君を殴った

 初めのうちは洗うのと拭くのを交互に分担していた皿洗いも、二ヶ月も経つと役割が固定されてきた。洗うのは俺、拭くのは誠司。狭い台所の、お互いの肩が当たるような距離感で、俺はふとあの日のことを思い出す。向き合い方は違っていたけど、距離感は似ていた。
「こないだ、殴ってごめん」
 思い出したままに口から言葉が滑り出す。皿を拭く誠司の手が止まった。
「新太……結構前の話してる?」
「え、うん、二ヶ月も経ってるのか」
「あの時さ、なんで殴ったの」
 意外とすぐ流れていく話題だと思ってしまった俺を、それこそ俺は殴りたかった。うう、と思わず唸る。
「別に責めたいわけじゃなくて、あの時の新太の気持ちが聞きたいんだ」
 誠司はこういうときよそ見をしない。皿は安定したところに置き、体をこちらに向けて真正面から問う。向かい合うと、時間が巻き戻されたみたいだ。
「……当たり前だけど、誠司が悪いわけじゃない。俺があのとき最悪、だったから、正面向いて聞く誠司の言葉が、なんか、正しさのかたまり、みたいに聞こえて」
「聞きたくなかったから、殴った?」
「うん」
「そっか」
 俺の途切れ途切れな言葉を聞きながら、誠司は納得したようだった。言葉を補足してきたところからして、ある程度予想通りだったのかもしれない。誠司はまた皿を手に取り食器棚に片付ける。少し緊張が解けて、俺の手元のスポンジから大きな泡がシンクに落ちた。
「でも新太の言い分も間違ってないよ。俺はあのとき正しいことを言っただけ、だったから」
 誠司は食器棚を整えながら言う。話しながら食器の位置を調整するなんて器用だ。さっきよりも視線の向きが違うから、新太は黙って誠司の反応を待った。
「で、今は正しいことがやりたくて来てるわけじゃないから」
「間違ってんの」
「ううん、息抜き」

「あっでも、殴られたのはまあまあ痛かったよ」
「それは本当にごめん……」
1/1ページ
スキ