木の匙をくわえて
誠司が大学で、あるいは図書館で借りてきた本を、拝借して読む特権が俺にはある。夏休みで借りれる量が増え、貸し出せる限界まで本を借りてきたのは、あいつの勉強のためだけではないだろう。特権に加えてうぬぼれもある。
それでも読書は暇つぶしで、長いものはたいてい読み切る前に飽きてしまう。それに夏の原沢商店は暑い。今日はさだバアの一周忌で、「団地の子どもは、特に新太くんたちは家族同然だったから」という理由で呼ばれていた。法要はとっくに終わったが、少しでも暑い時間は避けて帰りたい。だから読書は日が陰るまでの暇つぶし。鼻にはまだ線香の匂いがこびりついている。
時々また貸しで借りた本に気になる言葉を見つける。ググる。「裕福な家庭に生まれること」なんだ、俺には縁のない言葉。
「なあ、『銀の匙をくわえて生まれてくる』って、知ってる?」
「知らない、なんか書いてあった?」
「お前の借りてきた小説に」
「なんか外国っぽい感じだね」
「まあ、そうだな」
確かに本の表紙に書かれた著者名はカタカナだし、内容も日本っぽくない話ではある。ラムネを片手に持った誠司が向かいに座る。もう暇つぶしはおしまいだ。大学に制服はないから、今日はお互いに喪服姿。流石に上着は暑くて着ていられないけど。
「どんな意味だと思う?」
「ん、クイズ?いいけど。ヒントは?」
「いきなりかよ。俺もお前も、多分そんな風には生まれてない」
「ふーん?泰清の二人だったら?」
「絶対くわえてねえ、てかあいつらなら、口でスプーン折れそうだな……」
「フフ、確かに。うーん、俺が通ってた高校にいそうなやつだったら?」
「まあ、くわえてるかも」
「……多分ご飯に困らないとか、家計に余裕があるとか、そういう感じかな」
「うん、まあ、そんな感じ」
本当に?と疑いと喜びが同じぐらい混じったような表情。俺のぼんやりとした答えは、クイズに正解した爽快感を与えなかったようだ。
「でもそれって、子どもからしたら運だよね」
「ほんと、何目線だって…」
「高校とか、大学とか、受験で入った学校で会った人は、俺とはそういう運が全然違ってたな」
「そういうのキツい?」
「いや、逆に燃えるね」
銀の匙をくわえて生まれてきたら、こいつこんなふうになってたのかな。暴力沙汰は起こさなかったとはいえ、誠司の中に燃える熱量は団地に住んでいた同世代と近しいものがある。それをまっとうな方へ飼いならしているからすごいんだけど。
「まあ来てくれたお二人も、木の匙で良ければどうぞ〜」
さだバアの娘さん、ユキちゃんが、俺と誠司の前にカップ入りのかき氷を二つ並べる。レモンといちご。薄くて短いアイス用の木の匙も二つ。
「えっ、いいの?!ありがとう!ございます!」
「ありがとうございます!新太どっちの味がいい?」
「レモン……いちごもちょっとほしい」
「いいよ。俺もレモンもらうから」
甘い氷が喉を潤す。俺たちのかつての夏をも呼び起こすこの味は、いつも木の匙で運ばれていた。
ーーーー
下記の診断メーカーから着想を得て書きました
sugikaさんは酷暑に、ぬるい水の中で銀の匙をくわえて生まれてきたきみについての話をしてください。
#さみしいなにかをかく #shindanmaker
https://shindanmaker.com/595943
それでも読書は暇つぶしで、長いものはたいてい読み切る前に飽きてしまう。それに夏の原沢商店は暑い。今日はさだバアの一周忌で、「団地の子どもは、特に新太くんたちは家族同然だったから」という理由で呼ばれていた。法要はとっくに終わったが、少しでも暑い時間は避けて帰りたい。だから読書は日が陰るまでの暇つぶし。鼻にはまだ線香の匂いがこびりついている。
時々また貸しで借りた本に気になる言葉を見つける。ググる。「裕福な家庭に生まれること」なんだ、俺には縁のない言葉。
「なあ、『銀の匙をくわえて生まれてくる』って、知ってる?」
「知らない、なんか書いてあった?」
「お前の借りてきた小説に」
「なんか外国っぽい感じだね」
「まあ、そうだな」
確かに本の表紙に書かれた著者名はカタカナだし、内容も日本っぽくない話ではある。ラムネを片手に持った誠司が向かいに座る。もう暇つぶしはおしまいだ。大学に制服はないから、今日はお互いに喪服姿。流石に上着は暑くて着ていられないけど。
「どんな意味だと思う?」
「ん、クイズ?いいけど。ヒントは?」
「いきなりかよ。俺もお前も、多分そんな風には生まれてない」
「ふーん?泰清の二人だったら?」
「絶対くわえてねえ、てかあいつらなら、口でスプーン折れそうだな……」
「フフ、確かに。うーん、俺が通ってた高校にいそうなやつだったら?」
「まあ、くわえてるかも」
「……多分ご飯に困らないとか、家計に余裕があるとか、そういう感じかな」
「うん、まあ、そんな感じ」
本当に?と疑いと喜びが同じぐらい混じったような表情。俺のぼんやりとした答えは、クイズに正解した爽快感を与えなかったようだ。
「でもそれって、子どもからしたら運だよね」
「ほんと、何目線だって…」
「高校とか、大学とか、受験で入った学校で会った人は、俺とはそういう運が全然違ってたな」
「そういうのキツい?」
「いや、逆に燃えるね」
銀の匙をくわえて生まれてきたら、こいつこんなふうになってたのかな。暴力沙汰は起こさなかったとはいえ、誠司の中に燃える熱量は団地に住んでいた同世代と近しいものがある。それをまっとうな方へ飼いならしているからすごいんだけど。
「まあ来てくれたお二人も、木の匙で良ければどうぞ〜」
さだバアの娘さん、ユキちゃんが、俺と誠司の前にカップ入りのかき氷を二つ並べる。レモンといちご。薄くて短いアイス用の木の匙も二つ。
「えっ、いいの?!ありがとう!ございます!」
「ありがとうございます!新太どっちの味がいい?」
「レモン……いちごもちょっとほしい」
「いいよ。俺もレモンもらうから」
甘い氷が喉を潤す。俺たちのかつての夏をも呼び起こすこの味は、いつも木の匙で運ばれていた。
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下記の診断メーカーから着想を得て書きました
sugikaさんは酷暑に、ぬるい水の中で銀の匙をくわえて生まれてきたきみについての話をしてください。
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