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語り手
台風も過ぎて、暑い日が続く。
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語り手
さすがに台風の前日は人通りは減っていたが、過ぎた途端、海岸通りは普段の倍、人に溢れかえっていた。
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語り手
親父の抱えてた仕事もぶじ終わり、残りはバカンスだ。
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語り手
私も含めて、仕事仲間たちと部屋の中でバーベキューをしていた。
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語り手
私がこの国から出る日もそう遠くないことは、まだ、レンジたちに伝えられずにいた。
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語り手
ラベンダと話したことも、決めていなかった。
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ボクの父
おい ボク。ビールとってくれ。
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ボクくん
あいよー
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語り手
親父との会話もそんなんばっかだな。
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ボクくん
なあ、おやじい
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ボクの父
んぁ なんだ?
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語り手
親父はビールを一気に呑み、グラスを置いた。
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語り手
仕事仲間たちはすっかり酔いの世界に入り浸っているため、必然と私と親父が向い合せになっていた。
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ボクくん
おれ、もうちょっとこの国にいたいな。夏の間だけ。だめ?
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ボクの父
いや、そのつもりだけどな
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語り手
私はずっこけた。
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語り手
あわてて焼肉のタレがついたほっぺをハンカチでぬぐった。
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ボクくん
どういうこと!?帰るんじゃなかったのか!?
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ボクの父
エンじいに話して、ここの仕事を増やしてもらったんだよ。
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ボクの父
社員旅行みたいなものだな。
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ボクくん
そうなの!?
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語り手
あ、それが病院内で話をしていたことか。
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ボクくん
別におれに秘密にすることねえじゃんか
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ボクの父
サプライズしたかったんだよ。お前もがんばってくれてたしさ。
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語り手
親父はガーーッとビールをグラスに注ぐ。
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語り手
そして、また呑みきる。
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ボクの父
それに、父ちゃんはお前に友達ができたことが、何よりも嬉しかったんだ。
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ボクの父
8月の終わりには帰っちゃうから、残りは友達とたくさん思い出を作りなさい。
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ボクくん
おやじい・・・
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ボクくん
ありがとな。
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後日。
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語り手
というわけで8月も後半になる。
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語り手
ここにいられるのが2週間程のびた。
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語り手
限りはあっても、少しでもみんなと一緒にいられることが嬉しかった…。
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語り手
噛みしめたくて、ひとりでブラブラと海岸通りを歩いていた。
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ボクくん
あれ、
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ボクくん
おーーい、ケドルスー!
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語り手
私が手を振って近づくと、超ふきげんMAXなケドルスが振り向いた。
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語り手
あ、これまずそうだ。
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ボクくん
どうかしたのか?
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ケドルス
別に、なんでもねえよ
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語り手
ほっといてほしそうだったので――
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ボクくん
そ?んじゃなあ。
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ケドルス
っ、おー。
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語り手
少し、すれ違う。
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語り手
スッと建物を横切って、看板の後ろに隠れた。
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語り手
ケドルスが通りすぎたのを見計い、
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語り手
どうしても、いつもと違う雰囲気が気になって、私は後をつけることにした。
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語り手
付き合いはじめは、深追いはしないとは決めたものも、さすがに付き合いが数週間もあると
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語り手
ケドルスのことを気にかけないってことができない性分なのだ。
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しばらくして
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ボクくん
はあ…はあ…
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ボクくん
ったく、あいつ、
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語り手
どこまで歩けば気が済むんだ!
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語り手
展望図書館を抜け、向こうの田舎の世界にケドルスは飛び込む。
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語り手
更に高台を降り、山の中に入る頃には、私はクタクタだった。
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語り手
汗を拭って、一息つく。登坂を見つめる。
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語り手
ため息しか出なかった。
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ケドルス
おいこら
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ボクくん
あっ、
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語り手
どうもーっと声をかけると、ケドルスのやつ鼻で笑ったぞ!
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ボクくん
もういいよ。休んで帰るから
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ボクくん
ってうわ!?
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語り手
急に身体が浮いた!?
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ケドルス
俺様の秘密を知ろうとしたから、ここまで来たんだろうが。
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語り手
ごもっともだから返す言葉もございません。
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語り手
君は心を読める魔法があるのかなとたまに思う時があるよ。
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語り手
私がだんまり決め込むと、またケドルスは鼻で笑い、背中を向けた。
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ケドルス
ここまで足で来たんだから、俺に付き合えや
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語り手
そう言うと、ケドルスは森の奥深くに入り始めた。
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ボクくん
ちょっとまて!木の枝が当たる!当たるから!
