めざまし

  • 環境音

    リリリリリリリ

  • 環境音

    リリリリリ

  • ボクくん

    ん…

  • 環境音

    リリリリ

  • 環境音

    バンッ

  • ボクくん

    ――、ん、妻よ、いるか。

  • 環境音

    チュンチュン

  • ボクくん

    …?

  • ボクくん

    身体がとても、軽い。

  • ボクくん

    胸元がスースーする――

  • ボクくん

    …ここは――

  • ボクくん

    な、えっ!?

  • ボクくん

    こ、声が高い…な、なんだ、これ

  • 語り手

    私は天井を見つめていた。

  • 語り手

    天井は楠木の板張りに、照明ライトの紐が垂れ下がっている。

  • 語り手

    ゆっくり顔を下げ、周りを見渡した。

  • 語り手

    私は病院にいたはずなのに、白いカーテンと、寄り添っていた妻の姿はなくなっていた。

  • 語り手

    ふ、と懐かしさに襲われた。周りのものがベッドではなく、タンスや襖に変わっており

  • 語り手

    床は冷たいフローリングではなく、きしっとうなり、畳と化していた。

  • 語り手

    病院ベッドに囲まれた部屋はランドセルや、いつかみた宿題が転がっていて子供部屋になっている。

  • 語り手

    正直、状況がつかめない。何よりも、私の身体が

  • 語り手

    ――小さい。

  • ボクくん

    な、ナースコールッッ

  • 語り手

    半分寝ぼけていたのもある。あちこち手をのばしてつかんだもの。

  • 語り手

    さび付いた、冷たく、ザラつく感触。

  • ボクくん

    ――スコップ…。

  • ・・・
  • 語り手

    この謎の現象に陥る前。私は最期どこにいたのか、思い出そうとした。

  • 語り手

    私は朝起きた時、脳みそがとても重く、動けなかったのを覚えている。

  • 語り手

    妻がそばに寄り、電話で救急車を呼んでいた――はず――

  • 語り手

    病院に運ばれて、やっとベッドに沈み、眠りかけた最後に妻の顔を見た。

  • 語り手

    そこで記憶はない。ひたすら暗闇だった。

  • ボクくん

    ランドセル――私の名前――私の、ランドセルだ…。

  • ボクくん

    これは死ぬ間際に見る夢なのか?

  • 語り手

    もしかすると、既に死んでいるか。

  • 語り手

    私は目をつむって、深呼吸をした。

  • 語り手

    目を開いても、私が小学生時代に使っていた部屋にいる。という事実は変わらないのだ。

  • 語り手

    夢だとしても、限られた時間の中で私がしたかったことは――

  • ボクくん

    ばとるえんぴつ…

  • 語り手

    今、目の前に広がっている、懐かしき物たちに触れて感じてみたかった。

  • ボクくん

    おお・・・これは――自由帳!

  • 語り手

    ペラペラめくる。建築設計を仕事としている、未来の私からしたら、目もあてられないほど、雑なラクガキで溢れていた。

  • ボクくん

    そうだっ、日付は――

  • 環境音

    ガサガサッ

  • 語り手

    199×年7月2×日となっている。

  • 語り手

    部屋中に学校の物がちらばっている状況を判断して、

  • 語り手

    今はなつやすみまっさいチュウ!だろう。

  • 語り手

    時間は10時半頃だ。ラジオ体操は完全に遅刻だろう。

  • 語り手

    しかし、何故この日に?…あ、

  • ボクくん

    そうだ、父ッ!

  • 環境音

    ガラッ

  • 環境音

    ギッ

        ギッ

            ギッ

  • ボクくん

    父!!!!!

  • ボクくん

    ちちーーー!!!

  • 環境音

    ギッ

  • 環境音

    ガタンッ

  • ボクくん

    父…

  • ボクの父

    おっ、どうした ボク。

  • 語り手

    父はたくあんをつまみながら、ビールを片手にテレビを見ていた。

  • 語り手

    私は相当テンパっていたらしい。父はビールを置くと、座ったまま身体を私に向ける。

  • 語り手

    私が立っているにも関わらず、父の顔に私の視線がぴったり重なる。

  • 語り手

    父の目を見ていたら、心が熱くなる。

  • 語り手

    それは、懐かしさ故なのか、久々に白髪のない父の顔を見たからなのか。

  • ボクくん

  • 語り手

    泣きそうになる。

  • 環境音

    ギッ

  • ボクの父

    ど、どうした、あまえたがりか?

  • 語り手

    父を、抱きしめたかった。

  • ・・・
  • ボクくん

    父の野菜炒め久しぶりに食べました…。

  • ボクの父

    泣きながら言うな。

  • ボクの父

    というか、なんだ。そのしゃべり方は。

  • ボクくん

    あっ・・・そっか・・・

  • ボクの父

    暑さで脳みそがヒートしちゃったんだろ

  • ボクの父

    バカだもんなーおまえ。

  • ボクくん

    そ、そうかもしれ、ねえ・・・

  • 語り手

    うわ・・・言葉遣い汚い・・・大の大人がこんな言葉を使っていいのか…。

  • ボクの父

    そうそう、やっと思い出したか。少年。

  • ボクの父

    一人称はおれだろ。変に大人の背伸びをするんじゃないよ。

  • ボクくん

    おっおっ、おれ、おれ・・・?

  • ボクくん

    おれ、でいいのか・・・。

  • ボクの父

    おまえ、本当に大丈夫なのか?今日はあまり外に出るなよ。

  • ボクくん

    う、うん…

  • 語り手

    父…とうさん…おやじ、そうだ、おやじでいいのか。

  • 語り手

    すっかり心配されている…安心させるにはどうすればいいか。

  • ボクくん

    どん!からかっただけだぜ!おやじ!

  • ボクくん

    びっくりさせてすまねえ!

  • ボクの父

    お、おう…

  • ボクの父

    大人しく宿題してきなさい。

  • ボクくん

    は・・・ンンッ!!!いやなこった!!!

  • ボクくん

    ゲームしてくる!!!

  • ボクの父

    まったく、お前は今日は変だな。

  • ボクくん

    うるっ、、

  • 語り手

    言いたくない。

  • ボクくん

    うははー!ゲームしてこよ!

  • 語り手

    スコップを握って襖を開けて、閉じる。

  • 語り手

    「うるさい」

  • 語り手

    私は何故、平気で傷つける言葉を父にぶつけられたのだろう。

  • ボクくん

    …宿題すっか。

  • 語り手

    今日1日で夏休みの宿題のほとんどが終わったのだった。

  • 環境音

    チリィィン…

  • 環境音

    チリリン…

  • 語り手

    長い息を吐き、四角い茶額縁に収まった時計を見流しつつ、背伸びをした。

  • 語り手

    腕を下ろして、私の勉強机に伏せてある写真立てを起こす。

  • 語り手

    今日みた父より、もっとずっと若かった頃の写真なのがわかる。

  • 語り手

    私の姿が小学入学式の頃のだ。

  • 語り手

    母に後ろから抱きつかれているのが、

  • ボクくん

    ボク…だ…。

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