-
語り手
それはそれはまだ、魔法が現在に存在し、当たり前だった時代。
-
語り手
錬金術師という人間界と魔法使いと魔女が存在する魔界が、まだくっついていた時代だ。
-
語り手
地面を見下ろすように少し、前のめりにゆがんだ建物が立ち並ぶ。クリーム色だけど、やや土汚れた壁で出来た家だ。屋根の瓦はひとつひとつが少し重なった状態で敷き詰められている。
-
語り手
その建物は道路や行き交う魔法使いや人を左右に挟んでいる。
-
語り手
商店街の階段から少し降りて、電灯が少なくうす暗い道につながる角を曲がる。
-
語り手
少し奥に進むと、オレンジ色かかった光に包まれた、1階建ての小さな建物がある。
-
語り手
そこで、ラベンダはパン屋を経営し、まだ今より幼かったクリスがラベンダのお手伝いをしていた。
-
クリス
ラベンダ!クロワッサンおいたよ!
-
ラベンダ
ありがとうね~
-
クリス
いらっしゃいませ!
-
語り手
クリスは忙しく大きなトレーを持って、お店のショーケースに丁寧に入れていく。
-
語り手
お店の中は暖かく、焼きたての良い匂いに包まれている。
-
語り手
どことなく切なげな、でも、胸が暖かくなるような、音楽が小さく流れている。
-
ラベンダ
恋人に送るプレゼントですね?
-
ラベンダ
少々お待ちくださいね。
-
語り手
ラベンダは一度、カウンターの後ろのドアを開け、中に入った。
-
語り手
1、2分経ってまた出てきた。
-
語り手
トレーの上にはクリームとイチゴがたくさん飾り付けされたケーキだ。
-
ラベンダ
恋人と末永く穏やかな日々を送れるように祈った魔法をかけました。
-
ラベンダ
おしあわせに。
-
語り手
魔法帽子をかぶった男性と、ドレスに身を包んだ若い女性がお店から立ち去っていく。
-
クリス
ありがとうございました!
-
語り手
クリスはお辞儀をすると、扉はゆっくり鈴を鳴らし閉じていく。
-
語り手
そのようなやりとりがたまに行われて、数十分か、あるいは数時間経った頃だろう。
-
語り手
ラベンダは店じまいをはじめ、レジの部屋の電源は落とされた。
-
語り手
しばらくして、何か階段から降りてくる足音が聞こえてきた。
-
語り手
コンコン、コン…。
-
ラベンダ
…。
-
語り手
ラベンダだ。
-
ラベンダ
ガラスケースの中は生きにくいかい?
-
-
語り手
うようよと緑色の塊は瓶の中で泳ぐ。
-
語り手
部屋の明かりがついた。
-
クリス
やっほー!ケドルス仕事終わったよー!
-
語り手
クリスはぺたぺたと歩くと、瓶を持ち上げ中身の物体をみつめた。
-
語り手
そう、あれがケドルスだ。
-
語り手
どういうわけか、私にはケドルスの記憶を少し持っている。
-
ラベンダ
今日、王様に君を実験生物として譲らなければならない。
-
ラベンダ
どうか、怒りに身を任せず、生きて欲しい。
-
語り手
がたがたを瓶が震えだし、クリスがあわてた。
-
クリス
だめ、だめ、われちゃうよ!!
-
語り手
この俺様を産んだ分際で
-
語り手
不要になったら捨てるだと?
-
語り手
きさまら人間は勝手なヤツらばかりだ。
-
語り手
…
-
語り手
あ、いや今のは私の声ではない。
タップで続きを読む