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ケドルス
うるせえ。
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ボクくん
あだっあたっ!ケドルスのアホタレ~~!
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ケドルス
トウロウナガシだ
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語り手
なんかわけのわからん言葉を発していたが
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語り手
左右顔面に迫り来る木の枝を避けるのに精一杯だったのだ。
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ケドルス
ギャハハハハッ!ひぃーひっひっ!
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語り手
むかつく。
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語り手
てなわけで、色んな意味で逆に疲れていた私だったが
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ボクくん
山頂まであとどれくらいなんだよ!
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ケドルス
山頂?くだるんだよ。アホが。
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ボクくん
くだるう!?
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語り手
悲しいことに風に流されながら枝を避けるゲームが意外と楽しい。
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語り手
それに風が周りに吹いているのと、木陰が涼しい気持ちにさせてくれるため
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語り手
私の体から熱気は消えていた。
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ボクくん
これも、魔法の力なのか?
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ボクくん
川透き通ってんな
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ケドルス
そうだな
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ケドルス
…。
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ケドルス
埋葬が終わった日
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語り手
ケドルスが突然不思議な話をしはじめた。
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語り手
真後ろにいたため、表情はわからなかった。
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ケドルス
あの老人、一緒の墓にいれるなとか言いやがった。
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語り手
誰の話だ?
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ケドルス
だから、俺は遺骨を盗んだ。
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ボクくん
何の話してんだよ
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ケドルス
あいつのとこに入れるくらいなら
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ケドルス
もっと自由になれる場所で
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語り手
…ケドルス?
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ケドルス
空に流してやりてえんだ。
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ボクくん
その遺骨って――あの老人の人か?
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語り手
ケドルスは答えなかった。
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ボクくん
それは、その人は喜ぶことなのか?
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ケドルス
・・・あ?
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語り手
たとえ、夫婦仲が悪かったとしても、君と触れ合っていたおばあちゃんは
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語り手
遺骨を移すという行為を許すのだろうか、と。
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ケドルス
くたばったやつの気持ちはわからねえよ
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語り手
ずいぶんとそっけなく言うじゃないか。
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ボクくん
それは君のエゴだろう?
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ケドルス
そうだ
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ケドルス
だから、なんだよ?
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ボクくん
ちゃんとした場所で埋葬をした方が成仏すると思う。
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ケドルス
死んだやつが霊になってさまようって言いたいのか?
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語り手
いや、そういうわけでは…
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語り手
口ごもる。
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ケドルス
お前だって悩んでるくせに。ひとりで。
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ボクくん
ケドルス・・・。
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ケドルス
そんなんだから、いつまでたっても。レンジはお前に心なんて開かないんだろうが。
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ケドルス
俺は不快な言葉を聞いたから、俺の自己満足のためにするだけだ。
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語り手
何も言えなかった。
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語り手
やがて、森を下ると、先が見えてきた。
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語り手
あの黄色い草原はなんだろう?
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ケドルス
俺ができることは、花を添えて痛みを和らげることだけだった。
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語り手
私は黙って隣に来た。
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語り手
ケドルスは手から遺骨の入った箱を取り出すと
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語り手
手から青白い炎を出して、それを燃やした。
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語り手
突然のことで止めることもできなかった。
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語り手
ケドルスは完全に砂になったそれを
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語り手
風に乗せて、空に流した。
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ケドルス
このことは誰にも言うなよ?
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ボクくん
…本当に、これでよかったのか?
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ケドルス
何が正しいかなんて俺にはわからねえな。
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語り手
私は私の妻と死ぬまで一緒にいられて良かったと思ってる。
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語り手
でも、それは私自身が勝手に思っていることで、私の妻は同じことは思っていないかもしれない。
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語り手
世界がずっと続いているのなら、
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語り手
私がいなくなった世界を妻はどんな顔して過ごしているんだろうか?
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語り手
黄色い花に囲まれた青い空。
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語り手
流れてしまった魂は拾うことはできない。
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ボクくん
ケドルス?
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ケドルス
…何も、言うな。
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語り手
わかってるさ。
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語り手
私はケドルスと一緒にしばらく空を
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語り手
――見つめていた。
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