バレンタイン ウィズ アメージング

 二次試験直前というのもあって、誠司が予備校から帰る時間はまだまだ遅い。誠司に聞くまで新太は二次試験があることすら知らなかった。何の気なく送ったラインで、二一時時をまわった頃に帰る、と聞いたから、夕飯を済ませていたけど自転車を飛ばした。誠司の勉強時間は俺の働いている時間より長いんじゃないか?そんなに頭を使ったら疲れるだろう。労ってやるか。合流して買うものあるから、と寄ったコンビニで、チョコレートドリンクが新発売。ちょうどいい。脳に糖分。
「この、チョコレートの」
「ハイ、アメージングですね、えーっと……ちょっとお待ちください」
 慣れない手付きで作られるドリンクは、なんだかカップが洒落ている。普通のはもっとシンプルだったような。カップの側面に、空色の線で花や車のイラストが描かれている。普通のコーヒーより準備に手間取っているし、大層なものを頼んでしまったのかもしれない。隣で会計を済ませた誠司が寄ってきた。
「買えた?」
「うん。ていうか、これやる」
「えっ?いいの?」
「勉強したし、糖分」
「へー甘いんだ?」
「なんか、チョコレートの新しいやつ」
 レジ奥の看板を指差す。照明の反射でよく見えないが、有名人が作ったのか、看板には成人男性と10代前半ぐらいの女子の写真とサインも見える。誠司はやけにまじまじと看板を見ていた。俺が知らないだけで、実はこの男性は相当有名人なのかもしれない。
「えっと……義理ってこと?」
「ハ?何が?」
「あっ、違うんだ。ならいいよ」
 温かい紙カップを手に、誠司は足早にイートインスペースへ向かう。下げていたビニール袋から出したのは、コンビニで買える中でも、結構高いチョコレート。
「新太も食べて」
「えっいいのか?」
「いいんじゃない、金曜日だし」
「あー、これならあげたやつ、チョコレート以外にしとけばよかったな」
「別にいいよ、欲しかったから」
 口の中でチョコレートが溶ける。中に薄いオレンジが入っていて、安いものよりも味が複雑だ。うまい。
「新太もさあ、今日はおやつにチョコ食べたりしなかった?」
「俺?今日は……寒天ゼリー……」
「寒天ゼリー……?!」
 予想外の答えだったのか、誠司は耐えきれずにイートインのテーブルに伏せてしまった。笑い声の合間に嘘だろ、とツッコミが入る。いいだろ別に、甘いし個包装だし……。
「俺は今日ずっとチョコだった。学校でも、予備校でもばらまかれたし。そういう日だから」
「そういう……?アッ、ああ〜!」
「遅いよ。でも義理じゃないチョコ、ちゃんともらったから」
 笑いすぎて赤くなった顔で微笑む。チョコレートのカップは両手に大事に包まれていて、あの空色が指の隙間から少しだけ見える。かわいい。似合う。きっとこんなときのためのカップなんだ。
 もう一つチョコレートの包装を剥いて、口の中に放り込む。これも間違いなく義理じゃない。チョコがなくなったらここにはいられないけど、最後の一欠片、最後の一滴まで暖かい二人の時間だった。
1/1ページ
スキ