手
ラベンダはにっこりしながらケドルスの隣に着いた。
-
レンジ
たべてもいいですか?
-
語り手
ラベンダはにっこりと頷く。
-
語り手
クリスはレンジと俺の皿にそれぞれケーキを包丁で乗せた。
-
語り手
ショートケーキと言ったところだろう。イチゴがたくさん使われており、とてもおいしそうだ。
-
クリス
いただきまーす!
-
レンジ
たーきやーしゅ!
-
ボクくん
ん!?むぐ、あ、いただきます。
-
ラベンダ
あははは!どうぞどうぞ!
-
語り手
フォークを前に倒すと、まるでソファに座ったかのように生地がゆっくりしずみ
-
語り手
音もなく裂かれていく。
-
ボクくん
ん、いちごうまいな
-
レンジ
ねー!おいしーねー!
-
ケドルス
まあ、味はわるくねえな。
-
ラベンダ
材料とかはここの国のを買ってきたんだよ。
-
クリス
こないだいちごだけ食べてみたらすごくおいしかったから、たくさん買ったんだよね。
-
語り手
ケドルスは初耳だったぞと言うと二人の笑いは一層はじけ、俺とレンジもつられて笑っていた。
-
レンジ
おいし!おいし!
-
レンジ
ん~~~~~~~~~~~っ
-
レンジ
おいしー!
-
語り手
絶え間ない笑い声が台所に響き渡る。
-
語り手
永遠ではない時の空間。
-
語り手
窓から見える入道雲がどこか切なかった。
-
ひと段落ついて
-
語り手
4人で砂浜を歩くことも当たり前になった。
-
語り手
8月初期まではまだ子供であふれていたこの場所も
-
語り手
気がつくと人の数も減っており、旅行客の顔ぶれも変わりつつある。
-
語り手
台風が過ぎた日に壊れた車が砂浜に打ち上げられた。
-
語り手
エンじいを呼んで、ガソリンをぬいてもらい
-
語り手
私たちだけではなく、砂浜にいた子供たち総出で作ったこの車も。
-
語り手
今ではボンネットに乗っているのはカニだけだ。
-
レンジ
ぼくちょっとパトロールしてきます
-
クリス
いってらっしゃーい
-
語り手
レンジは俺たちから離れると海に飛び込んだらしい。
-
クリス
そういえばさ、ボク君って海で泳がないよね。
-
ケドルス
そういや、そうだな。
-
ボクくん
あー
-
ボクくん
なんか、こわいんだよな、海。
-
語り手
えーーっとクリスは声をあげた。
-
ケドルス
っだああ!うるせーんだよおめー!
-
ボクくん
いや、おまえも声でかいよ。
-
語り手
クリスはびっくりした顔で俺を見つめている。助手席から前のめりに体を出して俺の手を握った。
-
クリス
せっかくここに来たのなら泳がないと!!
-
ボクくん
いや、たぶん、足がつかるくらいまでなら平気なんだよ。
-
ケドルス
いや、それ泳いだって言わねえだろうが
-
語り手
ごもっともだ。
-
ボクくん
1回来た時に泳いだんだよ。
-
ボクくん
ああ、そうだよ、俺そん時にすごいおぼれかけて、
-
語り手
記憶をたどる。
-
ボクくん
――それで、だめになったんだと思う。
-
語り手
クリスは手を離すとそっかーっと車の天井に顔をあげている。
-
ケドルス
練習すればいいんじゃね?
-
クリス
そうだよ、レンジに教えてもらえばいいじゃん!
-
ボクくん
…、
-
ボクくん
自信ない。
-
ケドルス
おーーい!レンジー!こっちこいよ!
-
ボクくん
ちょっとまてよ
-
語り手
俺のことはかまいなしに二人は車から出ようとした。
-
ボクくん
待てよ!!
-
語り手
二人はびっくりして俺を見つめる。
-
ボクくん
…もうちょっと、時間くれよ。急には無理だよ。
-
クリス
…でも、アポロンダリ帝王に会いに行くには海に潜らないとなんだよ?
-
語り手
わかってるよ、と口ごもる。
-
ケドルス
はー、なんかしらけちまったな。
-
レンジ
どうしたのー?
-
語り手
レンジがやってきた。
-
ボクくん
レンジ、大事な話をしよう。
-
レンジ
なあに~
-
クリス
ボクくん、話すの?
