怖い映画に当たった日

 新太が映画館ってまあまあ楽しいのかも、ということに気づいたのは学生割引を使えなくなってからだった。暗くて映画しかない空間に、だいたい二時間ほど座っているのもたまには悪くない。新太がもっぱら見に行く映画館はスクリーンが五つあり、最寄り駅から二駅の繁華街にあった。晴れていれば自転車で通える。
 そんなことを洋食屋に客としてきた誠司に新太はなんの気になしに話した。映画館より遠くの大学へ通う大学生の誠司はもっと広い世界を見ているだろうし、新太は与太話のつもりだったが意外と誠司の食いつきは良かった。新太の次の休みに合わせて二人で映画を見に行くことにした。
 誠司は自転車で二駅分移動することも厭わなかった。地下鉄なら五分で着くが、二人で二十分かけて自転車をこいだ。道がわかる新太が先を行き、誠司は真後ろにつけた。鬼耶地区でもまず警官から目をつけられない安全運転だ。
「大学どうよ〜」
「もうすぐ試験〜」
「えっ、映画見てて大丈夫かよ」
「大丈夫〜課題提出の講義もあるし」
 新太からすれば課題提出で何がどう大丈夫なのかわからないが、誠司が言うならそうなんだろう。

 普段一人で映画を見るときは、左右、できれば後ろにも人がいない席を新太は選んでいた。没入するには他人の気配も少ない方がいい。でも二人で来ているなら当然誠司は隣に座ることになる。
 真ん中の肘掛けはどっちが使うんだろう。使わない方がいいのかな。ポップコーン置くしな。新太の中で生まれた疑問は結局誠司に向けられることはなく、外側の肘掛けに重心を置くことで落ち着いた。映画の本編が始まるまでは。
 新太は普段到着時間と放映時間が一番近い映画だけを選んで見ていた。映画館へ行く間隔的にも、既に見たことのある映画を上映していることはほぼない。内容への関心は、劇場に貼ってあるポスターからあからさまにドギツい年齢制限が掲げられていなければいい、程度のものだった。今回選んだ映画も、全年齢が見れるものだ。
 ただ、怖かった。多分これは実在の戦争を描いているんだろうな、と新太は話が進むに連れて薄々感じ取った。何も考えずよく見れそうな前の方の座席を選んでしまって、臨場感が良すぎるのも運が悪かった。新太にとっては「怖いシーンがある」どころでなく、序盤で戦闘が始まってからずっと怖かった。怪我や空爆の迫力、人の死を予感させるような不安な爆音は、新太の心臓をぎゅっと掴んでいるような気がした。
(映画だけど、俺まで死にそう…)
 薄目になり、身体も少し縮こまる。こんな体験は初めてだ。そうだ目を閉じてポップコーンを食べるのに集中しよう。新太はポップコーンの容器に薄目のまま手を伸ばす。摘もうとした指先にポップコーンじゃないものが触れて、思わず容器から身体ごと身を引いた。間髪入れず左腕を軽くつつかれて、誠司が隣に座っていることをようやく思い出した。ごめん、と口パクで謝る誠司に、新太は「気にするな」の意味で頭を横に振った。
 誠司はまだ何か口パクで話している。新太が首をかしげると、誠司は新太の左手を掴んだ。手の甲に指が滑る。
(この えいが こわい)
 困ったように笑う誠司に、わかる、の意味を込めて新太は大げさに頷いた。誠司の手を掴んで、手の甲に返事を追加する。
(ポップコーン たべたら でよう)
 誠司が頷いた瞬間、砲弾が炸裂する。同時に首をすくめて、ポップコーンに手を伸ばした。全然手を付けていなかった粒たちは塩辛く、コーラと交互に流し込む必要があった。怖さを我慢していた時間は予想より長かったようで、食べきる頃にはエンドロールが始まった。そそくさと荷物をまとめて屈みながら席を立つ。明るいロビーでポップコーンを摘んでいる客は普通にいて、別に我慢して劇場の中で食べなくていいんだ、と誠司と新太はおかしくなった。

「怖くて半分ぐらい目閉じてた〜!」
「わかる、あんなのよく流すよな〜!」
 帰り道は誠司が先導した。叫びながら交わした感想はだいたい怖いで一致していて、新太は少し安心した。
「今度は怖くないの調べてから見ようよ」
「アニメとか?漫画の実写とか」
 上映前に昔から続いているアニメの劇場版の予告編が流れていた。あと最近流行ってる漫画の実写化とか。多分今回ほどは怖くないはずだ。
「さすがに日和ってない?」
「日和った」
「また休みの日教えて、日和ったやつ見に行こ」
「日和ったやつ限定かよ」
「だってまた今日見たのに当たりたくないし」
 そう付け加えて笑う誠司と、駅前で別れた。
 てことは、なんかまた一緒に見れるんだ。新太は誠司の後ろ姿を見送りながら、穏やかで心地よい鼓動に包まれるのを感じた。最初はどうでもいい与太話だったのに、予想もしない次の約束につながった。
 次はもっと穏やかなのを見よう、来月の公開スケジュールも見とこう。自転車をこぎながら、新太は未来を夢想した。
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