はじめましての夏

  • 語り手

    子供が見る夏は子どもの姿。

  • 語り手

    大人には姿も声も聞こえない。

  • 語り手

    いつからが大人で、いつからが子供なのか。

  • 語り手

    今でもわからない。

  • はじめましての夏

  • 語り手

    クラクションの音。

    セミの鳴き声。

    急かす怒鳴り声。

  • ボクくん

    なあ、おやじい、まだつかねえの?

  • ボクくん

    アツすぎるだろ…

  • 語り手

    幼いボクがが乗っているこの乗物は、父が働く会社用の運搬トラックだ。ボクも、父も硬い革のシーツに深く腰かけてぐったりしている。

  • 語り手

    トラックの前も、後ろ、右隣も車で大渋滞だ。目的地すら見えはしなかったのを覚えている。

  • ボクくん

    いや、ほんとむり。おれ先に行くわ。

  • ボクくん

    うっせ!地図貸せ。エンじい(エンジニアのじいちゃん)に、はやくクーラー直してもらえよ!

  • 語り手

    ボクはバンッとトラックのドアを閉め、ガードレールを飛び越え

  • 語り手

    ストリートの歩道を歩き始めた。

  • 語り手

    しばらく歩き、後ろを振り返ると、父が乗っているトラックの姿は完全に見えなくなった。

  • 語り手

    父のトラックが渋滞を抜けるには、まだまだ時間はかかりそうだ。

  • ボクくん

    やっぱ外の方が気持ちいいな。

  • ボクくん

    んだよ…

  • ボクくん

    今年のお盆は仕事しねえって言ったくせに。

  • ボクくん

    …しょうがねえ、か。

  • 語り手

    石レンガを見ているうちに、けんけん、ぱっと遊んでみたり

  • 語り手

    手に持ってるスコップの刃先で、ささやかにリズムを鳴らす。

  • 語り手

    それすらも飽きたら

  • 語り手

    後は脳内に叩きこんだ道なりに沿って――

  • ボクくん

    れでぃ

  • ボクくん

    ごー!

  • 語り手

    夏の世界を走り抜けるだけだ。

  • ・・・

  • 語り手

    ボクはどれくらい進んだのだろうか。

  • 語り手

    ヤシの木がストリートの道路沿いにうの字で並んでおり、フィッシュショップの看板も木の板で海の魚を表現している。

  • 語り手

    旅行カバンを持った人達や、海パン姿のアベック、集団を流し見しながら歩くと、やがて旅行バスが並んでいるのを見るかけた。目的地は近づいているのがわかる。道は間違えていないようだった。

  • ボクくん

    おれってサイノウってあるあるじゃね?

  • ボクくん

  • ボクくん

    ジギョウショ、ってどこだ?

  • 語り手

    ボクは、すれ違う人の流れに逆らうように立ち止まると、スコップを脇にはさみ、地図を小刻みに回転させる。

  • 語り手

    太陽に照らされた地図はオレンジに染まり、ボクの顔に影を作る。穴ぼこから漏れた光が肌を焼付く。

  • 語り手

    地図はおおざっぱに赤色で大きな円を描いている。そこが事業所であることは間違いない。しかし、幼かった私には、おおざっぱすぎて細かいところがわからなかったのだ。

  • ボクくん

    あのさーちょっとききたいんだけど

  • ボクくん

    あ、ねえ!ちょっとー!

  • ボクくん

    …なーんだよ、あのたいど!むかつく。

  • 語り手

    掲示板に近づくと、ストリートマップがあり、それで地図を照らし合わせた。

  • ボクくん

    まちがいはねえわ。この――へんだ。

  • 語り手

    突然 名前を呼ばれた。

  • 語り手

    呼ばれた先に顔を向けると、複数人の大人が手を振っている。父の職場仲間だ。

  • 語り手

    当たり前だが、みんなボクよりも身長は高く、工事現場からあがりたてのごとく、服も体も汚れている。

  • ボクくん

    よー!

  • ボクくん

    あー、おやじ?
    あいつはくるまのじゅうたいにつかまってるよ。

  • ボクくん

    いーの!おやじのことは!んでしごとはどうしたんだよ!

  • 語り手

    どうにもこうにも、父のトラックに必要工具はあるために、今やれる仕事はまったくないのはわかってるだろう。

  • ボクくん

    えーしごとできないんじゃだめだめじゃん

  • ボクくん

    あっ!?え、でも、よ?

  • 語り手

    唐突に職場仲間に今日は海で遊んで来いと言われ、ボクはたじろいだ。

  • 語り手

    子供なら遊びに行けと囃し立てられても、困るわけだが。やることが現時点ないのであれば仕方がないだろう。

  • ボクくん

    しゃあねえ。ぶらぶら探索してくるわ

  • 語り手

    去り際に彼氏作ってこいよとゲラゲラ笑われた。

  • ボクくん

    からかうな!

  • 語り手

    白い大きなホテルを見上げながら、信号を渡る。

  • 語り手

    この辺りは人だかりが大変多く、車の通りも少ない。

  • 語り手

    そのため道路の真ん中を歩けるのだ。

  • ボクくん

    だはー!せかいのおうさまだー!

  • 語り手

    あの頃は世界の真ん中に立つだけでも、ボクの全てだった。

  • ボクくん

    わー!すみません!

  • 語り手

    車が通ったら避けなければいけないが。

  • 語り手

    仕方が無いので歩道に寄り、街並みを眺めていた。

  • 語り手

    色んなビンのお酒、カニマニュと書かれたラベルが、当時の私には理由もなくかっこよく読めた。

  • 語り手

    白人のビキニの女性が、ムキムキに焼けた肌の男性にしがみつき、ショーケースの香水に夢中になっている。

  • ボクくん

    あの男、なかなかでかそうなの持ってんな。

  • 語り手

    ふしだらなことを考えながら、空も眺めていると、空に風船が浮かんでいるのも発見した。

  • 語り手

    小さな子供がてをのばしながらおかーさーんあれとってーっと泣いている。

  • ボクくん

    ...

  • ボクくん

    ざまあみろ。

  • 語り手

    淡々と呟くと、その場から、また歩き始めた。

  • 語り手

    海岸通りを過ぎるとギラギラ光る広い海が目に映る。

  • ボクくん

    かっけえ…

  • 語り手

    それが、彼と夏の最初の出逢いだった。

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