-
語り手
俺は頷いた。
-
語り手
アポロンダリ帝王に会いに行き、レンジを元の人間に戻すこと。
それが終わったらクリス達も俺も、お別れしないといけないこと。 -
語り手
それをきちんとレンジに考えさせたかった。
-
語り手
違う…。
-
語り手
聞きたかった。本当は。
-
語り手
ずっと、今の時間と空間にいたいって。
-
語り手
でも、それは
-
語り手
俺のわがままだってことも、わかってた。
-
レンジ
にんげんにもどったら、もうみんなとあえないの?
-
ケドルス
ああ。そうだ。
-
クリス
ケドルスっ
-
語り手
ケドルスは鼻に指をいれて、鼻くそをほじくると、車の外に投げ捨てる。
-
ケドルス
俺たちも暇じゃねえんだよ。
-
ケドルス
いつまでもガキごっこなんかしてらんねえんだよ。
-
語り手
俺は黙って車のシートの下を見つめることしかできなかった。
-
語り手
レンジたちが今、どんな顔をしているのかも、こわくて、見れなかった。
-
レンジ
…あえないの?
-
語り手
レンジ…。
-
クリス
しょうがないよ。
-
クリス
でも、ボク君は君が本当に求めていたボク君にもどるんだよ。
-
語り手
手順通りにいけばそうなる。記憶も残っていれば。
-
ボクくん
お前が好きだったボクに出会えるよ。
-
レンジ
いまのボクくんはどうなるの?
-
ケドルス
しばらくはタマシイでさまよってるけど、消えちまうだろうな。
-
レンジ
そんなのやだよっっ
-
レンジ
だって、いまのボクくんは…
-
レンジ
まえのせかいのボクくんだよ…
-
語り手
声からして涙声なのが伝わった。
-
レンジ
やだよ・・・
-
レンジ
じぶんをだいじにしないボクくんなんて、きらいだよ!!
-
レンジ
ぼくがだいすきなのは、いまのボクくんだよ!!!
-
ボクくん
でも、俺は、レンジをもう愛せないよ。
-
レンジ
いいの!!
-
語り手
クリスもケドルスもだんまりしている。息が伝わってくる。
-
レンジ
ぼくはちゃんと、わかってるから。
-
レンジ
ともだちとして、ぼくのことがすきなの、わかってるから
-
レンジ
いまのボクくんをだいじにしたい…。
-
クリス
レンジごめんね。
-
クリス
ボクくんも急かして、ごめん。
-
レンジ
ううん。
-
レンジ
ボクくん、かおあげて?
-
語り手
俺はおそるおそる顔をあげた。
-
語り手
レンジは俺の手をつつみこんでいる、気がする。
-
語り手
いつのまにかクリスは後部座席にケドルスと座っていて、クリスが座っていた助手席に、レンジは、いる。
-
レンジ
ぼくはこのままでいい
-
レンジ
だから、ボクくんはいまをいっぱいたのしんで。
-
レンジ
笑って、さよなら、したい。
-
ケドルス
はーあついあつい。
-
クリス
ケドルス!!
-
ボクくん
でも、そうなると軸はどうなる?俺が異空間時間遡行の魔力を失えばいいのか?
-
クリス
うん、そうなるね…。
-
クリス
どっちにしても僕たちの記憶はボクくんから消さなくちゃいけなくなるの。
-
語り手
そんなこと・・・
-
語り手
だからか、だから、俺がボクだった頃に二人の思い出がなかったのか?
-
ボクくん
おれ、だまってるよ。
-
ボクくん
だから消さないでほしい。
-
クリス
それは…
-
クリス
僕からじゃどうしようもできないよ。
-
レンジ
ぼくからでもだめ?
-
ケドルス
おめーは七福神かなんかか?
-
レンジ
だってぇ・・・
-
クリス
ごめん、僕たちにも少し考えくれない?
-
クリス
僕たちだって、こんなお別れしたくないもの。
-
語り手
私は頷いた。
-
語り手
とても長く、長い話をした気がする。
-
語り手
それでもまだ空は青く、雲は大きかった。
-
語り手
気がつくとペースはいつものように戻っていて。
-
語り手
俺たちはまた、笑い合っていた。
-
タップで続きを読む